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 蛍光灯を奨励
 地球温暖化・環境破壊を防ぐ観点から、白熱電球よりも電球型蛍光灯へ切り替える動きが国際的に広がっている。特にアメリカ・オーストラリアにおいては白熱電球の生産・販売を法律で禁止する事が決まっている。

 また、日本でも2007年11月、経済産業省・環境省が白熱電球の生産・販売を終了して電球型蛍光灯のみを生産するように電気メーカー各社に要請していく旨を申し合わせている。

 最近の蛍光灯はくねくねと管が曲げられて電球型になっている。よく光るものだと思う。ところで蛍光灯はどうして光るのであろうか?

 蛍光灯の起源
 蛍光灯の中にはうすい水銀蒸気が入っていて、これに電極を置くと紫外線を発して放電する。これが蛍光塗料にあたり可視光を発する仕組みになっている。

 蛍光灯の起源は1856年にドイツの物理学者であったガイスラーによってつくられた、ガイスラー管と考えられている。低圧の気体を封入したガラス管の中に二つの電極を置き、電極間に誘導コイルによって高電圧を加えると、放電による気体の発光が観測される。

 これに改良を重ね、蛍光灯といえるものが発明されるのが、1926年ドイツの発明家、エトムント・ゲルマーのグループであった。

 この間、空気を抜かれたガラス管の中で輝く放電現象についてさまざまな研究がなされていた。イギリスのJ.J.トムソンもその一人である。

 陰極線の正体
 1884年、彼はケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所の3代目所長になる。そこで放電現象を起こす陰極線の正体が電子であることを発見し、原子は最小の粒ではないことを発見。ケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所が19世紀の核物理学の中心となるきっかけをつくった。

 陰極線の正体をめぐってはエネルギーが振動している「波動説」と、ある小さな粒子が飛び出している「粒子説」と考える説があり、いずれも決定な証拠がつかめないでいた。

 彼は粒子説を証明しようとし、電荷を持った粒子であれば粒子の進行方向に直角な電界をかけると進行方向が変化し、これを測定できれば粒子説が証明できると考えたが、その測定は困難を極めた。

 電波の実験で有名なドイツのヘルツの研究室でも進行方向の変化が測定できないことから、波動説に傾いてた。

 この研究においては実験精度の向上が大きな課題であった。真空度を上げるため真空ポンプの開発をすすめた。そして、デュワーによる残留気体を除去する方法が開発され、タウンゼントの荷電粒子の測定の精度の向上などの努力によって1897年4月「電子の電界による進行方向の変化」の実験についに成功する。

 電子の発見
 陰極線をつくる粒子は水素原子の千分の1以下の質量しか持てず、負に帯電していて、どんな物質からも出てくることを確認した。

 それまで原子は分割できないと考えられていたのだが、電子は原子の構成要素であり、原子は分割されることで、電子を放出することがわかり、この新しい発見は、核物理学という、まったく新しい研究分野を切り開いていくことになった。この結果、ケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所が19世紀の核物理学のメッカになった。

 1903年にこれまでの実験結果をまとめ「気体中の電気の伝導」として本をケンブリッジ大学から出版。
1906年ノーベル物理学賞を受賞する。

 今からわずか100年前のことであり、今日我々はさまざまな電子デバイスの恩恵を受けている。(参考HP Wikipedia・電気の歴史イラスト館)

 J.J.トムソン
 
第6回ノーベル物理学賞受賞者。受賞理由: 気体の電気伝導に関する理論および実験的研究。

 サー・ジョゼフ・ジョン・トムソン(Sir Joseph John Thomson, 1856年12月18日-1940年8月30日)は、イギリスの物理学者。しばしば「J.J.トムソン」と呼ばれる。1906年にノーベル物理学賞を受賞した。

 英国のマンチェスタの郊外で本屋を営むアイルランド人を父親として生まれた。そこのオウエンス大学(今日のビクトリア大学)に14才で入学。そこに実験物理学のコースがあり学ぶ。

 1876年奨励金を得て、ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに転校。
1884年にケンブリッジ大学キャヴェンディッシュ研究所の3代目の所長に就任。陰極線管を改良し、陰極線の研究をおこない、電子の電荷と質量の比の測定(トムソンの実験:1897年)、電子の電荷(1899年)を測定するなど、電子の存在を示した。1903年にこれまでの実験結果をまとめ「気体中の電気の伝導」として本をケンブリッジ大学から出版。

 1904年、プラムプディング模型と呼ばれる原子模型を提案。 原子は安定であることから、ある大きさの球状をしている。その中に正の電荷をもった非粒子状物質が一様に満ちており、かつ、原子は中性であるから球の内部には正の電荷を打ち消すだけの数の電子が存在し、電子はそれぞれ決まった半径をもつ多くの同心円周上に等間隔で配列されているという原子モデルである。 原子核をもたず、正電荷をもつプリンのような球のなかに電子(果物のプラム)が埋まっているというイメージである。
 1906年にノーベル物理学賞を受賞。

 息子のジョージ・パジェット・トムソンも1937年にノーベル物理学賞を受賞。質量分析器の発明者でもある。(参考HP Wikipedia・電気の歴史イラスト館)

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光る原子、波うつ電子
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