オーガナイザー(形成体)の発見
ハンス・シュペーマン(Hans Spemann, 1869年~1941年)はドイツの発生学者。動物の胚において二次胚を誘導する領域ー形成体(オーガナイザー)を発見したことにより、1935年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。受賞理由は「胚発生における誘導作用の発見」である。
オーガナイザー(形成体)とは、動物の発生の途上、ある部分が他の部位に対して、特定の分化をするように働きかける場所のこと。発生の過程で、原口背唇部(脊索)が原腸の陥入にともなって、内側から外胚葉に作用し、神経管に「誘導」するのが一例。このときの原口背唇部のように「誘導」を行う部分のことを「形成体」、英語で「オーガナイザー」と呼ぶ。
他に、表皮を「角膜」に誘導する「水晶体」、またこの水晶体を表皮から誘導する「眼胞(眼杯)」も、形成体として紹介されている。形成体は、このように、様々な部分が様々な部分に働きかけることで、複雑な体構造を作り上げている。
現在、ES細胞やiPS細胞から、さまざまな組織の細胞を造り出す再生医療の研究がさかんに行われている。これもES細胞やiPS細胞を放っておいて、心筋細胞や肝細胞に分化するのではなく、オーガナイザーの働きがあって可能になる。
シュペーマンが、1924年に形成体を発見して以来、分化をひき起こす形成体の本体についての研究が、長年にわたって行われてきた。タンパク質、脂質、核酸などいろいろ取り上げられては、次々と否定されていき、結局まだよくわかっていない。
それには理由がある。シュペーマンの発見後40年して明らかになった遺伝子情報は、生命現象の基本をなすものであるが、その情報発現がどのように調節されているかは今日でもまだ解明されていないからだ。形成体の作用とは、まさに遺伝子情報発現の引き金となるしくみのことである。この見地に立って新しい角度からの研究が進行中である。まだまだ生命については、謎が多く残されている。
ハンス・シュペーマン
彼はヴュルツブルクでボヴェリに学び、1908年からはロストック大学教授、ベルリン-ダーレムのカイザー・ウィルヘルム生物学研究所員、フライブルク大学教授を歴任。1923年からフライブルク大学の学長を務めた。
彼は、実験発生学的方法を大きく進め、特にそれまでわずかな例しか行われなかった、卵や胚を紐で縛って区切る方法、いわゆる緊縛法を非常に多くの回数行った。しかし、直径2mmのイモリの卵を新生児の髪の毛を用いて縛る、という極度にストレスのたまる実験を長きにわたって行っていたため、やがて左手が動かなくなってしまった。
彼はその初期にはイモリ胚のレンズの発生を研究し、これが眼胚に依存することを知った。また上記のような緊縛法の結果から次第に誘導の発見へと導かれた。原口背唇部を移植することで二次胚を形成させた彼の有名な実験はマンゴルト(Hilde Mangold 1898-1924)と共同で行ったものである。原口背唇部の二次胚誘導能をもつ領域をシュペーマン・オーガナイザーあるいはシュペーマン/マンゴールド・オーガナイザーと呼ぶ。
次に主な実験例を示す。
1.シュペーマンの実験(イモリ) 1902年: イモリの2細胞期の胚の卵割面に沿って、髪の毛で縛って、割球の発生の様子を調べた。強く縛り割球を完全に分離すると、どの割球からも小さいが完全な個体が得られた。また、縛り方を弱くして割球の分離を不完全にしておいた場合、頭を2つ持った胚が得られた。
調節卵とモザイク卵について分かった。調節卵とは、分化の決定の時期が比較的遅く(胞胚期くらい)、発生の初期に各割球を分割しても、完全な個体が生じる卵のことを言う。ウニ、イモリ、カエル、ほとんどの動物の卵が、調節卵である。
モザイク卵とは、分化の決定の時期が比較的早く(4細胞期くらい)、胚の各部分の予定運命がモザイク状に決定されているクシクラゲ、ツノガイなどの卵のことを言う。
2.シュペーマンの実験 (1921年): スジイモリの褐色の胚とクシイモリの白色の胚を用いて、交換移植を行い、それらがどのように変化して行くかを調べた。イモリ胚における決定時期を解明した。原腸胚初期の移植片の予定運命は、未決定。原腸胚後期の移植片の予定運命は、決定か未決定かはっきりしない。神経胚初期の移植片の予定運命は、決定済み。
3.、シュペーマンの実験 (1924年): イモリの原腸胚初期の原口背唇部を切り取って、別の原腸胚初期の胚の予定外胚葉に移植した。その結果、移植した原口背唇部を中心に、神経管、体節、腎管、腸管が分化してもう一つの胚が形成された。
宿主(一次胚)に移植された小さな胚(二次胚)は、発生が進み頭となり、双頭の胚となった。原口背唇部による二次胚の誘導解明。Spemann(シュペーマン:独)らは、原口背唇部のように、まだ運命が決まっていない胚の他の部分に作用して一定の分化を起こさせる部分を形成体(organizer)と呼んだ。イモリの二次胚の形成のように、胚の他の部分に働きかけてある種の分化を引き起こす働きを誘導(induction)と言う。
発生とは何か?
