海は生命の源

 地球は約46億年前に誕生したといわれている。誕生して数億年の地球は岩石の塊で、水のもとになる水素や酸素も岩石の中に閉じ込められていた。

 この岩石が地殻の熱で溶かされ、そこで遊離した水素と酸素が結合して、水ができた。水は水蒸気となって吹き上がり、厚い雲となって地球を包む。そして、地球にはじめて降り注いだ雨は、岩石に閉じ込められていた有機質の元となる炭素、窒素、ケイ素などや、さらには地殻の底に閉じ込められていたナトリウム、マグネシウム、カリウム、鉄、銅、カルシウムなどを溶かし出し、こうして多くの物質を含んだ海が生まれた。

 長い時間をかけて海に集められた様々な物質のなかには、生命をつくるのに欠くことのできない物質がそろっていた。さらに太古の海には潮の干満や、地殻の底からくる熱エネルギー、空中放電の電気エネルギーなど、様々な影響をうけ、生命を誕生させるという奇跡をおこしたと考えられている。



 はじめての生命は、水の中で単細胞の生物として発生した。その後、長い時間をかけて多細胞生物に進化し、その中から脊椎動物が生まれ、さらに陸上へ上がって空気を呼吸する生物が現れた。そして少しずつ、長い進化の道のりを経てようやく人類が誕生したと考えられている。

 しかし、陸に上がった生命は、決して海と無縁になったわけではない。私たちの身体の中にはたくさんの「体液」と呼ばれる水分がある。その体液、血液、そして、女性が胎内で新しい生命を育むための羊水にいたるまで、これらは全て電解質(イオン)を含み、太古の海水に成分が似ていると考えられている。これは、生命が海の中で誕生した名残であり、まさに私たちの身体は、内なる海を持っているといえる。


 海はDNAのスープだった?

 海は生命の源であり、現在も豊富な生命にあふれている。研究者の間では、世界中に約2万種類ほどの魚がいるといわれている。

 最近、京都大学など40カ国の国際チームによる調査で、甲殻類やゴカイの仲間、微小藻類など、浮遊生活する海洋プランクトンが世界中の海に約15万種いることが、調査で明らかになった。

 それだけではない、生命の元になる、DNAも海の中に豊富に含まれ、海の水をバケツにくみ、その中のDNAを調べるだけで、どんな魚が生息しているか高精度に推定できる技術が今回開発された。

 水の中を漂うDNAは「環境DNA」と呼ばれ、今世紀に入って登場した新しい研究分野。絶滅危惧種や外来種を含む生物分布の把握に飛躍的な発展をもたらすと期待されている。

 開発したのは、千葉県立中央博物館の宮正樹主席研究員(分子進化系統学)らの研究チーム。水中には魚の体から分泌される粘液や、ふんなどに含まれるDNAが多く漂っていることに着目。これを解析することで生息する魚の種類を簡単に調べることができる。


 “バケツ1杯の水” で魚が丸わかり!?

 海や川からくみとった “バケツ1杯の水” を調べるだけで、周辺にどんな魚がいるのか分析できる技術の研究が進み、いま注目されている。調査によって、これまでわからなかった魚の生態の解明が進み、資源の保護にもいかせるのではないかと期待が高まっている。

 「この海水で分かるんですか?」
 「これだけ(バケツ1杯)で、ここにいる魚がほとんどわかります」

 海水をくみ上げているのは、『千葉県立中央博物館』の宮正樹主席研究員。バケツ一杯はおよそ5リットル。宮さんたちの研究グループは、この水を調べるだけで周りにいる魚の種類を特定する技術を開発した。

 調査ポイントの一つ、『かつうら海中公園』は、海の中を観察できる施設。くんだ海水からわかる魚と、実際に観察できる魚を比較するため、ここで調査を行っている。

 「どういう仕組みで魚を特定するのでしょうか?」

 「魚は、体表に粘液がある。あるいは、フンをしたりする。それに混じってDNAが溶け出し、漂っていることがわかってきた」

 調査では、海の中を漂っているDNAを直接調べるのだという。

 魚からは、毎日、皮膚や粘液、フンなどから大量のDNAが出ている。そのDNAをバケツで採取し、分析すると、アジやイサキなど、そこにいる魚が特定できる。

 「魚の “DNAのスープ” がここにある?」
  「そのとおりです」

 「DNAの存在はどうやって確認するのでしょうか?」
 「まずフィルターで、採取した海水をろ過します。フィルターに付いたうす茶色の部分・・・。魚のDNAが残されています。」

 それぞれの魚のDNAには “共通の部分” と、魚によって “異なる部分” が続いている。宮さんはその中でも “効率よく判別できる部分” を切り出して増やす方法を世界に先駆けて開発した。最新の分析機器にかけることで、それらの魚が、どのくらいいるのかもわかる。


 魚の生態も推測可能

 あらたに開発された技術でわかるのは、魚の種類だけではありません。生態も推測できるといいます。このポイントでは、5月にもバケツで海水をすくい、およそ60種類の魚のDNAが出てきた。

 その中でも多かったのが、クサフグのDNAでした。5月はクサフグの産卵の時期。しかし、この場所では、これまでクサフグの産卵は確認されていなかった。

 「その時に(泳いでいる)クサフグは見ていないんですか?」
  「見てないですね」
  「ということは、バケツで水をすくうだけで、海の中の生き物の行動がある程度予測できると?」
  「かなりわかります」

