シャルル・ジュール・アンリ・ニコルとは?

 シャルル・ジュール・アンリ・ニコル(Charles Jules Henri Nicolle、1866年~1936年)はフランスの細菌学者。1928年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。受賞理由は「発疹チフスに関する研究 」である。彼は発疹チフスの正体を初めて解明したのだが、どうやって謎を解いたのだろう?

 パリにほど近いフランスのルーアンで生まれ育つ。1892年にパリのパスツール研究所に所属し、1893年に医学の学位を取得。専門は細菌学。同年ルーアン医学校の教授となり、1902年まで在職した。

 1896年には細菌学研究所の所長となる。その後、1903年から1936年まで当時のフランス植民地チュニスのパスツール研究所所長となる。ノーベル賞受賞のきっかけとなった研究はチュニスにおけるものである。1932年コレージュ・ド・フランスの教授に就く。1936年、チュニスにおいて死去。

Charles Jules Henri Nicolle

 ニコルはチュニスにおいて発疹チフスが風土病となっていることに気づいた。発疹チフスは伝染性が強く恐れられていたが、いったん病院に入院すると感染しないことが分かった。院内と院外の条件を比較した結果、患者の衣服に問題があると推論し、衣服に付くシラミに着目した。

 ニコルはチンパンジーやモルモットを用い、患者から採取したシラミに接触すると発疹チフスを発病することを1909年に確認した。ニコルの発見は1914年に始まった第一次世界大戦で発疹チフスを予防するために役立った。発疹チフスのほか、麻疹やマルタ熱(地中海胃性弛張熱)に関する業績もある。

 発疹チフスとは?

 発疹チフス( epidemic typhus)は、Rickettsia prowazekiiの感染を原因とする感染症。感染症法における四類感染症である。

 人口密集地域、不衛生な地域に見られ、衣服に付くシラミやダニが媒介することから、冬期、または寒冷地で流行が見られる。特に戦争・飢饉・牢獄・収容所などに好発し、「戦争熱」・「飢饉熱」などの別称がある。例えば、1812年のナポレオンのロシア遠征などである。第一次世界大戦のロシアでは3000万人が罹患し、10%が死亡した。またナチス・ドイツのユダヤ人強制収容所でも発生し、大きな被害を出したが、これには、アウシュヴィッツをはじめとする収容所が存在したポーランドが、歴史的に、発疹チフスの発生を繰り返して来た土地であった事にも注目する必要がある。「アンネの日記」のアンネ・フランクも、アウシュヴィッツ第二収容所からベルゲン・ベルゼン収容所に移送された後、発疹チフスによって死亡したとされている。

  発疹チフスの原因は、リケッチアの一種であるRickettsia prowazaekiiの感染を原因とする。コロモジラミ(Pediculus humanus)またはアタマジラミにより媒介されることが多い。自然感染したムササビが発見されたため、人獣共通感染症の可能性が指摘されている。日本では第二次世界大戦中から戦後にかけて流行したが、1955年以降報告されていない。20世紀初頭にはそのほか世界各地でもみられたが、現在ではアフリカ、南米の高地といった寒冷地を中心に発生する。

 発疹チフスの症状は、潜伏期が1~2週間。発熱、頭痛,悪寒、手足の疼痛などで突発し、高熱、全身に広がる発疹が特徴的症状である。皮疹は体幹の斑状の紅斑や丘疹からはじまり次第に手足に広ってゆく。手掌、足蹠をおかさないとされる。重症例では点状出血様になる。頭痛・精神錯乱などの脳症状が強いのも特徴である。致死率は年齢により異なり、20歳まででは5%以下であるのに対して、加齢に伴い増加し、60歳以上では100%近くなる。発疹チフスの初感染から回復したヒトに発生する再発型リケッチア症があり、これはブリル病と呼ばれる。

 治療法はテトラサイクリン、ドキシサイクリンが用いられる。予防は、衣服や寝具なども含め身体を清潔にし、シラミを少なくすることが有効である。流行中の地域では、ドキシサイクリンまたはクロラムフェニコールによる予防効果が示されている。

 リケッチアとは何か?
リケッチア (Rickettsia) は、Rickettsia属の菌の総称。約25種ある。ダニ等の節足動物を媒介とし、ヒトに発疹チフスあるいは各種リケッチア症を引き起こす。細胞外で増殖できない偏性細胞内寄生菌である。リケッチアに感染すると、高熱と発疹(紅斑)が出るのが特徴で、世界中でみられる。Rickettsiaという名称は、発疹チフスの研究に従事し、結果的にそれが原因で亡くなったHoward Taylor Rickettsの名に因んでいる。
 リケッチアは非運動性でグラム陰性の細胞壁を持ち、1-4μmの球菌または桿菌、あるいは連鎖状、繊維状の形状を示す。ウイルス、クラミジア、ファイトプラズマ等と同じく単独で増殖が出来ない(偏性細胞内寄生性)。だが、これらとは異なり、クエン酸回路を構成する全ての遺伝子を持つ。DNA解析によりミトコンドリアとの近縁性が指摘されている。