胚発生(embryogenesis)または生物学における“発生”とは、多細胞生物が受精卵(単為発生の場合もある)から成体になるまでの過程を指す。広義には老化や再生も含まれる。発生生物学において研究がなされる。
様々な無脊椎動物の発生過程の研究から、動物の発生には、一定の共通する型があると考えられている。
多細胞動物の発生は、受精卵の細胞分裂、いわゆる卵割から始まる。卵割は同調的な分裂により、細胞数を2の級数で増やす。通常は2細胞期に左右に、4細胞期に前後に、8細胞期に腹背に分かれる。卵黄の多い卵では、このとき動物極側(卵黄が少ない)の方が細胞が小さくなる。
ある程度細胞数が増えると、多くの場合、内部に空洞ができる。その外側は一層の細胞に覆われた形になる。この時期を胞胚(ほうはい)期と呼ぶ。胞胚の内部の空洞は卵割腔(らんかつこう)または、胞胚腔(ほうはいこう)と呼ばれる。ウニ卵は胞胚期に孵化し、表面に繊毛を持って泳ぐ。
卵割腔がなく、内部まで細胞で満たされるものもある。また、脊椎動物では複数の細胞層が生じる。
原腸陥入と胚葉形成
やがて、胞胚の表面の細胞層が内部に入り込む。これは陥入(かんにゅう)と呼ばれる。そして、一つの口を持った袋を内部に形成する。これが消化管の始まりである。この袋は原腸と呼ばれ、その出入り口は原口と呼ばれる。この時期の胚を嚢胚(のうはい)または原腸胚(げんちょうはい)とよび、その形成を原腸胚形成 (Gastrulation) という。
刺胞動物や扁形動物では消化管には一つしか出入り口がない。その他の動物では消化管は管状である。そのような動物では、原口の反対側に新たにもう一つ出入り口ができる。このとき、どちらが口になるかは動物門によって異なる。軟体動物、節足動物、環形動物など、多くの無脊椎動物など原口動物(先口動物ともいう)では原口が口になるが、棘皮動物や脊椎動物など新口動物(後口動物ともいう)では原口は肛門になる。
原腸が陥入したことで、それまで平等に並んでいた細胞が、内側と外側に分かれたことになる。そこで、外に残った細胞群を外胚葉(がいはいよう)、内側に入った細胞群を内胚葉(ないはいよう)と呼ぶ。外胚葉からは主に表皮と神経が、内胚葉からは消化管が形成される。刺胞動物は、このような構造をほとんどそのままに成体になるので、二胚葉性動物と言われる。
それ以外の動物では、外胚葉と内胚葉の隙間に細胞群が入り込み、そこで発達を始める。この細胞群を中胚葉(ちゅうはいよう)とよぶ。中胚葉からは筋肉、血管系などが作られる。また、中胚葉からは体腔が作られる。これらの動物は三胚葉に分類される。
原腸背唇部の誘導作用と誘導因子
ドイツのハンス・シュペーマンはイモリ胚での移植実験(1924年)から、原口背唇部(げんこうはいしんぶ)に分化を引き起こす作用を発見し、原口背唇部を形成体(オーガナイザー)と名付け、未分化の細胞群に分化を促す形成体の作用を誘導と呼んだ。
また、ドイツのフォークトが、イモリの胚を部分的に染色する「局所生体染色法」を開発した。フォークトはこれにより染色された胚がどのように分化するかの追跡調査を行い、胚が将来形成する原基の位置を示した原基分布図(予定運命図)を作成した(1929年)。
シュペーマンの実験において、原口背唇部の誘導の後に次々と組織・器官が形成されたことから、誘導の連鎖が推測された。
誘導のメカニズムについては、誘導は分泌性因子を介した細胞間相互作用により行われると考えられるが、しばしば多数の因子が複雑な制御系を形成しており、分子メカニズムが解明されていないことが多い。
例えば1989~1990年において、アクチビンという物質が、中胚葉誘導因子であることが多くの論文で述べられたが、アクチビンノックアウトマウスで中胚葉が正常に分化し、アクチビン受容体のノックアウトマウスでも中胚葉の分化が正常であるなど、アクチビンが単独で中胚葉誘導を担っているわけではなさそうである。他に、TGF-βファミリーに属すVg1や,BMPサブファミリーに属すNodalが中胚葉誘導因子の有力な候補にあげられており,アクチビンはBMPとNodalを介して働いていることが示唆されている。
参考HP Wikipedia ハンス・シュペーマン 胚発生
新しい発生生物学―生命の神秘が集約された「発生」の驚異 (ブルーバックス) | |
クリエーター情報なし | |
講談社 |
エッセンシャル発生生物学 改訂第2版 | |
クリエーター情報なし | |
羊土社 |
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