光の情報量をもっと増やすには?
インターネットは、光通信で便利になった。この基本原理は、送られてきた1個のフォトン(光子)を受信して1個のビットを形成するというものであり、送られてくるフォトンが多ければ多いほど情報も多くなる。
しかし、便利な光通信も、光ファイバーで送信できる光の量にはおのずと限界がある。現在、光を使った次世代の通信方法が研究されている。それが「量子テレポーテーション」だ。
今回、東京大の古澤明教授らの研究チームが、光の粒子に乗せた情報を、瞬間的に他の場所に転送する完全な「量子テレポーテーション」に世界で初めて成功した。
光などの量子には不思議な性質があって、“量子もつれ”の関係にある2つの光子のうち一方の状態を観測すると瞬時にもう一方の状態が確定する性質がある。これが「量子テレポーテーション」だ。
1つを送信側、もう1つを受信者側に送ると送信者側の光子を観測した途端、受信者側に瞬間的に伝わることになる。その情報が伝わるスピードは「光速」を超えている。
アインシュタインは「光速」を超えるものは存在しないと考えていたので、“量子もつれ”を否定した。これを「EPR(アインシュタイン・ポドロスキー・ローゼン)」,「EPRパラドックス」と呼ぶ。
現在、光などの量子の不思議な振る舞いは、量子力学の「不確定性原理」によって説明することができる。量子テレポーテーションの技術を利用した量子コンピュータが期待されている。
完全な「量子テレポーテーション」に初めて成功
東京大の古澤明教授らの研究チームが、光の粒子に乗せた情報をほかの場所に転送する完全な「量子テレポーテーション」に世界で初めて成功したと発表した。
論文が8月15日付の英科学誌ネイチャーに掲載される。計算能力が高いスーパーコンピューターをはるかにしのぐ、未来の「量子コンピューター」の基本技術になると期待される。
量子テレポーテーションは、量子もつれと呼ばれる物理現象を利用して、二つの光子(光の粒子)の間で、量子の状態に関する情報を瞬時に転送する技術。
1993年に理論的に提唱され、1997年にオーストリアの研究者が実証した。しかし、この時の方法は転送効率が悪いうえ、受け取った情報をさらに転用することが原理的に不可能という欠点があり、実用化が進まなかった。
光は粒子としての性質のほか、波としての性質を持つ。古澤教授らは、このうち効率がいい「波の性質」の転送技術を改良することで、従来の欠点を克服、これまでの100倍以上という61%の高い成功率を達成した。(読売新聞 2013年8月15日)
量子もつれ(エンタングルメント)とは?
量子もつれ(Quantum entanglement)とは、光子など2つの粒子が一体としてふるまう物理現象。送り手と受け手に光子を一つずつ配り、送り手が光子を操作すれば、その瞬間に受け手の光子も相互作用を受ける。
量子エンタングルメントを理解するため、ここでは同時に生まれたふたつのエンタングルした電子を例に考えてみよう。
ふたつの電子はそれぞれA(上向きスピン)あるいはB(下向きスピン)になる可能性がある。どちらかがAであれば、もう一方がBになる。しかし少なくとも片方を観測するまではどちらの状態かわからない。
今、片方の電子を観測して状態がAだったとする。すると観測したその瞬間にもう一方の電子がBに決まる。どれだけ離れていても、片方を観測した瞬間に離れた相手の状態が決まるのだ。
エンタングルした電子の不思議な振る舞いは、量子力学という学問の「不確定性原理」によって説明することができる。しかし20世紀の天才、アルバート・アインシュタインは量子力学に懐疑的だった。遠く離れた片割れの電子に、瞬時に、つまり光の速さを越えて情報が伝わるのだろうか。
彼は同時に生まれた二つの電子は、生まれたときにAかBになることが決まっているはずだと考えた。そしてこの提案はアインシュタイン、ポルドスキー、ローゼンの頭文字をとって“EPRパラドクス(逆説)”と名づけられた。これは量子力学と真っ向から相対する指摘だった。
量子テレポーテーション