 増殖は宿主の血管内皮系の細胞内で行われ、宿主細胞の代謝低下時に最もよい増殖を示す。宿主細胞から取り出し単独におくと急速に死滅する。感染した血管には血栓が生じ、血管破裂、壊死を引き起こす。これが体のどこで起こるかは種により異なり、これが症状の差違を引き起こす。

自然界ではネズミなど小型哺乳類、ダニ等が保因しており、シラミ、ダニ、ツツガムシ(恙虫)等特定の節足動物を媒介しヒトに感染する。
 シラミとは何か?
 シラミ(虱)は、昆虫綱咀顎目シラミ亜目 (Anoplura) の総称。かつてはシラミ目(裸尾目、学名は同じAnoplura)ともされた。血液や体液を吸う寄生生物である。口器は3本の鋭い吻針となり、それを宿主の皮膚に突き刺して咽頭にあるポンプで吸血する。使用しないときは口器は頭の中にひきこまれる。

 ノミとシラミはともに人間に寄生して吸血し、かゆみを与えるために、よく対にして扱われる。しかし、ノミは蛹を経る完全変態の昆虫のうち、比較的原始的なシリアゲムシ目に近い系統の昆虫から哺乳類寄生性を発達させた系統であると考えられている。それに対して、シラミは蛹を経ない不完全変態の昆虫のうち、カメムシ目に近縁な咀顎目に属し、系統的には大いに異なる。

 また、ノミの幼虫が部屋のすみの埃の中などで育つのに対して、シラミは終生を宿主上で暮らす。そのため、入浴や着替えが頻繁に行われれば、シラミは暮らせなくなるが、ノミは必ずしもそうはならず、生息を続ける。それで「シラミは貧乏人に、ノミは金持ちにつく」といわれる。

 人間につくシラミには2種ある。1つはヒトジラミで、アタマジラミ(Pediculus humanus humanus) とコロモジラミ( Pediculus humanus corporis) の2亜種がある。もう1つはケジラミ(Phthirus pubis)である。DNAの違いから、およそ7万年前にコロモジラミがアタマジラミから分かれたと推定されている。このことは人類がその少し前の時代から衣服をまとうようになったとする説の根拠の1つに挙げられている。

  アタマジラミ(Pediculus humanus humanus )
 頭髪に寄生し、頭髪と頭髪の接触が感染ルートだ。なかでも小学生や幼稚園の女の子の頭髪によく見られるという。子供なら集団生活での遊びなどで頭と頭の接触の機会も多い。それと女の子なら長髪が多いことが主な要因か。

 そもそもシラミは「不潔の代名詞」といわれているが、それはまったくの誤解。今の多く見られるアタマジラミは不潔からくるものではなく、清潔にしてようが、うつるもんはうつるのである。 

 コロモジラミ(Pediculus humanus corporis )
  衣服に寄生し、感染経路は体の接触、衣類を介してヒトからヒトへ感染。有史以来、発疹チフスを媒介する大害虫として恐れられ、有名な話ではナポレオン一世が70万の大軍を率いてがロシア遠征をする時、このコロモジラミの媒介による発疹チフスの感染でモスクワにつく頃には50万以上の兵を失っていたという。とにかく戦時中に大発生することから、人類の歴史を大きく動かした寄生虫ともいえる。日本でも戦争中などコロモジラミによる発疹チフスは流行しており、第二次世界大戦後、アメリカ進駐軍が持ってきたDDTといわれる有機塩素系の殺虫剤でコロモジラミを駆除し、また生活衛生の向上により、現在ではコロモジラミは見られなくなった。

 ケジラミ(Pthirus pubis)
 主に陰毛に寄生し、他の体毛にも寄生することもある。性行為によるものが主な感染ルートだ。いわゆる性病ということになる。カニのような体形から英語でclub louse (カニジラミ)と呼ばれる。アタマジラミと比べ、吸血する口を深く皮膚に差し込むため、痒みは並大抵ではないらしい。


参考HP Wikipedia「発疹チフス」「リケッチア」「虱」「シャルル・ジュール・アンリ・ニコル」 

実地医家のためのクラミジア・ニューモニエ感染症 基礎と臨床
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医薬ジャーナル社
人を助けるへんな細菌すごい細菌―ココまで進んだ細菌利用 (知りたい!サイエンス)
中西 貴之
技術評論社