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フローライトレンズは子供のころのあこがれであった。子供のころ天体観測に夢中になったとき天体望遠鏡が欲しかった。そのころフローライトレンズを使った望遠鏡は高くて買えなかった。たしか高橋製作所というメーカーでつくっていた屈折望遠鏡だったと思う。今から35年も前のことである。

ガラスのレンズに光が通るとき、光は屈折する。光は像をつくるが、光はさまざまな波長の集合体であり、波長によって、屈折率が違うので焦点がずれる。このため像にもずが生じ、その結果、色がついて見える。これをガラスレンズの色収差という。

ところがフローライトでつくったレンズは、色収差が少なく、見たままの美しい映像が見られたという。フローライトは蛍石といい、昔はどんな石かわからなかった。世の中には不思議な石があるものだな...と思っていた。

蛍石は紫外線を照射すると蛍光を発するのでこう名付けられた。主成分はフッ化カルシウム(CaF2)。へき開が良い鉱物であり、正八面体に割れる。モース硬度は4であり、蛍石を高温で溶融し、再結晶化させることによってフローライトレンズは得られる。以外に柔らかいレンズである。

ところで、フローライト(蛍石)に硫酸を加えると何ができるだろう?この美しい名前とは裏腹の毒性の強いフッ化水素が発生する。さらにこれから得られるフッ素(F:フローライン)は猛毒で爆発的に反応するため、単離することはほとんど不可能に思われた。

フッ素の発見と単離への挑戦


1771年、カール・シェーレが蛍石からフッ化水素が発生することを発見していた。未知の元素が蛍石 (Fluorite) に含まれているる可能性から、フランスのアンドレ=マリ・アンペール(電流のアンペアは彼にちなむ)は、未発見の新元素にフローライン(fluorine)と名付けた。フッ化水素と塩化水素の組成がフッ素と塩素の違いだけであると、アンペールは気づいていた。

1800年、イタリアのアレッサンドロ・ボルタが発見した電池が、電気分解という元素発見に極めて有効な武器をもたらした。デービーは1806年から電気化学の研究を始める。カリウム、ナトリウム、カルシウム、ストロンチウム、マグネシウム、バリウム、ホウ素を次々と単離。しかし1813年の実験では電気分解の結果、漏れ出たフッ素で短時間の中毒に陥ってしまう。デービーの能力を持ってしてもフッ素は単離できなかった。

単体のフッ素はその酸化力の高さゆえ、実験器具を破壊する。さらに人体に有害なフッ素を分離しても保管することができない。その後、さまざまな科学者が命がけでフッ素の単離に挑戦するのだが、ことごとく敗退した。

アイルランドのクノックス兄弟は実験中に中毒になり、1人は3年間寝たきりになってしまう。ベルギーの Paulin Louyetとフランスのジェローム・ニクレも相次いで死亡する。1869年、ジョージ・ゴアは無水フッ化水素に直流電流を流して、水素とフッ素を得たが、即座に爆発的な反応がおきた。しかし、偶然にも怪我一つなかったという。

ようやく1886年、アンリ・モアッサンが単離に成功する。白金、イリジウム電極を用いたこと、蛍石をフッ素の捕集容器に使ったこと、電気分解を-50℃という低温下で進めたことが、成功の鍵だった。材料にも工夫があり、フッ化水素カリウム(KHF2)の無水フッ化水素(HF)溶液を用いた。モアッサンも無傷というわけにはいかず、この実験の過程で片目の視力を失っている。フッ素単離の功績から、1906年のノーベル化学賞はモアッサンが獲得した。翌年、モアッサンが急死した原因は不明である。 (参考HP:Wikipedia)

アンリ・モワッサンとは?


ジョゼフ・アンリ・モワッサン(Joseph Henri Moissan, 1852年9月28日 – 1907年2月20日)はフランスの化学者である。1906年に「フッ素の研究と分離およびモアッサン電気炉の製作」の業績によりノーベル化学賞を受賞した。受賞の翌年急死している。

彼がノーベル賞の受賞候補者としてノミネートされた時、一緒に、ロシアのメンデレーエフもノミネートされていたが、一票差でモアッサンが勝利した。

フッ素は1771年のカール・シェーレ以来、その化合物の存在は知られていたものの、ガラスや貴金属とも反応してしまうほどの強い活性を持ち、毒性も強い元素であるため、単離(純粋なフッ素の単体を取出すこと)が極めて困難であった。

多くの化学者が単離に挑戦して失敗した。モアッサンも実験中に片目を失明したが、1886年6月、フッ素化合物を電気分解し、フッ化カルシウム(蛍石)の容器を捕集に使うなどすることにより、ついにフッ素の初単離に成功した。

モアッサン炉は大電流でアーク放電を起こして3500℃もの高温を得るものである。

モアッサンはモアッサン炉を使って鉄と炭素を溶解させたあと急冷し、金属の収縮圧でダイヤモンドを合成する実験を行った。1893年に合成の成功を発表したが、モアッサンの死後、実際は助手がモアッサンを喜ばすため、生成物に天然のダイヤモンドを仕込んだことを告白するという話を残している。(出典:Wikipedia) 
 

フッ素の化学
国分 信英
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