1934年のノーベル化学賞
 1934年のノーベル化学賞は、ハルロド・ユーリーの「重水素の発見」に贈られた。ハロルド・ユーリーは、アメリカ合衆国インディアナ州ウォルカートン出身の化学者。1932年に液体水素を繰り返し蒸留した結果、重水素の単離に成功した。この功績によってノーベル化学賞を受賞する。

 1932年それは、物質の究極の姿を解明しようとする、素粒子物理学の幕開けの年であった。ニ-ルス・ボ-アやポ-ル・ディラックによって始まった量子力学が、素粒子物理学に発展し 1932年に、中性子、陽電子、重水素(二重水素)と言った粒子の発見があいついで発見されたからだ。この年、粒子加速器による研究も本格化した。

 第二次世界大戦ではその功績を買われてマンハッタン計画に参加し、ウランからウラン235同位体のみを得るための気体拡散法を開発し、原子爆弾の実現に一役買っている。

Harold_Urey

 晩年は宇宙化学の発展に貢献した。1953年にユーリーの研究室に所属していたスタンリー・ミラーとともに有名なユーリー・ミラーの実験を行い、原始大気(実際のものとは異なっていた)からアミノ酸が生まれることを示した。これは生命誕生の起源の解明の一助となったとはいえないが、そのきっかけになったことで知られている。

 重水素は、将来の核融合発電の燃料としても注目されている物質。ふつうの水素より、核融合反応しやすい。核融合反応は、核分裂反応による原子力発電のように、メルトダウンしない。いつでも反応を止めることができる。放射線も中性子が放出されるが、はるかに少ないクリーンなエネルギーだ。今日はハロルド・ユーリーと、重水素について調べる。

 ハロルド・ユーリー
 ハロルド・ユーリー(Harold Clayton Urey, 1893年~1981年)はアメリカ合衆国インディアナ州ウォルカートン出身の化学者。1934年に重水素発見の功績によってノーベル化学賞を受賞した。

 ユーリーが学位を取得したのは、酸・塩基の定義で有名なギルバート・ルイスの下での、化学反応に於ける熱力学の研究であった。ただ、同時期に動物学の勉強しており、これが、彼の後半生、最初の生命現象の研究に向わせたのだろう。

 学位を取得後、コペンハーゲンのニールス・ボーアの元で量子論を学び、"Atoms, Quanta and Molecules"と云う量子力学的な原子、量子、分子の化学を著している。

 ユーリーがノーベル賞を受賞したのは、1932年に発表した、重水素の単離である。これは実に単純な、しかし、忍耐と労力を要する実験、液体水素の蒸留による¹Hと²Hの分離である。精密蒸留を行えば、確かに質量が凡そ倍の²H、重水素は原理的に分離は出来るだろうけれど、それをやり遂げしまった事が先ずは凄い。因みに重水素の沸点は-249.4℃で、水素の沸点の-252.6℃よりも僅かに高い。

 "A Hydrogen Isotope of Mass 2(1932)"として発表された論文は、すぐさま評判になり、1934年にはノーベル化学賞を受賞する。これは、1987年のヨハネス・ゲオルグ・ベドノルツ、アレキサンダー・ミュラーの酸化物高温超伝導体の発見の論文発表から1年後に受賞にと云う最短記録に次ぐ早さであった。

 重水素の存在は、当時の量子力学や原子物理学にとって、非常に有用な発見であった。そして、重水素が天然物として存在する事は、重水が自然界に存在する事示唆するものであった。更に、同位体の分離と云う、化学的に困難な操作が可能である事を示した事は、科学、技術の世界に非常に大きな影響を与える事になる。原子力の利用である。ユーリーの実験の成功は、重水の分離、ウラン238とウラン235の分離へと繋がってゆく。

 実際、第二次世界大戦中、マンハッタン計画に於けるウラニウムの拡散法による濃縮は、ユーリーが率いる研究チームの業績である。ユーリーの学生だったアイザック・アシモフによると、ユーリーはこのマンハッタン計画への参加、戦争協力に関して、複雑な思いが有ったらしい。戦後、ユーリーは次第に宇宙生物科学の分野へと研究を移してゆく。

 宇宙生物科学へ転向
 酸素18の存在量に目をつけたユーリーは、地球上の元素の存在比や、同位体の存在比などを、恒星の進化、核融合による原子の生成から説明する先駆的な研究を行なう。

 それらの成果は、"Planets: Their Origin and Development (1952)"に、纏められる。そして、原始地球大気の予想される組成、メタン、アンモニア、水素、水と云う還元的雰囲気で、水を沸騰させつつ、落雷を模した放電を繰り返した。

 そして、数日後、フラスコの中に褐色のタール状の物質が生成する。これを分析すると、酢酸、尿素の他に、グリシン、アラニン、アスパラギン酸、更にβ-アラニン、β-アミノ酪酸といった、一連のアミノ酸が生成していたのである。

