冬の大三角形の星“ベテルギウス”

 冬の大三角形とは何だろう?冬の夜空に明るく輝く3つの一等星をつないだ正三角形のことだ。

 3つの星は、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、そしてオリオン座のベテルギウスである。この「ベテルギウス」が、去年の秋から急速に明るさが低下して2等星になり、過去50年で最も暗くなっている。

 「ベテルギウス」はオリオン座にある赤く輝く星として知られる、明るさの変わる「変光星」で、地球から640光年余り離れている。

 国立天文台によると、「ベテルギウス」の明るさはこれまで1等星に分類される0.5等ほどだったが、去年秋ごろから急速に暗くなりはじめ、今月下旬には明るさが3分の1程度の1.6等ほどと、2等星に相当する明るさになり、過去50年で最も暗くなったという。

 「変光星」なのでいずれまた明るく輝くとする見方があるが、「超新星爆発」という巨大な爆発を起こす前兆ではないかとする専門家もいる。

 国立天文台の山岡均准教授によりますと「夜空を見て暗くなったと気付いた人もいると思う。今回の現象が超新星爆発の前兆現象ではないとみているが、いずれは起きると考えられているので関心はもって注目している」と話していました。

 オリオン座の巨星に異変、超新星爆発が近い?

 オリオン座は、夜空で最も見つけやすい星座の1つで、世界中で見える。もし最近オリオン座を見て違和感を覚えたとしたら、その感覚は正しい。狩人オリオンの右肩の位置にある赤色巨星ベテルギウスが、約100年ぶりの暗さになっているのだ。

 通常、ベテルギウスの明るさは、夜空の恒星の中で上位10位に入っている。ところが、米ビラノバ大学の天文学教授のエドワード・ガイナン氏がオンライン学術誌「アストロノマーズ・テレグラム」で先月報告したところによると、ベテルギウスは2019年10月から暗くなってきて、12月中旬には上位20位にも入らなくなってしまったという。

「今ではベテルギウスは非常に暗くなっていて、オリオン座の形が明らかに違って見えます」とガイナン氏は話す。

 なお、ベテルギウスの減光自体は、特に奇妙なことではない。ベテルギウスは変光星で、明るさの変化は何十年間も詳細に調べられてきた。ただ、夜空で非常に目立つ星がこんなふうに暗くなるのは異例で、科学者たちは、ワクワクするようなことが起きるのではないかと期待している。

 それは、超新星爆発だ。もし超新星爆発が起きたら、ベテルギウスは一時的に満月よりも明るくなり、やがて暗くなって、夜空から永遠に姿を消してしまう。

 ベテルギウスのような赤色巨星の一生は短く、死に際は壮絶だ。超新星と呼ばれるその爆発現象は、はるか彼方で起きても肉眼で見える。ベテルギウスは誕生からまだ850万年しか経っていない比較的若い星だが、天文学者たちはこの星の死期が近いことをすでに知っている。

「現時点で最大の問題は、超新星爆発がいつ起きるかだ」と、ベテルギウスと恒星の爆発現象を調べている米カリフォルニア大学バークレー校のサラフィナ・ナンス氏はツイートしている。

「なんの保証もありませんが、私自身はすぐに爆発するとは考えていません。非常に待ち遠しいですけどね」

 ベテルギウスが爆発したら、私たちはどうなる?

 ベテルギウスという名前は、巨人オリオンの手を意味するアラビア語「ヤド・アル=ジャウザ」の誤った読み方に由来している。「オリオン座α星」と呼ばれることもある。ふつう、α星という名前は、星座の中で最も明るい星に付けられるが、実はオリオンの左足にあたる星リゲルの方が明るい。

 ベテルギウスの質量は太陽の20倍もあり、大きく膨張している。もし太陽の位置にベテルギウスがあるとしたら、水星、金星、地球、火星、小惑星帯、いくつかの探査機、もしかすると木星も飲み込んでしまうほどのサイズで、土星はぽかぽかと暖かくなるだろう。

