生物の体の60〜70%は水でできており、水分を取らなければ、人は3日で死亡します。一般的には成人で1日2リットル以上の水分が必要とされます。
人が「喉が乾いたなあ」と感じるのに、すでに体重の1%の水分を失っており、体重の3%の水分を失うと確実に運動能力に影響がおきます。
わずか3%程度、水分が不足するだけで生活に影響がでるというのは、人は何と脆い存在なのでしょうか。こうして見ると、植物だけでなく、動物にも水分補給は大切なのだと感じます。
ところが、体の水分が、はほぼ完全に脱水状態(含水率3%)でも死なずに、乾燥に耐える生物がいます。そして何年間も水分がなく、活動停止した状態であっても、数年後、水を吸収すると蘇生するという、この不思議な生物の名前は何でしょう?
正解はネムリユスリカという生物です。
ネムリユスリカはアフリカ中部に広がる半乾燥地帯にのみ生息するユスリカの一種で、成虫は形態的には蚊に似ているが吸血はしません。幼虫は岩盤の窪み等にできた小さな水溜りで生活する。カラカラに乾燥(含水率3%)しても、水に戻せば1 時間程度で蘇生します。
不思議な存在ですが、生物であれば代謝活動をしているはずですから、脱水状態ではすべての活動が停止しているので、物質状態になっています。そして再び水を吸うと蘇生するのです。したがって、ネムリユスリカは生物と物質の間を行ったり来たりできると言えます。
このはたらきは幼虫が乾燥状態に置かれると、失われてゆく水に代わってトレハロースという糖を体内に大量に合成・蓄積することに関係があることがわかっていました。
トレハロースはグルコース2つが結合してできた二糖の一種。自然界では、きのこ類や酵母の他、乾燥に強い幾つかの動植物に含まれています。干椎茸がよく水で戻るのもトレハロースを含有するためだといわれています。
高い保水力を持ち、食品や化粧品に使われます。食品であれば、水分が長い保たれています。化粧品であれば長時間しっとりとした肌を保てます。
今回、国立大学法人東京工業大学は独立行政法人農業生物資源研究所と共同で、ネムリユスリカという昆虫が、体内に蓄積した大量の水代替物質トレハロースを利用して極限環境耐性能力を獲得するメカニズムを世界で初めて明らかにしました。
その結果乾燥状態では、トレハロースは体内に万遍なく分布していることが明らかになりました。またこの状態は約65℃以下では保たれていることが分かりました。
このとき、ガラス状態のトレハロースによって生体物質がカプセル状に包み込まれると考えられます。65℃以上にして、ガラス状態を失わせると、体内に大量のトレハロースを蓄積した幼虫でも蘇生できなくなることが分かりました。
体内に万遍なく分布したトレハロースが水の代替物質として、ガラス状になって細胞膜を保護していることが明らかになりました。乾燥状態でも細胞膜は生きています。
ちょうど、アクリル樹脂の中に昆虫を閉じこめた、キーホルダーなどが市販されていますが、外界と接触がないため、腐食することなく、美しい昆虫がそのままの状態で保存されます。同様にトレハロースがガラス状のケースをつくり、細胞膜を保護しているのです。
このネムリユスリカのトレハロースを細胞の内外に輸送するタンパク質の遺伝子は特定されていて今後、生物を乾燥保存する方法の開発や、乾燥に強い作物の作出等農業、医療をはじめ幅広い分野でトレハロースの新たな産業利用が期待されます。
人に遺伝子を組み込んだ場合、乾燥に強い人ができるかもしれません。
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国立大学法人東京工業大学は独立行政法人農業生物資源研究所と共同で、アフリカ中部半乾燥地帯原産のネムリユスリカという昆虫が、体内に蓄積した大量の水代替物質トレハロースを利用して極限環境耐性能力を獲得するメカニズムを世界で初めて明らかにしました。
この幼虫は乾燥状態に置かれると、失われてゆく水に代わってトレハロースという糖を体内に大量に蓄積します。今回の共同研究ではこのトレハロースが幼虫の体内のどこに蓄積されて、それがどのような物理的状態になっているかを明らかにしました。(別紙参照)(PDFファイル)
トレハロースは、自然界では、きのこ類や酵母の他、乾燥に強い幾つかの動植物に含まれており無毒の物質です。農業生物資源研究所では既に、トレハロースを特異的に細胞の内外に輸送するタンパク質の遺伝子をネムリユスリカから単離することに成功しております(平成19年7月6日プレスリリース)。この成果と今回の研究成果を組み合わせれば、細胞等生体組織を生きたまま常温乾燥保存する技術の開発や、乾燥に強い作物の作出等を効率的に推進することができると期待されます。
今回の研究は、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」「ネムリユスリカの極限環境に対する耐性の分子機構の解明(研究代表:奥田隆、平成16年度〜20年度)」で実施されたもので、成果の概要は、2008年3月25日に米国科学アカデミー紀要(PNAS;http://www.pnas.org/)に、オンラインで公表の予定です。( 2008年3月25日農業生物資源研究所 )
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