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 被災地にロボットセラピー
 ロボットというと、機械であり金属製の冷たいイメージであったが、最近では生活に密着した、人に優しい、柔らかなイメージのものが、盛んに造られるようになった。外見が人そっくりのヒューマノイドなども造られているが、今回は被災地や福祉で活躍する、“パロ”と“HAL”について紹介したい。

 ロボットを使って、人に楽しみや安らぎなどの精神的な効果を与えるものをロボット・セラピーという。産業技術総合研究所(産総研)が開発したアザラシ型の癒しロボット「パロ」はこうした心理療法への効果が認められ、2005年の登場以来、日本国内で約1500体、海外で300体以上が活躍する。このパロは、2011年3月11日に発生した東日本大震災で被災した人たちの避難所でも活躍した。避難所に設置されたのはわずかな期間だったが、「被災者の皆さんと支援者の間にある心の壁が取れた」とパロを開発した産総研 知能システム研究部門 インタラクションモデリング研究グループ 主任研究員の柴田崇徳氏は振り返る。

 柴田氏がパロを持ち込んだのは、茨城県つくば市の産総研に隣接する茨城県営つくば市洞峰公園内にある体育館である注)。ここは、主に福島第一原子力発電所の事故によって福島県内から移ってきた人たちの避難所になっていた。支援物資等により、避難所では衣食住を確保できる環境にあったものの、日が経つにつれて集団生活によるストレスが問題になっていたという。

Paro_HAL

 知らない人たちが多いためにコミュニケーションを取りにくい、ついたてで隔てるだけではプライバシーを十分に確保できないなどの問題に加え、「今回の震災で家族を失ったり、経済的な先行きに不安を抱いたりするなど、被災者の方々は気持ちがふさぎがちだった」(産総研の柴田氏)。被災者の置かれている状況はさまざまであり、身の上の状況を語ることはほとんどなく、支援者などが積極的に話しかけるのが困難な状況だった。支援者が避難者の心の状況を理解し、ストレスを軽減させるといったことが難しかったとする。

 こうした避難者の心理状況を好転させたいと考えた産総研の柴田氏は、震災発生から1カ月後をメドにつくば市内の避難所でパロの活用を始められるようにすべく3月中旬から茨城県やつくば市、社会福祉協議会に働きかけ出した。同氏によれば、災害発生当初は衣食住の確保が最も重要な関心ごとであるが、それが確保できるようになった後で集団生活のストレスが問題になってくるという。その目安が、災害発生からおおよそ1カ月後とする。

 活動の結果、4月6日夕方に洞峰公園体育館の避難所の責任者と交渉する機会を得る。だが、当初は否定的な意見が目立った。パロが避難者にとって役に立つのか、誰が管理するのか、避難者への対応でただでさえ忙しい状況にロボットの管理といった新しい作業が加わるのかといった、反対意見がいろいろと出たのである。だが、産総研では2007年に起きた中越沖地震のときにパロを避難所に持ち込み、非常に喜ばれた実績がある。交渉の末、4月7日の午前11時から洞峰公園体育館の避難所にパロを置く許可を得た。ただし、パロの設置はその日のみ、しかも1時間程度の予定だった。

 結果は大好評、課題は低い認知度
 そしていざフタを開けてみると、子供からお年寄りまで「大好評だった」(柴田氏)という。パロは触覚や視覚、聴覚などのセンサと複数のモータを備え、人との接触などで動くなどの反応を示す“ペット”。抱いたり撫でたりすることで、犬や猫といったペットと触れ合うのと同様の癒し効果があるという。「避難者に笑顔が戻ってきたことがあり、その後も引き続いてパロを使ってもらえることになった」(柴田氏)という。結果的に、4月17日に洞峰公園体育館の避難所が閉鎖されるまで、パロは避難所の“ペット”になった。避難所にはペットのような動物は持ち込めない。アレルギー体質の人がいたり、噛み付きや引っかきなどが起こる可能性があったり、世話が大変だったりするからだ。そうしたペットの代わりをロボットが果たすのである。

 柴田氏によれば、パロと触れ合うことで避難者同士、避難者と支援者間でのコミュニケーションを取る機会が増えたという。パロと触れ合ううちに心が癒され、「自然と身の上話を語るようになった。避難者と支援者の間にあった心の壁が徐々に取れていき、支援に来ていた臨床心理士の人たちが避難者一人ひとりの心の内面を理解しやすくなった」(同氏)とする。

 大きな効果はあったものの、今回のパロの活用を通じ、ロボット・セラピーを利用する上での課題も浮かび上がった。例えば、ロボット・セラピーの認知度がまだ低いために、避難所などの各担当者への効果や取り扱いの説明が必要ということだ。パロの設置に関する許諾を得る手続きを考えると、半月から1カ月を要するので、すぐに運用できるわけではないことも課題である。実際にパロに触れてもらうとその後の利用はスムーズに進むが、誰でもパロを気軽に利用できるような「パロの導入・運用マニュアル」も必要になるとみる。

