いよいよ人類は火星に向かう

 2018年7月31日、約2年2か月ぶりに火星と地球が最接近する。天体望遠鏡で観察すると火星の模様までもがはっきりと見えてくる。

 最近NASAは、かつて火星の湖の底であった場所から、有機物が発見されたことを発表した。また、メタンガスも大気中に含まれていることが分かっている。これらの有機物は地球では生物由来のものであるという。

 もう火星には生命が存在しているといってもいいのかもしれない。しかし、科学者たちはなおも慎重だ。こうなるともはや人類が火星に直接降り立ち、その目で観察してみるのが一番よい。


MDRS


 やがて人類が火星に到達するそんな時代がやってくる。火星に行くための準備が着々と進められている。火星に行くにはチームが協力していくことが大切である。

 火星協会(Mars Society)は、火星の探査・植民を促進することを目的とした、国際的な宇宙探査・開発主張者のNPOである。1998年の中頃にロバート・ズブリンらによって設立され、著名なSF作家や映画製作者(キム・スタンリー・ロビンソンやジェームズ・キャメロンを含む)の支持を受けた。協会は、火星探査が政府や人々にとって利益になると説得するとともに、民間による火星11ミッションの可能性も検討している。

 2006年には、協会は国際的な運営委員会により動かされるようになり、世界50カ国以上の4000人以上の会員と6000人の準会員を持つまでに成長した。会員は様々な層からなり、理想的な宇宙探査や火星探査の機会のために活動している。

 協会ではアピールなどの政治的な活動だけではなく、火星が到達可能な目標であると示すことを目的として、火星アナログ研究ステーション (MARS) プログラムという、将来の火星居住ユニットのための、NASAと共同の火星に似た環境でのシミュレーション生活を、ユタ州高原砂漠地帯で行っている。


 ワレワレハ 砂漠で火星を体験した

 2018年4月、アメリカ・ユタ州の砂漠に、国籍や年齢もさまざまな男女7名が集まった。「人間が火星で暮らすためには何が必要か」その答えを求めて実験施設に入った。2週間にわたって行われた「模擬火星生活実験」にチームの一員として参加した。

 日本を出発してからおよそ1日半。広大なユタ州の砂漠の真ん中に見えてきたのは、着陸船のかたちをした実験施設「MDRS」。MDRSは、「MARS DESERT RESEARCH STATION」の略、直訳すると「火星砂漠調査基地」だ。

 NPO「火星協会」が設置し、世界中から研究者や科学者が集まって、火星での生活をシミュレーション(模擬実験)している。

 今回、私は日本人6名(女性1名)・インドネシア人1名の合計7名の「チーム Asia」に加わって、2週間MDRSに泊まり込み、火星生活で必要とされる「食料の確保」や「人間関係の構築」といった課題に取り組んだ。


 いま世界で火星ブーム

 MDRSに着くと、我々の前の隊、ベルギーから来た実験チームが帰国の準備をしていた。いま世界では火星ブームが起きている。

 理由のひとつは、高速ロケットの開発など科学技術の発達で、人が火星に行くことができる可能性が高まってきたこと。アメリカ・テスラ自動車のCEOのイーロン・マスク氏が設立した「スペースX」社は、2024年には人類を火星に送り込むと宣言している。

 もうひとつは、地球の温暖化や人口問題が、予想を上回るスピードで進行していることへの不安が高まってきたこと。

 「火星への移住」の期待が、現実に語られるようになってきたのだ。

 いよいよ実験開始!チームのメンバーは、上は54歳から下は19歳。職業はバラバラだが、チーム内では、「隊長」「エンジニア」「バイオロジスト」など、それぞれの役割を担う。

 私の任務は「ジャーナリスト」。この実験を映像で記録すること。予備も含めると、20台近いカメラを準備して臨んだ。

 実験開始直前、メンバー全員で基地の外に立ち、新鮮な空気をめいっぱい吸いこんだ。基地の中に入り、重い扉を閉めれば、もう実験が終了するまで基地の外は火星、という想定だ。火星の大気は、ほとんどが二酸化炭素。外で活動するときには、宇宙服や生命維持装置を身につけなければならない。

 そして、電気や水、通信など、地球上の生活とは異なるさまざまな制約が課せられることになる。緊張と不安の中で、実験がスタートした。


 1日の流れ・火星生活のルール

 実験初日、宇宙服を着て、基地内の圧力調整スペースで気圧を調整してから外に出る。 ヘルメットのガラス越しに見えた赤い岩と砂漠はまさに火星そのものだった。

 “火星生活のルール”は、予想以上に厳しいものだった。

◆実験の関係者以外との接触は基本的に禁止 ◆船外では宇宙服を着用 ◆公用語(特に無線のやりとり)は基本的に英語 ◆食事は自炊、宇宙食のフリーズドライを調理 ◆電気は基本的にソーラー発電 ◆水は使用量に制限、シャワーは3日に一度 ◆通信もデータ制限。クルー全体で1日500MBまで。

 コップ1杯の水で歯磨きと洗顔を済ませたり、チューブに入った宇宙食を食べ続けていると、本当に別世界にいるような気分になる。朝7時の起床から夜10時の就寝まで、スケジュールが細かく決められている。

■07:00 起床・朝食 ■08:00~09:00 ミーティング ■09:00~12:00 船外活動 ■12:00~13:00昼食 ■13:00~15:00 それぞれの研究 ■15:00~18:00レポート作成 ■18:00~19:00 夕食■19:00~21:00 地球との通信・レポート提出・翌日の計画提出など ■21:00~22:00 ミーティング ■22:00 就寝