 太陽系からの距離は600光年と(天文学的には)比較的近いため、超新星爆発が起きたら、夜でもベテルギウスからの光で地上に影ができ、少なくとも2、3カ月は日中でも見られるだろう。その後、徐々に空から消えてゆく。

 私たちの生活に特に変わったことは起こらない。ベテルギウスは、天文学的にはすぐ近くにあるが、爆発が地球上の生命に影響を及ぼすほど近くはない。天文学者の計算によると、爆発の衝撃波や散らばった低温の破片が太陽系に到達するには約600万年かかり、到達しても、太陽系の惑星を泡のように覆う太陽風が私たちを守ってくれる。

 だから、ベテルギウスの超新星爆発が始まったと聞いたら、大急ぎで空がよく見えるところに行って、天体ショーを楽しむといい。 「とてつもなくすばらしいものになるはずです」とナンス氏は言う。「私にとっては、人生で最高の出来事になるでしょう」

 今回の減光は、超新星爆発の前兆なのか? 

 これは大きな謎であり、ベテルギウスの現在の状態に関心が集まる理由の1つでもある。科学者たちは、急激な減光は星の死の前兆かもしれないと考えている。

「瀕死の巨星は質量を猛烈に失います」とナンス氏は言う。理論的には、瀕死の星は自分自身が吐き出した塵に包まれ、光が外に出にくくなる。その最期を見届けるとしたら、星が暗くなってきて、その直後に超新星爆発が起きることになる。とはいえ、星が爆発する直前に最も暗くなるのかどうかは、確実にはわからない。死の直前、最中、直後の星を詳細に調べられた人は、まだいないからだ。

 ベテルギウスの減光はいつものことと考えることもできる。ベテルギウスは、明るさがやや不規則に変化する「半規則型変光星」だ。オーストラリアの先住民アボリジニは何千年も前からベテルギウスの明るさが変化することに気づいていたし、英国の天文学者ジョン・ハーシェルは1836年にこの現象を記録している。

 より新しいところでは、米国変光星観測者協会がベテルギウスの明るさの観測データを収集している。数十年にわたるデータによれば、ベテルギウスの明るさの変化には周期があり、とりわけ約6年周期と約425日周期が目立っている。

「ベテルギウスの周期は厳密なものではありません。変動の大きさも周期ごとに異なります」と、ガイナン氏は話す。今のベテルギウスは約100年前に高精度の観測が始まって以来最も暗く、その次に暗かった時期は1920年代中頃だという。 

 ベテルギウスが半規則型変光をする理由は不明だ。ガイナン氏らによると、ベテルギウスのような超巨星の表面はまだらになっていて、巨大な対流セル(胞)が膨張したり収縮したりすることで、星全体が明るくなったり暗くなったりしているが、それだけではすべてを説明できないと言う。

「ベテルギウスの画像を見ると、表面に明るいところと暗いところがあるのがわかります。また、対称的な形をしていないときもあります」とガイナン氏は言う。「この星は膨張して不安定な状態にあり、脈動しているのです」 

 ガイナン氏は、ベテルギウスが劇的に暗くなっているのは、2つの周期の最も暗いタイミングが重なっているからではないかと考えている。つまり、6年周期と425日周期のどちらもが最も暗い時期に近づいているため、いつもの減光が不吉なものに見えているのではないかということだ。過去25年分のデータを確認したガイナン氏は、今週中には暗い期間が終わり、徐々に明るくなるだろうと見ている。

「どんどん暗くなっていった場合は、過去のデータに基づく予測はできなくなります」とガイナン氏。

 超新星爆発はいつ起きる?