 こうした課題を解決させながら、産総研では今後も避難所へのパロの訪問を継続させたい考えだ。仮設住宅の建設が進むのに合わせ、仮設住宅100戸当たり1カ所の設置を予定する「サービス・センター」にパロを導入・運用させるべく活動を始めているという。現場へのパロの導入にはパロの販売を手掛ける大和ハウス工業と協力し、導入・運用マニュアルの作成では首都大学東京に協力を依頼する。大和ハウス工業は2011年6月15日に、東日本大震災で被災したエリアで生活している高齢者への支援活動の一環として、岩手県と宮城県、福島県の高齢者向け施設(特別養護老人ホーム、仮設住宅に付設するサポート拠点など)に50体のパロを2年間無償で貸与すると発表した(大和ハウス工業の発表資料)。(2011/06/20 日経エレクトロニクス)

 ロボットスーツHAL福祉用の動作原理
 筑波大大学院システム情報系の山海嘉之教授(53)が開発したHALは、10年春から福祉用のトレーニング機器として本格的なレンタルが始まった。

 人が体を動かそうとすると、脳から電気信号の「指令」が出る。信号は脊髄(せきずい)の神経を通じて体に伝わり、筋肉を動かす。HALは、皮膚に張ったセンサーでこの信号をキャッチし、コンピューター制御で金属フレームに埋め込まれたモーターを作動させ、動きをサポートする。十分な信号がない場合も、重心移動などを感知して動作を先読みする仕組みを併せ持つ。

 <結婚式を行う予定です。杖(つえ)を使わずにバージンロードを歩きたいと考えています>。山海教授らが設立したHALの製造販売会社「サイバーダイン」に馬場さんからメールが届いたのは昨年2月。

 脳性まひで生まれた馬場さんは両足を動かしづらく、両手につえをついて学校に通った。体育の授業は見学。校舎の階段を上るのも大変で「学校生活はサバイバルでした」。大学を卒業し、会社勤めをしていた2009年5月、突然立てなくなった。脊髄の病気で車いすの生活に。リハビリ中に出会った理学療法士の男性(29)と婚約した。

 前出のメールを出した頃は、足の状態は少し回復していたが、立つのがやっとだった。ところがHALLを装着してみると「シャキーンと歩けた。あ、ちゃんと動いている、こうやって歩くんだって」。

 当初、約5メートルの平行棒を1往復するのに50秒以上を要した。今は10秒前後しかかからない。

 大切なのは「人が喜んでくれる技術をイメージすること」
 HALで、なぜ歩行が改善されるのか。長時間歩けて体力がつき、歩けた喜びから訓練に前向きになる。さらに「脳などのリハビリ効果があるのでは」と山海教授。HALで歩く時は「歩け!」という「脳→体→ロボット」の流れと同時に、「歩けた!」という足の情報が感覚神経を通じて脳に戻る。「このループ状の流れによって、脳など神経回路や筋肉の機能改善を促す可能性がある」

 昨年10月、品川区内の結婚式場。「新郎、新婦のご入場です」。扉が開かれると、目の前に真っすぐなバージンロードが延びていた。拍手の中、HALなしで、夫に腕を支えられ歩いた。最前列では両親が見つめていた。子どもの頃はつえをつき、近年も車いすの娘しか知らなかったからだ。

 とはいえ今も馬場さんは、朝の通勤には電動車いすを使う。ホームで電車の扉が開いても、いっぱいの人で乗れず、次を待つこともしばしばだ。「HAL」が進化して家で使えるようになったら、装着して歩いて通勤したいですね」

 山海教授は少年時代から人の役に立つロボットを発明する研究者にあこがれ、1991年からHALの基礎研究開発を続けてきた。教授がかつて出合い、今も読み返す本がある。アイザック・アシモフのSF小説の古典「われはロボット」だ。登場するロボットで一番好きなのは子守用の「ロビイ」。ロビイは、主人の女の子にはなつかれるが家を去る。だが再会した場所で、命の危険にさらされた女の子を、身をていして守るのだ。

 アシモフが描いたロボットと人間との関係は、今も山海教授の中で理想として息づいている。「研究には人を思いやる心が求められる。人が喜んでくれる技術をイメージすることが欠かせない」

 一方、「自分の限界を超えさせてくれるのが技術の力」と言うのは馬場さん。開発者と利用者、双方の思いが響き合う。今、HALは全国の120を超える病院や福祉施設などで約270体が動いている。(毎日新聞 2012年1月3日)

参考HP CYBERDYNE HAL 株式会社知能システム パロ

ヒューマノイド―SF世界を現実にする (つかめ!最新テクノロジー)
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