 この技術を使えば、広い海で海水をとるだけで、産卵などの魚の行動が予想でき、サンマやウナギなど、資源の減少が心配される魚の保護に役立てられるのではと期待されている。


 見慣れないDNAから、新種の発見

 宮さんがもう一つ注目していることがある。それは、この技術が “新種の発見につながる可能性がある” こと。

  実は、今回の調査で、まだ知られていない魚のDNAが検出されていた。特に気になったのが、鮮魚や釣りとしても人気のメジナのデータ。

  日本には3種類のメジナがいて、DNAはすでに解読されている。しかし、それらに極めて似ているけれども一致しないDNAが見つかった。

 「まだ誰も確認していないメジナがいるかもしれないということ?」
 「その通りですね。まだ学問の世界で、誰も認識していない種類がいそうだということが、このデータからわかります」

 わずかバケツ一杯でわかる広大な海の世界。これまで知られていなかった、魚の営みがあきらかになろうとしている。

 今回開発された方法では、バケツ1杯の水があれば、3日ほどで生息している魚を特定できるという。簡単に調査ができるようになり、はるかに広い範囲で魚のモニタリングが可能になる。(NHK news)


 海や川の水をくめば、魚の種類が分かる! 注目の「環境DNA」

 海や川の水をバケツにくみ、その中のDNAを調べるだけで、どんな魚が生息しているか高精度に推定できる技術が開発された。水の中を漂うDNAは「環境DNA」と呼ばれ、今世紀に入って登場した新しい研究分野。絶滅危惧種や外来種を含む生物分布の把握に飛躍的な発展をもたらすと期待されている。

 ある場所に生息している生物の種類やその多様性を把握することは、生態系の理解だけでなく、開発に伴う環境アセスメント(影響評価)の観点からも重要だ。

 海や川などの場合、魚を捕獲して調べたり、水中に潜って観察したりする方法が一般的だが、多くの労力と費用を要する上、形状を見分けて分類する高度な知識と経験も求められる。広範囲にわたり長期間、追跡することは特に難しい。

 千葉県立中央博物館の宮正樹主席研究員(分子進化系統学)らの研究チームは、水中には魚の体から分泌される粘液や、ふんなどに含まれるDNAが多く漂っていることに着目。これを解析することで生息する魚の種類を簡単に調べる技術を開発した。

 水中のDNAには、さまざまな生物のDNAが混在しており、その種類ごとに調べると膨大な時間がかかる。簡単に調べるには“混ざりもの”をまとめて解析する手法が必要だ。

 全ての魚はゲノム(全遺伝情報)の中に、ある共通の塩基配列を持っており、この配列があれば魚だと分かる。さらに種を特定するには、種によって異なる配列を見つける必要がある。

 研究チームは公開されている魚類のゲノムデータを使い、種ごとに特有の配列が、魚類の共通配列に挟まれているような場所を探した。共通配列を目印に、種に特有の配列を増幅できるからだ。

 解析に必要な増幅や識別を行うため、増やしたDNA断片の両端を改変。高速で配列を解読する次世代シークエンサーを使い、多くの種が混在するDNAを同時に解析する技術を確立した。


 9割超の検出率

 チームは沖縄美ら海水族館の水槽から、バケツ1杯程度の水をくんで検証した。その結果、黒潮に生息する魚の水槽では63種のうち61種、最も多様性がある熱帯魚の水槽では105種のうち95種を検出することに成功した。

 深海魚の水槽では全13種、海水と真水が混ざる汽水域を模した水槽でも全8種を特定。全体で180種のうち168種を突き止め、90%を超える高い精度で検出できた。

 隣接するサンゴ礁の海域で水を採取し調べたところ、93種の亜熱帯性の魚を確認した。1リットル程度の水でも分析可能といい、宮主席研究員は「日本中でDNAを解析したい」と意気込んでいる。


 外来種の把握も

 生物から放出されるDNAが水中に漂っていることが分かったのは、比較的最近のことだ。水中のDNAは当初、主に微生物から抽出して調べていたが、生物自体ではなく、魚類のふんなどの排出物に着目した研究が2008年ごろに日本や米仏で始まった。

 研究チームの源(みなもと)利文神戸大特命助教(水域生態学)は、こうした環境DNA研究の開拓者の一人だ。源助教によると、解析には今回の手法のほか、特定の種を検出するアプローチもあり、多様な応用が期待できるという。

 例えば絶滅の恐れがあるニホンウナギや、ブラックバスなどの外来種の生態調査が、水を分析するだけで可能になる。絶滅危惧種のオオサンショウウオなど魚類以外でも既に研究が始まっている。

 湖底の堆積物中のDNAを解析し、地層年代と比較して過去にどんな生物がいたかを探ったり、外来種の侵入時期を特定したりできるかもしれない。源助教は「寄生虫や宿主の分布など感染症の研究にも発展させたい」と話す。

 一方、海や川で環境DNAを採取しても、その生物が生息していた時期や範囲は分からないなど課題もある。しかし、長く別々の研究領域だった多種多量のゲノムデータ解析と、生物集団の動きを知る生態学をつなぐ科学の新展開であることは間違いない。環境DNAの注目度は今後さらに高まりそうだ。 (産経新聞)


参考 NHK:おはよう日本 バケツ1杯の海水で、魚まるわかり?


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