 最近の研究によると、ベテルギウスは100万年以内に爆発する可能性が高く、もしかすると10万年後にも爆発するかもしれないという。あるいは、すでに爆発しているが、私たちにはまだ見えていないのかもしれない。

 ベテルギウスから出た光が地球に届くには600年かかるため、私たちが現在観察しているのは600年前のベテルギウスだ。現代の私たちがベテルギウスの爆発を見たとしたら、実際に爆発したのは中世であり、爆発の光が今になってようやく届きはじめたということだ。

 いずれにせよ、科学者たちはベテルギウスを注視し、どんなサプライズを用意してくれているのか、楽しみにしている。

「爆発がいつになるかはわかりませんが、爆発前の恒星をこれほどよく調べられる機会はめったにありません」とナンス氏は言う。「爆発直前の恒星にどんなことが起きるのか、非常に興味深い知見が得られるはずです」

 過去にあった超新星爆発の記録

 小倉百人一首の選者で、平安末期から鎌倉時代にかけての歌人、藤原定家がつづった日記「明月記」には、現代の天文研究につながる貴重な記録がある。何が書かれていたのか?

「天喜2年(1054年)に客星出現 大きさ(明るさ)歳星(木星)のごとし」

 明月記にある文章である。客星とは不意に現れるお客さん星の意味。それまで地上から見えなかった星が、突如、空に明るく輝いた。望遠鏡のない時代に肉眼で見えた。

「今から1000年も昔の超新星の記録が三つもあります」。日本天文学会前会長で京都大の柴田一成教授は、こう説明します。超新星とは、重量級の星が最期に起こす大きな爆発現象のこと。明月記には「客星出現例」として8件が観測日時や方角とともに記され、現代の観測で3件が超新星、5件が彗星と考えられる。

 この古文書から、天文学の新発見が生まれた。それは、かに星雲の成り立ち。かに星雲は、1731年にイギリス人が望遠鏡で観測し、後に名が付けられた。20世紀に入ると、かに星雲が膨らんでいることに気付いた各国の天文学者は、星雲の大きさから逆算して、1000年ほど前にこの辺りで突然、星が見えたという記録はないかと世界各地の文献を探し、明月記に行き着いた。1054年の客星の一文を日本のアマチュア天文家が英語で紹介した。

 その報告を参考に「かに星雲は1054年に発生した超新星の残骸である」とオランダの天文学者らが1942年に発表。この客星が超新星だったことも確定した。20世紀前半に提唱されていた、元素は星の内部で作られ、超新星爆発で宇宙空間にばらまかれたという理論を補うことにもなった。

 もう一つは、明月記の1006年の超新星の記録を基に、京都大の小山勝二名誉教授らのチームが迫った超新星爆発のエネルギー源。20006年、日本のエックス線天文衛星で、この超新星の残骸を観測し、爆発時は三日月ぐらいの明るさだったと推定。小山教授は「1000年たった今も毎秒6000キロもの速さで、エックス線などの高エネルギーを出して膨らみ続けています」と話す。

 明月記は国宝で、今1年3月には日本天文学会が創設した「日本天文遺産」の第1号に、江戸時代の天文台で唯一残る福島県会津若松市の「会津日新館天文台跡」とともに選ばれた。

 「明月記」にのこされた天文現象の理由

 京都市内では2011年から、平安時代の暮らしや文化を学び天文学の歴史にも触れる観光ツアー「京都千年天文学街道」を、NPO法人などが実施している。

 同市上京区の晴明神社を出発し、京都御所などゆかりの地、約2.3キロを3時間かけて歩きます。晴明神社は平安時代に活躍した陰陽師、安倍晴明をまつっている。

 陰陽師は星の観測などを仕事とする役人。平安時代、天文現象は天からの警告で、地上の政治がうまくいっていないために起こると考えられていた。

「日食があれば恩赦で罪人を放し、彗星が出現すれば改元した。天文現象は人々の関心事でもありました」と青木さん。陰陽師は陰陽寮と呼ばれる役所に通い、星を眺めては、記録をし、天変があると朝廷へ報告していた。

 明月記は1180~1235年の日記。客星の部分は、安倍晴明の子孫にあたる陰陽師に調べさせた過去の出来事の記録が貼り付けられている。定家が実際に客星を見たわけではない。

 いずれにしても私たちが生きているうちに、歴史に残るような超新星爆発がその目で見ることができる可能性は十分にあるということだ。

参考 アストロアーツ: http://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/11087_betelgeuse

  

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