量子テレポーテーション(Quantum teleportation)とは、古典的な情報伝達手段と量子もつれ (Quantum entanglement) の効果を利用して離れた場所に量子状態を転送することである。
テレポーテーションという名前であるものの、粒子が空間の別の場所に瞬間移動するわけではない。量子もつれの関係にある2つの量子のうち一方の状態を観測すると瞬時にもう一方の状態が確定することからこのような名前がついた。なお、このテレポーテーションによって物質や情報を光速を超えて移動させることはできない。
理論的予言はすでになされていたが、1998年古澤明博士らによって、実験的には初めて光の量子である光子の量子テレポーテーションが実現された。
2004年には、古澤明らが3者間での量子テレポーテーション実験を成功させた。さらに2009年には9者間での量子テレポーテーション実験を成功させた。これらの実験の成功により、量子を用いた情報通信ネットワークを構成できることが実証された。
2013年、東京大学の古澤明教授らの研究チームが、光の粒子に乗せた情報をほかの場所に転送する完全な「量子テレポーテーション」に世界で初めて成功したと発表。
量子コンピューター
量子力学の原理を情報処理に応用するコンピュータ。極微細な素粒子の世界で見られる状態の重ね合わせを利用して、超並列的に計算を実行するコンピュータである。
原子の内部構造のような極めて微細なスケールの世界は、物体に働く古典力学とは原理の異なる量子力学が支配している。素粒子の状態を表す属性は、複数の状態が同時に実現している「重ね合わせ」という状態にある。これを「量子ビット」(qubit:quantum bit)と呼ばれる情報の表現として利用することにより、並列的な計算を実現するというのが量子コンピュータの基本的な原理である。
従来の計算機は1ビットにつき、0か1の何れかの値しか持ち得ないのに対して、量子コンピューターでは量子ビット (qubit; quantum bit) により、1ビットにつき任意の割合で重ね合わせて保持することが可能である。 n量子ビットあれば、2のn乗の状態を同時に計算できる。
理論上、現在の最速スーパーコンピュータで数千年かかっても解けないような計算でも、例えば数十秒といった短い時間でこなすことができる。
量子的な系を用いて計算を行うアイデアは1980年代に提唱されたが、実現困難性や有効な適用分野の欠如などからあまり活発には研究されてこなかった。1994年、AT&Tベル研究所のPeter Shor(ピーター・ショア)氏が量子コンピュータを用いて整数の素因数分解を高速に行うアルゴリズム(Shorのアルゴリズム)を発表した。
巨大な整数の素因数分解は従来のコンピュータでは計算が困難で、RSA暗号の安全性の根拠となってきたものだが、量子コンピュータが実現すればこうした問題を高速に処理できる可能性を示した。
量子コンピュータはまだ基礎的な研究が行われている段階である。量子ビットに光子・イオンなどを用いて、それをどのように安定的に保持・処理するかについて、様々な研究が行われている。また、量子コンピュータでは現在のコンピュータと同じアルゴリズムでは計算が行えないため、汎用的な機能を持たせるには基礎的なアルゴリズムの研究が必要とされている。実用化までは少なくとも20~30年程度はかかると言われている。(IT用語辞典)
参考 東京大学工学部物理工学科:古澤研究室 Tech総研:世界初!量子テレポーテーション実験を世界で初めて成功 アイラブサイエンス:2012年ノーベル物理学賞 光子・イオンの制御
![]() | 量子もつれとは何か―「不確定性原理」と複数の量子を扱う量子力学 (ブルーバックス) |
クリエーター情報なし | |
講談社 |
![]() | nature [Japan] August 15, 2013 Vol. 500 No. 7462 (単号) |
クリエーター情報なし | |
ネイチャー・ジャパン |
��潟�<�潟��