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初めて温度計を作ったのは誰?
1592年、寒い暖かいの度合いを初めて表そうとしたのはイタリアのガリレオ・ガリレイだったと考えられている。ガリレイは空気の熱膨張の性質を利用して初めて温度計を作った。しかし、彼の温度計は気圧などの影響を受けてしまい、実際に温度を定量的に表すことはできなかった。 

1702年、水を基準として、初めて目盛付き温度計により数値によって温度を表現しようとしたのはデンマークのオーレ・レーマーである。 レーマーは水の沸点を60度、水の融点を7.5度とする温度目盛を作成した。温度目盛を作成するにはこのような任意の2点の定義定点が必要となる。この後、多くの独自の温度目盛りが作成された。

1714年、ポーランドのガブリエル・ファーレンハイトによって、水銀を用いた「華氏温度計」が作られ使用されるようになった。

1730年、スウェーデンのアンデルス・セルシウスによって作成された摂氏温度目盛により、現在使われているような水の沸騰点が100℃の「摂氏温度計」ができた。

1821年 - トーマス・ゼーベックが「熱電対」を発明。
1864年 - アンリ・ベクレルが「パイロメータ」の原理を発見
1885年 - Calender-Van Duesenが 「白金抵抗体温度計」を発明。
1892年 - アンリ・ルシャトリエが「パイロメーター」を製作。

温度と熱はどこが違うか?
かつては温度と熱というのはほとんど同じ概念を示していた。 温度と熱の違いにはじめて気が付いたのは、スコットランドの物理・化学者。ジョゼフ・ブラックと考えられている。

1761年、彼は氷が融解している最中は熱を吸収しても温度が変化しないこと(潜熱)を発見した。つまり、熱をいくら加えても、温度が上がらない場合がある(定点の発見)。

また温度の違う同質量の水銀と水を混ぜる実験を行い、それぞれ水と水銀の温度変化にある定数を掛けた値が常に等しくなる熱容量を発見した。これらの実験により温度と熱が別であることが確立した。

熱力学の第2法則
1824年、フランスのニコラ・レオナール・サディ・カルノーは熱機関の効率には熱源と冷媒の間の温度差によって決まる上限があることを発見した。このことから熱力学第二法則についての研究が進んでいった。

熱力学第二法則によれば外部から仕事がなされない限り、熱エネルギーは温度の高い物体から温度の低い物体にしか移動しない。 すなわち温度とは熱エネルギーが自然に移動していく方向を示す指標であるといえる。

1848年イギリスのウィリアム・トムソンは熱力学第二法則に絶対零度の概念を導入した。絶対零度のとき、古典力学的な意味での熱運動は全て停止する。

原子、分子レベルにおける温度の意味については、イギリスのジェームズ・クラーク・マクスウェルの気体分子運動論によって初めて明らかになった。つまり、温度が高いほど高いエネルギーを持つ原子や分子の割合が大きくなり、原子や分子の持つ平均エネルギーの大きさも増加する。

量子論と熱力学とエネルギー
量子論が確立してくると、古典的な統計熱力学は量子統計の近似であることが明らかとなった。 古典論においては絶対零度(0 K)においてあらゆる粒子は運動を停止した最低エネルギー状態をとることになるが、量子論においては粒子は0 Kにおいても零点エネルギーを持ち静止状態とはならない。

絶対零度においても古典論では数万 Kにも相当するような大きなエネルギーを持つ粒子が存在し、温度を古典論のように単純に粒子のエネルギーの大きさの目安とすることはできない。 しかし、温度が分子のエネルギー分布の仕方を表す指標であることは古典統計と変わっていない。(参考:Wikipedia)
 

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