アイソン彗星が残した置きみやげ
 昨年11月29日早朝、アイソン彗星は、太陽に最も接近(近日点を通過)した。その後、近日点通過前の日本時間午前2時過ぎから暗くなり始めた。

 近日点通過後は、核と思われるような構造がほとんどなくなり、軌道上に広がった細長い構造が淡く輝くのみとなりました。これは核が崩壊した後ほとんど融けてしまったと考えられる。その後、アイソン彗星が明るい彗星として見えることはなかった。

 昨年話題になった、パンスターズ彗星、アイソン彗星はどちらも予想より暗くなってしまい。一般の観測者をがっかりさせてしまったが、天文学的には貴重な観測データを得ることができた。

 今回、京都産業大学の研究者を中心とする研究チームは、2013年11月にすばる望遠鏡の高分散分光装置(HDS)を用いてアイソン彗星を観測し、単独の彗星としては世界で初めて15NH2(アミノ・ラジカルの窒素同位体)の検出に成功した。


15NH2

 15NH2は彗星に含まれる窒素の主な担い手であるアンモニア分子の由来を知る上で手がかりとなる物質。今回の観測により、単独の彗星においてもアンモニア分子の窒素同位体比(14N/15N比)は、太陽や地球大気の値に比べて「15Nがより多く濃集している」ことが明らかになった。

 今回の観測結果は、彗星に含まれているアンモニア分子が、低温度の星間塵表面で形成されたことを示唆している。さらに本研究結果は、彗星に取り込まれたアンモニア分子の形成温度 (約10ケルビン)は従来考えられていた温度(約30ケルビン)より低いことを示唆しており、太陽系形成期の温度環境について再検討を迫る成果である。(国立天文台)


 宇宙にしか存在しない星間分子もある
 宇宙空間は、まったく物質の存在しない真空状態のように思われるが、実際には、全体にわずかながら「星間物質」と呼ばれる物質が漂っている。

 星間物質の質量比は、水素が約70%、ヘリウムが約30%で、残りが珪素・炭素・鉄などの重元素となっている。水素、ヘリウムは星間ガスとよばれ、重元素は宇宙塵とよばれる。

 星間物質には、さまざまな元素が結びついた星間分子(interstellar molecule)も発見されている。その分子は地球上では存在しないものも多数発見されているのが興味深い。

 星間分子は恒星間の希薄空間(星間空間)の中でも、一部にある高密度な分子雲中に存在する分子の総称。1930年代に光学望遠鏡によって観測された、希薄な分子雲中を通った紫外線の吸収が、分子雲の中に存在するCH、CNによるもであると1940年に確認され、初めて星間空間に分子が存在することが示された。

 その後、1960年代以降、電波望遠鏡が発展するに伴い、OHの発見を皮切りに多数の分子が発見され2000年までには100種類以上の分子が発見されている。

 星間分子は光学望遠鏡や電波望遠鏡を用いることで発見された。天体から発せられる電磁波のスペクトルから、ある分子の異なった電子状態、振動準位または回転準位間の遷移は、スペクトルの中でその分子に特徴的な波長や周波数に吸収や発光として観測される。

 これらのスペクトルは電波、マイクロ波および赤外線、可視光、紫外線の周波数領域で観測される。これらの中で一番初めに同定された星間分子は1937年に観測され、1940年にCNなどとともに同定されたメチリジンラジカル (CH) である。


 アイソン彗星のアンモニアから太陽系誕生の記憶をたどる
 
すばる望遠鏡を用いたアイソン彗星(C/2012 S1)の分光観測から、彗星に含まれるアンモニア分子の由来を知る手がかりとなる物質が検出された。アンモニアが形成された場所や太陽系形成期の温度環境の研究につながる成果である。

 彗星は太陽系のはるか外縁からやってくる氷と塵の小天体であり、その観測と分析から、太陽系誕生時の母体である分子雲についてうかがい知ることができる。2013年11月に太陽に最接近し崩壊、消滅したアイソン彗星(C/2012 S1)も、そうした太陽系の記憶を留める“タイムカプセル”として大規模な観測が行われた。

 京都産業大学の新中善晴さんと河北秀世さんらの研究チームは、すばる望遠鏡を用いてアイソン彗星の核付近の分光観測を行い、窒素同位体15Nを含むアミノ・ラジカル(NH2)を検出した。そして、アイソン彗星に含まれるアンモニア分子中の14Nに対する15Nの割合を求めることに成功した。

 同じ元素でも中性子の数の違いによって質量が違うものを「同位体」と呼び、同位体同士の存在比(同位体比)を比較すると、その由来や形成環境を探ることができる。

 今回の結果(同位体比)を、2013年にヨーロッパの研究チームが彗星12個分のデータをあわせて検出したアミノ・ラジカルからの値や、これまで彗星で観測されたシアン・ラジカル(CN)とシアン化水素(HCN)のものと比べることで、彗星に取り込まれた窒素元素を含む分子はどれも似た環境下で作られたことが示唆されている。

 一方、惑星系の母体となる分子雲との同位体比の比較結果は、HCNでは似た値であったがアンモニア分子は異なる値を示すことが明らかになった。彗星のアンモニア分子が分子雲のガス中ではなく低温塵の表面、それも従来考えられていたよりも低温の環境(およそ摂氏マイナス260度)で形成された可能性が示されている。(アストロアーツ)


