DNAの構成単位「デオキシヌクレオチド」
遺伝子工学の進歩がめざましい。遺伝子操作の技術を利用して、有用な物質や生物を多量に生産しようとする応用研究が進んでいる。
例えば京都大学山中教授が作製に成功した、iPS細胞(人工多能性幹細胞)では、皮膚細胞のDNAに特定の4つの遺伝子を導入することで、さまざまな細胞への分化が可能になり、再生医療への応用が期待されている。
ある生物のDNAに書かれた全遺伝情報のことをゲノムと言い、ある生物の全DNA配列を決定するような研究をゲノムプロジェクトというが、2003年には、ヒトのゲノムプロジェクトも完了し、医学に応用する研究が進められている。
1952年、A.D.ハーシーとM.チェイスは、バクテリオファージを用いて、DNAが遺伝物質であることを直接に確認(ハーシーとチェイスの実験)した。では、DNAはどんな物質でできているのだろうか?

ヌクレオシド (nucleoside) は塩基と糖が結合した化合物の一種。塩基としては、アデニン(A)、グアニン(G)などのプリン塩基、チミン(T)、シトシン(C)、ウラシル(U)などのピリミジン塩基。糖としてはデオキシリボースやリボースが結合する。
ヌクレオシドにリン酸基が結合した物質をヌクレオチド (nucleotide) という。ヌクレオシドは五単糖の1位にプリン塩基またはピリミジン塩基がグリコシド結合したもの。DNAやRNAを構成する単位でもある。糖の部分がデオキシリボースの時デオキシヌクレオチド、リボースの場合はリボヌクレオチドという。
DNA(デオキシリボ核酸)はデオキシヌクレオチドのポリマーである。同様にRNA(リボ核酸)は、リボヌクレオチドのポリマーである。
ヌクレオチドは核酸だけではない、ATP(アデノシン3リン酸)というのは、生体内に広く分布し、燐酸 1分子が離れたり結合したりすることで、エネルギーの放出・貯蔵、あるいは物質の代謝・合成の重要な役目を果たしているヌクレオチドである。
また、シアノコバラミン(cyanocobalamin)は、ビタミンB12であり、ビタミンの中で水溶性ビタミンに分類される生理活性物質である。赤色又はピンク色を呈するため「赤いビタミン」とも呼ばれているが、ヌクレオチドの構造をもっている。
1957年、イギリスの生化学者、アレクサンダー・トッドは、ヌクレオチド及びヌクレオシドの構造に関する研究とその生合成、並びにヌクレオチドを含む補酵素の研究によってノーベル化学賞受賞者となった。
彼の功績によって、核酸の化学的性質が確認され、1950年代にM.H.F.ウイルキンズ、J.D.ワトソン、F.H.C.クリックらによってDNAの構造が解明されることになった。
アレクサンダー・トッド
トッド男爵、アレグザンダー・ロバータス・トッド(Alexander Robertus Todd, Baron Todd, 1907年10月2日~ 1997年1月10日)は、イギリスのスコットランド出身の生化学者。ヌクレオチド及びヌクレオシドの構造に関する研究とその生合成、並びにヌクレオチドを含む補酵素の研究によって1957年のノーベル化学賞受賞者となった。「トッド男爵」として一代貴族に叙されている。
グラスゴー近郊の町カスカート (Cathcart) に生まれ、1928年にグラスゴー大学を卒業し、学位を取得した。1931年にフランクフルト大学から胆汁酸に関する研究で博士号を与えられる。その後オックスフォード大学オリオル・カレッジに学び、1933年に再び博士号を得た。その後、ロンドンのリスター予防医学研究所とロンドン大学に籍をおいて研究を続けた。1938年、マンチェスター大学で研究所の所長につき、ヌクレオチドの研究を開始した。
ケンブリッジ大学クライスツ・カレッジの有機化学の教授で、特別研究員であった。1949年にアデノシン三リン酸とフラビンアデニンジヌクレオチドの合成に成功し、1955年にシアノコバラミン(ビタミンB12)の構造を解明し、後にはチアミン、トコフェロールやアントシアニンの構造と合成の研究に着手した。また、大麻に含まれるアルカロイドの研究を行っている。
