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 血液1滴から病気を発見?
 2002年ノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏が、新しい研究成果を発表した。研究内容は「抗体の抗原と結合する能力を飛躍的に高める基礎技術を開発」である。抗体・抗原といえばタンパク質。田中耕一氏がノーベル賞で受賞したのは「タンパク質の分析法」。タンパク質分析の専門家である田中耕一氏は、今回、新しくつくった抗体で、病原体を効率よく捉え、これをタンパク質分析することで、病気の早期発見につながる方法を開発した。

 島津製作所(京都市中京区)の田中耕一フェローらは11月8日、人の血液中で病気の進行とともに増える目印物質を高い精度で見つける方法の開発に成功したと発表した。血液1滴で、がんなどの病気を発症前に見つけられる診断システムの実用化につながるという。11月11日付の日本学士院の英文学術誌(電子版)に論文が掲載される。

 田中フェローと佐藤孝明グループリーダー(分子腫瘍学)らは、「Y」の字の形をしている「抗体」が、上半分の「V」の部分を腕のようにして病気の目印物質をつかまえる機能を持つことに着目した。抗体は、病気を防ぐ免疫を担う物質として知られる。

FlexibleAntibody

 ハムスターの抗体にポリエチレングリコールを混ぜ合わせると、その前に比べ、目印物質の検出能力が約100倍高かった。ノーベル賞の受賞につながった質量分析装置で調べた結果、抗体のVの部分がポリエチレングリコールで関節のように橋渡しされていた。腕の部分を柔軟に動かせるようになり、目印物質をつかまえる能力が高まったとみられる。文部科学省で会見した田中フェローは、ぐるぐると腕を回してこの構造を説明。「能力が100倍の薬ができれば100分の1の値段で検査ができ、患者さんも助かり医療費もかからない」と述べた。(毎日新聞 2011年11月8日)

 点から線、線から面へ
 抗体は、生物を疾病等から防備する免疫反応の中で重要な働きをしているタンパク質としてよく知られているが、タンパク質研究の分野では多種多様な生体物質が含まれる血液や細胞から、ある種の生体物質だけを高純度で選択する「フィッシング」という技術にも応用されている。

 質量分析装置を用いてタンパク質の構造解析を行う際も、抗体による「フィッシング」を組み合わせることで、感度の向上を図っている。しかし、これまで用いられていた抗体は、生体が作り出したものや、マウス・ヒトのキメラ抗体等が大部分で、抗体のモデル構造を表すためによく用いられる、Y字型のくびれ部分(ヒンジ部)に自由度がほとんど無く、抗原を捕捉できる位置が「点」であり、抗原と結合する能力が限られていた。

 本研究グループは今回、抗体のヒンジ部に人工関節のようなバネ状構造を挿入することで、抗原結合部位に大幅な自由度を与える「可変抗体」を、化学合成により作成する方法を確立した。これにより、抗原であるタンパク質やペプチド等に結合する能力が100倍以上向上できることを世界で初めて確認した。

 この技術により、「フィッシング」機能の大幅向上が期待され、「フィッシング」等の前処理法と最先端質量分析装置との組み合わせで、血液1滴から がんや成人病等を早期発見できる画期的診断システムの構築に貢献することが期待される。

 さらには、最近注目されている「抗体そのものを薬として用いる」抗体医薬の原料として使用することで、抗体医薬の能力向上等に役立つことが期待される。

 抗体(antibody)とは何か?
 そもそも抗体とは何だろう? 「抗体」とは私たちの体を病原体から守る「免疫系」のキープレイヤーとして働いているタンパク質の一種である。抗体は、免疫系細胞のうち、リンパ球、B細胞の産生する糖タンパク分子で、特定のタンパク質などの分子(抗原)を認識して結合する働きをもつ。

 抗体は主に血液中や体液中に存在し、例えば、体内に侵入してきた細菌・ウイルスなどの微生物や、微生物に感染した細胞を抗原として認識して結合する。抗体が抗原へ結合すると、その抗原と抗体の複合体を白血球やマクロファージといった食細胞が認識・貪食して体内から除去するように働いたり、リンパ球などの免疫細胞が結合して免疫反応を引き起こしたりする。

 これらの働きを通じて、脊椎動物の感染防御機構において重要な役割を担っている(無脊椎動物は抗体を産生しない)。一種類のB細胞は一種類の抗体しか作れず、また一種類の抗体は一種類の抗原しか認識できないため、ヒト体内では数百万〜数億種類といった単位のB細胞がそれぞれ異なる抗体を作り出し、あらゆる抗原に対処しようとしている。

 「抗体」という名は抗原に結合するという機能を重視した名称で、物質としては免疫グロブリン(immunoglobulin)と呼ばれる。「Ig(アイジー)」と略される。すべての抗体は免疫グロブリンであり、血漿中のγ(ガンマ)グロブリンにあたる。

 抗体は外見が「Y」の字の形をしている。「Y」字の下半分の縦棒部分にあたる場所をFc領域 (Fragment, crystallizable) と呼ぶ。白血球やマクロファージなどの食細胞はこのFc領域と結合できる受容体(Fc受容体)を持っており、このFc受容体を介して抗原と結合した抗体を認識して抗原を貪食する(オプソニン作用)。「Y」字の上半分の 「V」字の部分をFab領域 (Fragment, antigen binding) と呼ぶ。この2つのFab領域の先端の部分で病原体などの「抗原」と結合する。2本の軽鎖と2本の重鎖からなる。重鎖のFab領域とFc領域はヒンジ部でつながっている。

 抗体の自由度を増すβアミロイド
 今回の研究では、抗体のFab領域(Y字型の「V」の部分)に相当するペプチドとして 化学合成したベータアミロイドを用い、動物細胞で作成したFc領域(Y字型の「I」の部分)との間を、人工関節に相当するバネ状構造を持つ非ペプチドをリンカー(ヒンジ部に相当する)として試験管内で結合させた。合成された「ベータアミロイド/非ペプチドリンカー/動物細胞で作成したFc領域」という合成化合物を質量分析装置(MALDI-TCF-MS)で確認した結果、「Fab領域/ヒンジ部/Fc領域」という抗体の化学構造を備えていることが確認できた。

 その後、ベータアミロイドに特異的に結合するモノクローナル抗体(6E10)との結合能力を表面プラズモン共鳴法で調べると、結合能力が飛躍的(100倍以上)に向上していることが判明しました。ヒンジ部の自由度が増すことによって抗原を幅広い「面」で捉えることができ、捕捉効率が飛躍的に高まった結果と考えられる。

 すなわち、「抗体のヒンジ部を非ペプチドに置き換える」ことにより、抗体のFab領域を伸張性も含むフレキシビリティーの高い「可変抗体」(図2)に変換することに世界で初めて成功した。また、その化学構造は質量分析装置(MALDI-TCF-MS)によって評価できることも明らかとなった。

 本研究成果は、将来的には、新たな「可変抗体」を用いた前処理法と最先端質量分析装置との組み合わせで、血液1滴から がんや成人病等を早期発見できる画期的診断システムの構築に貢献できると考えている。さらに、最近注目されている「抗体そのものを薬として用いる」抗体医薬の原料として使用することで、すでに医薬品や診断キットとして用いられている抗体の「抗原に対する結合能力」を飛躍的に向上させることが期待される。(島津製作所・JST)

参考HP Wikipedia 抗体 JSTプレス 質量分析システムを用いた「血液1滴からの疾患早期診断」

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