 トラブルが続出

 些細なヒューマンエラーが、致命的な結果を招きかねない火星生活。緊張感とストレスから、実験開始後数日もすると、ミスが目立つようになる。

 チーム最年長・エンジニア役の岡本渉さん(54)が、他のメンバーが船外活動で宇宙放射線を測定するのをサポートをしていた際、測定用の針金を複雑にからませてしまった。集中力を欠いて作業にあたってしまった結果だ。

 ほどくのに1時間を要し、船外活動のリミットを15分ほど過ぎてしまう。船外活動の酸素量は限られているため、非常に危険なトラブルだった。また、バイオロジスト役のメンバー最年少・19歳の武田海さんは、ミーティング中に、疲れからついつい居眠り。隊長に厳しく叱責される場面もあった。

 閉鎖空間での慣れない生活で、心の余裕が失われる状況もあった。そうした中でも、叱られた武田さんを他のメンバーが励ますなど、良いチームワークも生まれ始めていた。

 月面探索や宇宙ステーションとの違い

 火星生活でのさまざまな制約のうち、私が最も深刻に感じたのは、地球との通信のタイムラグだ。地球と火星の距離は7500万キロ。

 現在の最新技術でも、地球に通信の電波が届くまで、最短でおよそ3分、最大20分ほどかかる。

 往復ではその倍かかるので、たとえば、「緊急事態が起きました、施設内で煙が上がっています!」と叫んでも、「消火器を使って下さい!」「避難して下さい!」という指示やアドバイスが返ってくるのは、早くても6分後になるのだ。

 その間に取り返しのつかない深刻な状況に陥るかもしれない。地球から比較的距離が近い、現在の国際宇宙ステーションや月面探査の活動では、宇宙飛行士は、基本的に地球からの指示を受けて動く。

 しかし、火星では、“自分たちの力”で不測の事態に立ち向かい、解決していくことが求められるのだ。そして、自分たちの力だけで、プロジェトをうまく進めていくために欠かせないのが、チームワークだ。「人間関係を破綻させないこと」が最も重要なのだ。

 これまでの宇宙活動に比べて、はるかに厳しい制約がある「火星生活」をシミュレーションするにあたっての大きな目的のひとつが、この「閉鎖的な空間において人間関係がどうなっていくかを検証すること」だった。


 水の汚染が…

 そして、それが、もっとも問われた事態が発生した。実験の日程が半分ほど過ぎた日のことだった。

 19歳の武田さんが、施設の外に設置してあるタンク内の水が汚れていることに気付いたのだ。小指ほどの正体不明の白くて小さな物質が無数に水に浮いていた。

 このタンクの水で、私たちの生活に必要な水のすべてをまかなっていた。原因はわからず、飲料水としての利用は難しいと思われた。飲み水がなければ、当然、実験生活を続けることはできない。

 きれいな水は、予備のものを使うことができるようになっていたものの、その水をきれいな状態でためるタンクがないのだ。残り一週間を生き延びるには、タンクを、洗浄する以外に方法はない。

 しかし屋外にあるタンクの洗浄は、宇宙服を着て行わなければならず、どれだけの日数がかかるのか見通しが立たなかった。「煮沸した上で、水を飲み続ける」という選択肢もあった。

 しかし、メンバーは、すでに全員が、本当に火星で生活している気持ちになっている。万が一、未知のウイルスや化学物質による汚染だった場合にどうするのか。

 隊長は、「隊員を危険にさらすことは出来ない」と言った。安全を優先して一旦実験を打ち切るか。チームは、ぎりぎりの選択を迫られた。

 メンバーの誰ひとりから「実験を打ち切ろう」の言葉は出なかった。私も安易にあきらめるのは絶対に嫌だった。その夜、深夜まで解決策を話し合った。 

 午前2時過ぎ、メンバーの1人が、突然、思いついた。基地から少し離れたところにある倉庫まで、汚れたタンクを運び、そこで、タンクを洗ってから、予備の水を入れる。そうすることで、作業時間が短縮できると思われた。

 翌日から全員でその作業に取りかり、結局、3日以内に、復旧にこぎ着けることができた。メンバー全員が、安易な選択肢に逃げず、真剣に議論を重ねたことが、解決策につながった。


 火星体験で得たものは

 2週間の実験が終わった。施設の外に出て、ヘルメットを外した。ガラス越しではない景色が目の前に広がった。その荒涼とした砂漠の風景が、なんとまばゆく見えたことか。その時の解放感を、私は一生忘れることがないだろう。

 2週間という時間は長かったが、ずっとこの生活が続いても大丈夫では?とも思えた。チームの間で信頼関係が生まれた証だと思う。

 実験は2週間だったが、「本番」は、片道7か月、現地での滞在がおよそ2年、トータルで3年を超える途方もない時間を費やすプロジェクトになる。(NPOが想定している火星での活動計画)

 現在、世界各地に作られているこうした実験施設で、今後、繰り返し実験が行われることになる。火星生活で、最も必要なことは?実験生活を終えた私が、今、そう聞かれたとすれば、即座に答える。

 「あきらめないこと」人類が、火星というフロンティアの開拓を進めていくために。最も大切なことは、その心がけではないだろうか。(NHK news:2018年5月31日)


参考 NHK news: https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0531.html