1942年に王立協会の会員となり、1975年から1980年までは会長を務めた。このほか、1952年から1964年まで英国化学政策諮問委員会の委員であり、1963年から1978年までクライスツ・カレッジの学寮長の座にあった。1954年にナイトに叙任されて「サー」の称号を受け、1962年には一代貴族爵位「ケンブリッジシャー・トランピントンのトッド男爵」に叙された。1975年にメリット勲章を受章。また、英国枢密院の評議員であった。1997年にケンブリッジ郊外のオーキングトン (Oakington) で没。89歳であった。
妻アリソン・サラの父は、トッドと同じくノーベル賞受賞者のヘンリー・ハレット・デールである。(Wikipedia)
ヌクレオチドの構造を発見
トッドの最初の研究は、1931年ロビンソンのもとで始めたアントシアニンという水溶性色素の合成である。
1936年、ビタミンB1(チアミン)の合成に取り組んだ。後年ビタミンE(トコフェロール)の構造を研究。1955年共同研究者D.C.ホジキンとともに、ビタミンB16(シアノコバラミン)の構造を決定した。一方、マンチェスター大学では、核酸とヌクレオシドの研究を始め、P.A.T.レビーンが残したものを引き継いだ。レビーンはヌクレオチドの構造を推論したが、(ヌクレオチドの小さな分子から大きな核酸の分子ができる)、トッドは天然に存在する核酸のヌクレオチド成分のほとんどの合成に取り組み、レビーンの推論が正しいことを証明した。
1944年からケンブリッジ大学に移ってから、ヌクレオチドに関連のある天然化合物を合成した。1947年アデノシン2リン酸とアデノシン3リン酸(ATP)を発見。50年代にはヌクレオチドのような構造をもつ補酵素をいくつか合成した。これらのヌクレオチドと補酵素に関する研究に対して、1957年ノーベル化学賞が贈られた。彼の功績によって、核酸の化学的性質が確認され、1950年代にM.H.F.ウイルキンズ、J.D.ワトソン、F.H.C.クリック(三人で核酸の分子構造と遺伝情報の伝達に関する研究により、64年ノーベル生理学医学賞を受賞)らの研究への未知が開かれた。
核酸とは何か?
核酸(かくさん)は、塩基と糖、リン酸からなるヌクレオチドがリン酸エステル結合で連なった生体高分子である。糖の違い(2'位が、水素基(DNA)か水酸基(RNA)であるか)によって、2-デオキシリボースを持つデオキシリボ核酸 (DNA) と 、リボースを持つ リボ核酸 (RNA) とがある。
RNAは2'位が水酸基であるため、加水分解を受けることにより、DNAよりも反応性が高く、熱力学的に不安定である。糖の 1'位には塩基(核酸塩基)が結合している。さらに糖の 3'位と隣の糖の 5'位はリン酸エステル構造で結合しており、その結合が繰り返されて長い鎖状になる。転写や翻訳は 5'位から 3'位への方向へ進む。 なお、糖鎖の両端のうち、5'にリン酸が結合して切れている側のほうを 5'末端、反対側を 3'末端と呼んで区別する。また、隣り合う核酸上の領域の、5'側を上流、3'側を下流という。(Wikipedia)
ヌクレオシドとは何か?
ヌクレオシド (nucleoside) は塩基と糖が結合した化合物の一種。塩基としては、アデニン、グアニンなどのプリン塩基、チミン、シトシン、ウラシルなどのピリミジン塩基、ニコチンアミド、ジメチルイソアロキサジンなどを含む。糖としてはデオキシリボースやリボースが結合する。
アデノシン、チミジン、グアノシン、シチジン、ウリジンなどが代表的なヌクレオシドである。このほか、ジメチルイソアロキサジンとリボースからなるヌクレオシドはビタミンB2として有名である。 リン酸と結合するとデオキシリボ核酸 (DNA) やリボ核酸 (RNA) を構成するヌクレオチドとなるほか、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドやフラビンヌクレオチドは脱水素補酵素として多くの生体反応に関与する。(Wikipedia)
ヌクレオチドとは?
