今年のノーベル物理学賞は「トポロジカル相転移」

 スウェーデンの王立科学アカデミーは10月4日、今年のノーベル物理学賞を米国の研究者3名に授与すると発表した。

 今回は、ワシントン大学のデビッド・サウレス(David J. Thouless)氏、プリンストン大学のダンカン・ホールデン(F. Duncan M. Haldane)氏、ブラウン大学のマイケル・コステリッツ(J. Michael Kosterlitz)氏ら3名の共同受賞となる。

 授賞理由は「トポロジカル相転移と物質のトポロジカル相の理論的発見」である。ノーベル財団の発表によると、固体物理学における20世紀の最大の発見とも言われている。


 3人は電気抵抗がゼロになる超伝導など、物質の特異な状態がなぜ起きるのかをトポロジー(位相幾何学)という概念を使ってときあかした。次世代の電子工学や超伝導物質、量子コンピューターなどに活用されることが期待されている。

 物質は、非常に薄い2次元の状態にすると、量子力学の法則に従って、特異な性質を示すことが知られている。
 その一つに「量子ホール効果」がある。電気を通す非常に薄い物質を二つの半導体に挟み、磁場をかける。磁場を連続的に強くすると、電気の通りやすさは連続的にではなく、2倍、3倍と段階的に上がる。これを見つけた研究者は1985年にノーベル賞を受賞したが、そのしくみはわかっていなかった。

 3人は量子力学の理論に、トポロジーの考えを導入。量子ホール効果を解明したほか、非常に低温で起きる超伝導現象が温度を上げると消えてしまう仕組みも解明した。

 トポロジーは、すべての現象を「穴の数がいくつあるか」で整理するという数学の概念。この概念を取り入れて、さまざまな現象をみると、例えば、通常は滑らかな曲線になる電気抵抗が平面の物質を超低温にまで冷やしたときには階段状で現れる現象を説明できるという。

 この理論によって、さまざまな物理現象を理解したり予測したりするための「道しるべ」が示され、ノーベル賞の選考委員会は授賞理由について、「彼らの研究成果は物理学の新たな分野を開き、新しい世代の電子工学の発展や、超電導体や量子コンピューターなどに活用されることが期待される」としている。

 日本人の3年連続でのノーベル物理学賞の受賞はならなかった。

「トポロジー」注目の理由

 ことしのノーベル物理学賞の受賞テーマとなった「トポロジー」とはいったい何なのか。そして、なぜ注目されるのか。物理学の研究情勢に詳しいJST=科学技術振興機構の調査役、古川雅士さんは「物質の新しい性質を引き出す可能性があり、今後、研究が進めば、コンピューターの記憶装置の大幅な省電力化を実現する可能性がある」と指摘している。

 「トポロジー」とは、物質を作る基本的な粒子である「原子」の周りのある限定的な空間を指す。原子の周りを飛び交う電子の中には、この限定的な空間、「トポロジー」だけを飛び交うものがあることが、1970年代に、今回、受賞が決まった人たちの研究によってわかってきた。

 さらに研究が進むと、もともと「トポロジー」だけを飛び交うわけではない電子も、人間の操作によって「トポロジー」だけを飛び交うように変えることができることもわかってきた。

 つまり、「トポロジー」を利用して、物質の性質を人為的に変えられることがわかった。「トポロジー」を利用して物質の性質を変える際、興味深いのは、電気を通すようにも電気を通さないようにも、どちらの性質にも変えられる。こうしたことから、「トポロジー」の研究を推し進めていけば、将来の新材料の開発につながるのではないかと期待されているのである。

 科学技術振興機構の古川雅士さんは「現在のパソコンなどに用いられている電子部品は情報を記憶するために多大な電力を必要としているが、『トポロジー』の研究を推し進めれば、ごくわずかな電力で記憶できるような記憶装置の省電力化を実現できる可能性があり、今、物理学の世界では、『トポロジー』に熱い視線が注がれている」と、この分野への期待を示している。

 そのうえで、古川さんは「実際に応用する技術の開発は容易ではなく、私たちの生活に身近な製品に応用されるまでには、あと数十年かかるのではないか」と指摘している。

2次元トポロジカル絶縁体

 日本でもトポロジカル絶縁体の研究が行われている。

 東京大学大学院理学系研究科の平原徹助教と長谷川修司教授、分子科学研究所の木村真一准教授は、ドイツユーリッヒ研究所と共同で、二次元トポロジカル絶縁体であると理論的に予言されていたバイレイヤー(2原子層)ビスマス(Bi・Bi2Te3)の実験的作成に世界で初めて成功した。

 近年、金属・半導体・絶縁体・超伝導体といった従来の固体の分類の枠に収まらないトポロジカル絶縁体という物質が注目を集めている。
 普通の絶縁体は電圧をかけても電流が生じないが、トポロジカル絶縁体では物質の中身は絶縁体状態であるにもかかわらず、その表面や端では普通とは異なる特殊な金属状態が実現して、そこだけ電流が流れるといわれる。この端の電子は質量を持たず、スピン(電子の自転)をそろえて動き回るという特殊な性質を持つ。

 また通常の物質とは異なり、トポロジカル絶縁体の端の伝導電子は、非磁性の欠陥や不純物によって邪魔されることなく(エネルギーを損失することなく)動き回ることができるという非常に魅力的な性質を持っている。そのため、トポロジカル絶縁体を利用して、超低消費電力スピンデバイスや、次世代の量子コンピューターの開発に大きな期待が寄せられている。