 窒素同位体比14N/15N
 彗星のさまざまな分子に含まれる同位体の存在比は、太陽系の元になった物質の化学的な進化を理解するための重要な手がかりとなる。例えば、太陽系形成の初期の温度は30K(-240℃)程度だったとされているのだが、それは彗星の水素(陽子1個)と重水素(陽子1個+中性子1個)との比から推定されたことだ。

 窒素安定同位体の天然における存在比は、15Nに対して14Nが圧倒的に多い。ただし、それは環境によっても変化し、窒素同位体比14N/15Nは地球だと「~272」、太陽だと「~441」という具合だ(地球より太陽の方が14Nが多く15Nが少ない)。そして彗星の場合はどうかというと「~150」であることから、15Nが濃集していることがわかっている。しかし、なぜ彗星の窒素同位体比における15Nの濃集が起きているのかは原因不明なままだった。

 彗星の窒素同位体比は彗星核から昇華した「CN(シアン・ラジカル)」や「HCN(シアン化水素)」のガスの観測から求められている。彗星における窒素原子の担い手はNH3(アンモニア)だ。アンモニアは生命の基本であるアミノ酸に必須なアミノ基を有するという点でも重要な分子であることが知られている。そのため、彗星におけるアンモニアの窒素同位体比を明らかにすることは、極めて重要と考えられているというわけだ。


 彗星のNH2(アミノ・ラジカル)を観測
 ただし、これまではアンモニアの窒素同位体比の直接的な観測は困難とされていた。アンモニアは特定の波長の赤外線や電波を出したり吸収したりするが、その強度が非常に弱く、特にアンモニアの窒素同位体である15NH3の直接測定は現在の観測装置では極めて難しいからだ。

 そこで研究チームが着目したのが、アンモニアよりも水素が1個少ないNH2ことアミノ・ラジカルである。彗星のコマでは、太陽紫外線によりアンモニアのほとんどが壊されてNH2になるため、NH2の窒素同位体比からアンモニアの窒素同位体比を推定することが可能だ。

 また、NH2は可視光域で比較的容易に観測できるため、窒素同位体15NH2の検出にも望みがあった。2013年末にはヨーロッパの研究チームが、口径8mの超大型望遠鏡VLTで観測した12個の彗星の観測データを足し合わせることで、15NH2の検出に成功している。

 そこで研究チームは今回、アイソン彗星をターゲットにして、単独彗星からの15NH2の検出を目指し、ハワイ時間2013年11月15日早朝(日本時間11月16日0時過ぎ)に、すばる望遠鏡に搭載された高分散分光器「HDS(High Dispersion Spectrograph)」で観測を実施した。今回の観測はすばる望遠鏡の集光力を最大限に発揮したものだということで、それもアイソン彗星の急増光直後という非常に貴重なタイミングのデータの取得に成功した形である。

 その結果、研究チームは単独彗星としては世界で初めて15NH2の検出に成功したというわけだ。また、同時に観測された14NH2の輝線と合わせて、窒素同位体比(14NH2/15NH2)「~139±38」を得ることにも成功した。この値は、前述したヨーロッパの研究チームが12個の彗星の平均値として得た値の「130」とおよそ合致している。

 NH2の窒素同位体比という観点からは、アイソン彗星は平均的な彗星といえるという。また、NH2は彗星核中のアンモニアを起源としているので、この値は彗星アンモニアの窒素同位体比と考えられるとした。また、この値は過去に観測された彗星のCNやHCNにおける窒素同位体比(~150)と同程度となっている。


 彗星はみな似た環境で形成された?
 このことは、彗星に取り込まれた窒素を含む分子が似た環境下で形成されたことを示唆しているという。しかも、その環境の温度は、約10K(-260℃)と極めて低かった可能性があるとした。過去の研究では、「彗星の氷に含まれている分子は約30K(-240℃)で作られた」と20度ほど高く考えられていることから、今回の成果によって従来の観測結果の解釈し直す必要があるとした。

 現在の太陽系は、分子雲で形成された物質が元となって作られたと考えられている。そのため、太陽系形成時の情報を保持している彗星に含まれた物質の起源を語る際には、惑星系誕生のもともとの母体である分子雲との比較が欠かせない。今回得られた成果を踏まえ、分子雲環境と彗星とで窒素同位体比を比較すると、HCNでは似た窒素同位体比を示すのに対し、アンモニア分子は異なる値を示すことが明らかになった。

 この結果は、彗星に含まれるアンモニア分子の形成環境が、これまで考えられていたような分子雲のガス中ではなく、分子雲に含まれる低温の塵(固体微粒子)の表面である可能性を示しているという。宇宙空間は3次元的に広すぎるため、低温塵の表面でならさまざまな原子や分子が出会いやすく、そこではさまざまな複雑な分子が作られることが実験室でわかっている。アンモニア分子が低温塵の表面で形成されたのであれば、アンモニア以外にも生命の起源と関連した複雑な分子が彗星には含まれていて、彗星が地球にこうした物質を大量に持ち込んだ可能性もあるとした。


参考 国立天文台: アイソン彗星のアンモニアから太陽系誕生の記憶をたどる アストロアーツ: アイソン彗星のアンモニアから太陽系誕生の記憶をたどる 

アイソン彗星のアンモニアから太陽系誕生の記憶をたどる


彗星の科学―知る・撮る・探る
クリエーター情報なし
恒星社厚生閣
巨大彗星-アイソン彗星がやってくる
クリエーター情報なし
誠文堂新光社

ブログランキング・にほんブログ村へ 人気ブログランキングへ   ←One Click please