ヌクレオチド (nucleotide) とは、ヌクレオシドにリン酸基が結合した物質である。語源は“nucleo(核の)tide(結ばれた)”と言う意味であり、これをローマ字読みしたものである。英語では「ニュークリオタイド」と発音する。ヌクレオシドは五単糖の1位にプリン塩基またはピリミジン塩基がグリコシド結合したもの。DNAやRNAを構成する単位でもある。
ヌクレオチドが鎖のように連なりポリヌクレオチドになる。またアデノシン三リン酸はリン酸供与体としても機能し、加えてセカンドメッセンジャーの機能を持つcAMPなども知られる。遺伝暗号のコドンでは、ヌクレオチド3個でアミノ酸一つをコードしている。 ヌクレオチドの名称は4文字の略号で表される。1文字目は糖の種類がリボヌクレオチド(r。省略する場合もある)かデオキシリボヌクレオチド (d) かを示す。2文字目は次の塩基の種類を示す。
A: アデニンC: シトシンG: グアニンT: チミン(通常RNAには現れない)U: ウラシル(通常DNAには現れない) すなわち、最初の2文字でヌクレオシドの種類が決まる。 3文字目は結合するリン酸基の数 (mono 1、di 2、tri 3) を、4文字目はリン酸塩 (P) であることを示す。 例えば、デオキシシチジン三リン酸 (deoxycytidine triphosphate) はdCTPと略される。また、4種類のデオキシリボヌクレオチド三リン酸 (dATP, dCTP, dGTP, dTTP) を混合したものはdNTPと表記する。
ヌクレオチド及びその結合体であるポリヌクレオチド、DNA、RNAは生物を原料とするほとんどの食品に微量含まれている。これを摂取すると、体内でRNA、DNAを効率的に合成する材料となる。
グアニル酸 (GMP) やイノシン酸 (IMP) は呈味性ヌクレオチドと呼ばれ、自身がうま味をもつほか、L-グルタミン酸ナトリウムと組み合わせることで、うま味が強まる効果があり、うま味調味料や、スープ原料などとして使用されている。
また、岡山大学の研究チームが、神経伝達物質として働くヌクレオチドを取り込むタンパク質を見つけ、これと強い痛みを伝える働きとの関与を研究しており、この研究が抗てんかん剤の効きにくい人の発作を抑えたり、激しい痛みを和らげる新薬の開発につながるのではないかと期待されている。(Wikipedia)
DNA発見の歴史
ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックがDNAの構造に関する論文を発表する前、何人かの科学者もこの発見に貢献している。
スイスの医師フリードリッヒ・ミーシェルは、1869年に白血球の核から核酸を単離、同定し、これを「核子」(nuclein)と名付け、DNA発見に筋道を付けている。
ミーシェルの後、ドイツの生化学者アルブレヒト・コッセルは、1878年に「核子」の中からタンパク質ではない成分を単離し、核酸の中にアデニン、シトシン、グアニン、チミン、ウラシルの5種類の核酸塩基を発見した。これらの発見により、核酸についていくつかの基礎的な事実は知られていたものの、その構造や機能は謎のままだった。
1919年、リトアニア系ロシア人の生化学者ホエーブス・レヴィーンがヌクレオチドを発見し、DNA発見への扉を再び開いた。
レヴィーンは、酵母のRNAに存在する炭水化物成分が実はリボースであると最初に同定した。しかし、彼が胸腺の核酸に含まれる炭水化物成分が1つの酸素原子を欠いたデオキシリボースという糖であるということを発見して初めて、彼の発見は科学界に広く受け入れられた。
最終的に、レヴィーンはRNAとDNAの成分の正しい並び方は、リン酸-糖-塩基であると同定することができ、彼は後にこれをヌクレオチドと呼んだ。ヌクレオチドの成分の並び順はレヴィーンによって解明されたが、ヌクレオチドの空間的な構造や遺伝暗号については、彼の初期のキャリアの間は謎のままであった。
1920年~1940年 遺伝物質はタンパク質と考えられていた。なぜならタンパク質を構成するアミノ酸は20種類もあるのに,核酸には、塩基が4種類しかない。遺伝物質の複雑さを表現するのにふさわしくないと思われたからだった。
1944年、アベリーの実験 肺炎双球菌には病原性のS型菌と非病原性のR型菌がある。(SはSmooth,RはRoughの意味。菌コロニーの表面の性質による)S型から核酸DNAを取り出し,タンパク質を取り出して,それぞれをR型菌に注入したところ,DNAを入れた菌がS型菌に転換した。(形質転換)タンパク質を入れた方はR型のままだった。この実験から遺伝子がDNAであることが分かった。
1952年 ハーシーとチェイス(米)は、バクテリオファージの一種、T2ファージを使った研究により、タンパク質は遺伝物質となりえないこと、 遺伝物質がDNAであることを証明した。
1953年米国の分子生物学者J.D.ワトソンとイギリスの科学者F.クリックはDNAの構造が二重らせん構造であることを発見した。これは二十世紀最大の発見のひとつと言われている。イギリスの週刊科学雑誌 Natureに掲載された。
参考 Wikipedia: アレクサンダー・トッド ヌクレオチド ヌクレオシド
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