すい臓欠損ブタですい臓再生
 遺伝子操作によって作ったすい臓のないブタの体内で、別のブタの正常なすい臓を作ることに、東京大学医科学研究所、科学技術振興機構、明治大学生命科学科らの研究チームが成功した。

 チームは、ある遺伝子が過剰に働くとすい臓が形成されないことに注目した。その遺伝子を顕微授精法によってブタの卵子に注入し、すい臓欠損ブタを作った。すい臓のないブタは、誕生して間もなく重度の高血糖症などで死んでしまうので、繁殖させることはできない。そこで、すい臓欠損ブタの体細胞からクローン胚を作り、これに別の正常なブタのクローン胚の細胞を注入して、別の雌の子宮に戻して出産させた。その結果、生まれた仔ブタには、注入した細胞からなる正常なすい臓ができ、その後成長して、すい臓機能や繁殖能力も正常であることが確認されたという。

 特定の細胞が欠損した胚に正常な胚を導入して置き換える方法は「胚盤胞補完法」と呼ばれる技術で、研究チームはすでにこの技術で、すい臓が欠損したマウスの体内でラットのすい臓を作ることに成功している。今回はさらにこの技術を、ヒトに似た特徴を持つブタに応用して成功した。

 すい臓欠損ブタの体内に、すい臓への分化を誘導したヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)などを移植することで、ヒトのすい臓を作り出せる可能が見えてきたが、現在の国の指針では、ヒトの細胞を注入した動物胚から仔を作らせることは禁じられている。研究チームは「生命倫理や法律についての議論が進むことが期待される」と述べている。


 研究論文“Blastocyst complementation generates exogenic pancreas in vivo in apancreatic cloned pigs(胚盤胞補完を利用したすい臓欠損ブタ内における外来性細胞由来すい臓の作出)”は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(18日、オンライン版)に掲載される。(サイエンスポータル 2013年2月19日)


 すい臓のないキメラブタ
 今回、研究グループでは、同法を用いてヒト臓器の作製を目指すために必要となる、マウスやラットなどの小型動物よりも大型な動物を用いた臓器の作製を目指し、ヒトに類似した特徴を持つブタを用いて、技術的基盤の構築に向けた研究を行ったという。

 最初に、すい臓を持たないブタを作り出す研究を開始。マウスを用いた実験では、Pdx1遺伝子の破壊という方法が用いられていたが、ブタでは遺伝子破壊に時間がかかるため、Pdx1-Hes1遺伝子の過剰発現によってすい臓形成を阻害するという方法を採用。具体的には、Pdx1-Hes1遺伝子を顕微授精法でブタ卵に注入することで、すい臓のないブタ(キメラブタ)を作製したという。

 しかしこのキメラブタはすい臓がないため、生後まもなく重度の高血糖症状などにより死亡してしまうことから、成長後に繁殖させ、胚(受精卵)を採取することができない。そこで研究グループは、すい臓のないブタの細胞から、体細胞クローニング技術によってクローン胚(ホスト胚)を作り、ホスト胚に健常なブタから作り出したクローン胚の細胞(ドナー胚)を注入する胚盤胞補完を実施。

 この際、健常なブタとして、赤色蛍光タンパク質(humanized Kusabira-Orange)遺伝子を持つブタと褐色の毛色を持つブタを用いることで、得られるキメラ個体が、蛍光発現と毛色によって識別できるように工夫が施されており、これにより、キメラ状態になった産仔を複数得ることに成功。正常に成長し、すい臓機能や繁殖能力も正常であることが確認されたとする。


 ブタに人の臓器を造らせる
 今回の成果を受けて研究グループでは、次の研究の焦点である、すい臓欠損ブタ胚に対する異種間胚盤胞補完が可能であるかどうかを試みることができるようになると説明しており、生殖可能年齢になったキメラブタが自然交配することで、それらの個体を用いて、すい臓を欠損する性質を持った受精卵を採取できるようになることから、Pdx1-Hes1遺伝子を持つブタ胚に、ウシ、ヒツジ、サルなどの多能性幹細胞を注入した大型動物における異種キメラの作製・臓器置換を試みることが可能になるとする。

 また、胚盤胞補完で得られたキメラブタの次世代の胎仔の体内にヒト多能性幹細胞由来のすい臓を形成する実験を行うことで、ヒトの臓器の再生に向けた研究が進むことが期待されるとする。現在の研究では、倫理上、ヒトの多能性幹細胞を注入したブタ胚をブタの子宮に移植して、胎仔期以後の発育を調べる研究を行うことができない。今回の成果を応用することで、すい臓欠損ブタ胎仔の体内に、すい臓への分化を誘導したすい臓の前駆細胞を移植し、ヒトのすい臓を作り出す試みが可能になるという。

 さらに、ブタ胎仔の免疫機構は妊娠中期以前には未発達であることから、同時期にヒトの細胞を移植しても拒絶反応が起こらないため、患者由来の多能性幹細胞や、そこから生体外で分化させた細胞や組織を大型動物の個体の中に適切なタイミングと場所に移植することで、自身の臓器を作ることも可能になるかも知れないとしてするが、現在の日本のガイドラインではヒト多能性幹細胞を注入した動物の胚を子宮に入れて発育させることが禁じられているため、これ以上の実験を進めることは難しいが、研究グループでは今後、今回の成果を受ける形で生命倫理や法律についての議論が進むことが期待されるとコメントしている。(科学技術振興機構)


 キメラとは何か?
 生物学におけるキメラ (chimera) とは、同一個体内に異なった遺伝情報を持つ細胞が混じっていることや、そのような状態の個体のことをいう。

 ヒトの場合だと、2つの受精卵が子宮内で融合して1つの胚となった場合にヒトキメラになる。1994年のイギリスで生まれた少年の例など僅かしか知られていない。なお、この少年は体外受精で生まれている。

 ヒトキメラの多くは、血液キメラである。双生児の胚はしばしば胎盤における血液供給を共有しているため、血液幹細胞がもう一方の胚へ移動可能で、移動した血液幹細胞が骨髄に定着した場合、持続的に血液細胞を供給するようになり血液キメラが作られる。

 二卵性双生児のペアの8%ほどは血液キメラだという。双生児でない場合の血液キメラも知られているが、これは妊娠初期に双生児の一方が死亡し、生存している方に吸収されて血液キメラが生じたと考えられている。

 現在では、例えば、心臓の弁膜に問題がある場合、それらの代替器官は牛や豚から移植されるが、それは事実上の「キメラ」の手術である。2003年、上海第二医科大学にて人間の細胞をウサギの胚に注入する実験が行われ、人類史上初の動物と人間のキメラの胚が誕生した。科学者らは許可を得て、そのまま胚が肝細胞に成長するまで実験が続けられたという。

 また2004年には、米ミネソタにて体内に人間の血が流れる豚が誕生した。また更に、今年末にはスタンフォード大学において、人間の脳を持つネズミを誕生させる実験が行われる予定である。このように現在、世界では人間の身体と動物を組み合わせたキメラの誕生が進められているが、研究を進める科学者らによれば、これらの実験は動物をより人間に近い身体にすることで投薬テストなどに役立て、更には肝臓などの移植用パーツを動物の身体の上で育てることを目的としているという。


参考HP 科学技術振興機構:すい臓のないブタに、健常ブタ由来のすい臓を再生


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