 一方、物質を原子(ナノ)レベルで制御する研究も進んでいる。しかし物質を1、2原子層(バイレイヤー)に二次元化することは、例えば2010年のノーベル物理学賞対象となった炭素1層のグラフェンなど実際に作成するのは不可能ではないが、簡単にできることではなかった。

 本研究ではこのバイレイヤーBiの実験的作成に成功し、そのトポロジカルな電子の状態を実験的に明らかにした。今回の発見により原子1、2層の厚さのナノデバイスや低消費電力スピンデバイス、次世代の量子コンピューター開発の研究が大きく進展するものと期待できる。

トポロジカル

 トポロジカル絶縁体・超伝導体の“トポロジカル”とは何か。例えばコーヒーカップの形を連続して変形させていくと、ドーナツの形をつくることができる。逆にドーナツの形をコーヒーカップの形にすることもできる。このように連続な変形によって不変な性質を扱う幾何学を“トポロジー(位相幾何学)”と呼び、コーヒーカップとドーナツの形は“トポロジカルに同じだ”という。

 一方、コーヒーカップの形を二つの穴が開いたドーナツの形にするには、穴を開けるという別の操作が必要となり、連続して変形することができない。つまり、コーヒーカップと二つ穴のドーナッツは、“トポロジカルに異なる”図形である。

 トポロジーは“やわらかい幾何学”とも呼ばれ、幾何学の中では新しい分野である。トポロジーでは連続的に変形できる図形はすべて同一視される。

 トポロジーの考え方が応用されている物の中で最も日常的に目にするものといえば、電車などの路線図が挙げられる。路線図に於いては「駅間の距離」や「実際の線路のカーブ」は無視(連続的に変形)されている。つまり、地図上の路線配置をトポロジーの考えに基いてやわらかく変形したものだと言えるのである。

 物と物の「接続関係」に着目した研究分野としては、グラフ理論が存在する。駅と駅のつながり方を示しているという意味では、路線図はグラフ理論におけるグラフの一種でもある。

 この性質を物理学においては、ある対象が多少の状況の変化(→連続変換に対応)しても、何らかの量(→穴の数に対応)を保存するときに、その対象にトポロジカルという用語を使う。例えば、トポロジカル絶縁体では、物質に多少の(磁性をもたない)不純物が混じっても、この表面に電流が流れる性質が変化しない。

 これまでトポロジーは物理学にあまり用いられていなかった。しかしここ数年の研究で、ある種の物質では、電子状態がすでに知られている絶縁体や超伝導体とは異なり、トポロジカル数を持つ“トポロジカル絶縁体”や“トポロジカル超伝導体”となることが分かっている。

トポロジカル絶縁体

 位相幾何(トポロジー)を物質の電子状態の解析に取り入れることで、これまで知られていた絶縁体とは本質的に異なる新しい絶縁体物質として2005年に提唱された。

 トポロジカル絶縁体とは、一言でいえば、バルク(内部)にはエネルギーギャップを持つ絶縁体なのに、その“エッジ”(2次元系なら端、3次元系なら表面)にギャップレスの金属状態が生じている物質のこと。

 絶縁体でも電子が通り抜ける、トンネル効果や、半導体が強磁場中で起こす、量子ホール効果があるが、トポロジカル絶縁体の場合は、磁場などなくてもこのような特殊な状態が存在しているので、金属でも絶縁体でもない「新しい種類の固体物質」を実現しているのが「トポロジカル絶縁体」と言うことができる。

 さらに、伝わる電子のスピンが上向きか下向きかで分かれており、これまでの物質にはないスピンの応答や制御ができる事で、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発ができる分野として、国内外で精力的な研究が行われている。

 3次元トポロジカル絶縁体と2次元トポロジカル絶縁体の二種類があり、それぞれ端状態は2次元・1次元となる。とりわけ2次元トポロジカル絶縁体の端状態は1次元の伝導路を持つために非磁性の不純物散乱の影響をほとんど受けないことが知られている。

スピントロニクスへの応用

 スピンとは、磁石のもとになる、電子が持つ自転に由来した内部自由度のこと。自転軸の方向に対して、上向き(アップ)と下向き(ダウン)の2種類の状態がある。2次元トポロジカル絶縁体の端では、上向きスピンを持った電子は右に、下向きスピンを持った電子が左にといったように、スピンの方向の異なる電子が互いに逆方向に、しかも端に沿って一方向に流れる。3次元トポロジカル絶縁体においては必ずしも一方向に運動するとは限らない。

 これまでのエレクトロニクスではほとんどの場合電子の電荷のみが利用されてきたが、この分野においてはそれだけでなくスピンも利用しこれまでのエレクトロニクスでは実現できなかった機能や性能を持つデバイスが実現されている。代表的な例としては1988年に発見された巨大磁気抵抗効果があり、現在ハードディスクドライブのヘッドに使われている。

 今回の研究では、2次元と3次元のトポロジカル絶縁体が共存しているという新奇な状態を持つ物質が見つかった。これを利用して原子1、2層という究極に薄いナノデバイスや次世代の省エネ技術であるスピントロニクスデバイス、超高速処理を行う量子コンピューターの実現の可能性がさらに一歩進むと期待される。


参考 NHK news: ノーベル物理学賞は、米の3人の研究者にトポロジカル相転移

計算で身につくトポロジー
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トポロジカル絶縁体入門 (KS物理専門書)
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