 実は、この実験の行われた1953年は、生化学で非常に重要な発見がなされた年であった。ジェームズ・ワトソン、フランシス・クリックが、モーリス・ウィルキンスより供与された、ロザリンド・フランクリンのデータから、DNAが二重螺旋構造を持ち、DNAとタンパク質、アミノ酸の関係が明らかにされる。また、インシュリンと云う酵素タンパク質のアミノ酸配列がフレデリック・サンガーにより明らかなる。

 因みに前年の1952年にはアルフレッド・ハーシー、マーサ・チェイスによる、バクテリオファージを使った実験で、DNAが遺伝物質である事を直接的に証明している。つまり、ユーリー・ミラーの実験は、DNAをセントラルドグマとする時代に、アミノ酸が如何にして齎されたのかを解き明かす、非常に重要なエポックとなったのである。

 とは云うものの、実は、この説は現在のアストロバイオロジーの世界では否定されているのである。ユーリーの仮定、大気組成は、惑星形成が比較的低温で起こったと云う仮説に基づくものであった。だが、惑星形成も高温形成説が有力になり、大気組成も酸化的雰囲気であったと考えられている。

 そして、寧ろ、様々な宇宙線と恒星系の辺縁部、彗星の巣の様な処でアミノ酸が生成し、彗星と共に齎されたと云う説が、比較的有力ではある。と云うのも、ユーリー・ミラーの方法では、DNAやRNAで重要な部品、DやR、つまりデオキシリーボスやリボースと云った糖が生成しないのである。

 また、実はアミノ酸が重合してゆく、脱水縮合も水中では進行し難い。 現在では、信憑性は無いが、生命の起源に迫る、初めての試みとして、先駆的な実験であったと云う評価は揺らいではいない。

 重水素とは?
 重水素またはデューテリウム (英語: deuterium) とは、原子核が陽子1つと中性子1つとで構成されている、水素の安定同位体の1つである。重水素は 2H で表し、略号として D や d で表記されることも多い。例えば重水の分子式は D2O と表記される。なお重水素と言うと、2Hと3Hの両方を指す場合もあるので、三重水素(3H)と区別するために、2Hは二重水素と呼ばれる事もある。なお、この2Hの原子核は、重陽子と呼ばれる場合もある。

 1932年にアメリカの化学者ハロルド・ユーリーが発見した(ユーリーはこの功績で1934年のノーベル化学賞を受賞)。軽水素(1H)の原子核が陽子1つなのに対して、重水素の原子核は陽子1つと中性子1つから構成される。なお、この重水素の原子核は、重陽子とも呼ばれる。

 通常の場合、地球上の水素全体の中で、軽水素と重水素の存在割合は、軽水素が99.985%、重水素が0.015%である。広義には 2H と 3H を併せて重水素と定義しているが、存在比が極く僅かで時間が経つとヘリウム3(3He)に変わる放射性同位体の三重水素を別として、安定同位体である二重水素のみを指して「重水素」と呼ぶ場合がほとんどである。

 重水素原子が2つ結合した分子 (D2) も重水素と呼ぶ。常温、常圧で無色無臭の気体。融点 18.7 K、沸点 23.8 Kで、普通の水素分子 H2 の値(融点 14.0 K、沸点 20.6 K) に比べ高い。これは重水素原子が水素原子のほぼ2倍の質量があるためで、他の物理的性質も通常水素と異なり、また化学反応のしやすさも異なることがある(重水素効果)。例えば水を電気分解すると 1H2 の方が発生しやすいので重水が濃縮され、この方法で100 %重水を製造することができる。なお一般に植物は軽水を吸収しやすい性質があるため、種類によっては7割近くまで重水を濃縮することが可能である。

 重水素原子2個を原子核融合させると3Hや3Heが生成されると共に莫大なエネルギーが放出され(D-D反応)、恒星の初期の核融合反応がこれに当たる。なお、褐色矮星と準褐色矮星は、D-D反応が起こるか起こらないかで区別されている。また、核融合発電の実験や水素爆弾では、主にD-D反応より反応温度条件の低い、重水素と三重水素の核融合反応(D-T反応)が用いられる。重水素は海水中に大量に存在するため、核融合燃料として有望視されている。

 核融合燃料としての利用の他、原子核反応での中性子の減速剤、化学や生物学では同位体効果の研究に使用されている。また、NMR溶媒として重水素原子で置換された溶媒(重水や重クロロホルムなど、重溶媒と呼ばれる)が用いられている。

 製薬業界では、既存の薬の水素原子を重水素原子に置換することで、新薬として特許出願する手法が広がっている。重水素効果のために反応性が低下し、代謝分解されるまでの時間が長くなるため、従来品に比べ薬効が高くなることが実際に確認された例もある。しかし、進歩性、新規性に欠けるために特許化が困難な場合もある。

参考HP Wikipedia ハロルド・ユーリー  重水素  猫又号のブログ ハロルド・ユーリー

新・核融合への挑戦 (ブルーバックス)
クリエーター情報なし
講談社
常温核融合2008―凝集核融合のメカニズム
クリエーター情報なし
工学社

ブログランキング・にほんブログ村へ 人気ブログランキングへ ←One Click please