高速化学反応の分析法

 化学反応には速く起こるものと、ゆっくり起こるものがある。鉄の腐食はさびができる反応であり、遅い反応である。木の燃焼などは反応速度の速い反応である。ゆっくりとした反応では、反応の途中にできた物質をゆっくり確認できるが、高速反応の途中にできる中間物質はどのように調べればよいのだろうか?

 現在、高速反応中にできる化学物質は短パルス光を当て、光分析機器(分光光度計)で、化学物質の光吸収(吸光光度計)や 発光の強度を測定することで調べることができる。この光化学分析法を開発した研究が1967年のノーベル化学賞を受賞した。

 受賞理由は「短時間エネルギーパルスによる高速化学反応の研究」。これは分子化学の研究領域で「反応速度論」「反応動力学」と呼ばれる領域の化学賞となった。


 化学反応がどのような過程を経て進んでいくかという問題で、短パルス光を用いた研究が始まる前は、化学反応の初めと終わりを調べて、反応の過程は推定することしかできなかった。光化学反応についても過程の直接測定は不可能で、波長、圧力、濃度を変え、それによる生成物の量子収率を測定することで光化学反応を推定していた。

 これらの反応の過程を直接的に調査することができなかったのは、その過程の速度が速かったからである。物質科学における動的研究のための測定手段として近赤外~紫外線領域までの短パルス閃光放電管を用いた研究が1950年頃から始まり、ミリ~マイクロ秒の現象の測定が行われるようになった。

 旧西ドイツで生まれたアイゲンは、1951年にゲッティンゲン大学で学び博士号を取得すると、マックス・プランク研究所で、溶液の中和など高速で行われる「緩和法」を確立した。そして、その追跡方法も研究して高速化学反応の機構を明らかにした。

 「緩和法」では、すでに平衡に達している反応系について、温度や圧力、pH などの条件を急激に変化させる。すると、それまでの平衡状態にあった反応系は、新しい条件に置かれた瞬間に初期状態となったのち、新しい平衡状態に向かって移行する。この現象を緩和といい、その様子を分光学的に追跡する。

 一方、イギリスの物理化学者のノーリッシュは、第一次世界大戦の後、ケンブリッジ大学の化学教授になった。1930年代には光化学反応など光によって引き起こされる様々な化学反応の研究をした。ある波長の光が当たることで化学物質は化学反応をすることがある。光化学スモッグなどでできるオゾンなどが一例だ。この反応を研究したロナルド・ノーリッシュの名にちなんでノーリッシュ反応といわれる。

 ケンブリッジ大学でノーリッシュの助手として一緒に高速化学反応の研究をしたポーターはヨークシャーの生まれ。ノーリッシュとは40歳の年の差があった。ポーターは地元のリーズ大学を卒業すると第二次世界大戦後、1945年ケンブリッジ大学でノーリッシュのもとで超高速化学反応に関する研究を行い、1949年頃希ガス閃光放電管をつくり、閃光光分解法(flash photolysis)を開発した。

 これは、瞬間的な光(主閃光)を系に与えて反応状態とし、次に第二の瞬間的な光(副閃光)によって反応中間体などのスペクトルを測定する方法である。この方法は、超高速分光法(ポンププローブ法)として、現在の超高速反応の研究に引き継がれている。

 こうして、アイゲンとケンブリッジ大学で師弟関係にあったノーリッシュとポーターの3人が「高速化学反応」の研究で1967年のノーベル化学賞を受賞する。


反応速度論 第3版
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数学いらずの化学反応論―反応速度の基本概念を理解するために
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