ニュートリノ、40億光年も離れた銀河の超巨大ブラックホールから飛来

 約40億光年離れた遠い宇宙から飛来してきた高エネルギーのニュートリノを南極の観測施設で捉え、発生源となった天体を突き止めた、と日本の千葉大学も参加する国際研究チーム「IceCube(アイスキューブ)」がこのほど発表した。

 チームは、ニュートリノの親粒子と言える宇宙線が放射される仕組みの解明などにつながると期待している。研究論文は7月13日付の米科学誌サイエンス電子版に掲載された。

 ニュートリノは物質を構成する最小単位である素粒子の一つで、宇宙線が光やガスに衝突した時などにできる。ほとんどの物質をすり抜けてしまうために検出が難しい。小柴昌俊・東京大特別栄誉教授は、約16万光年離れた大マゼラン星雲で起きた超新星爆発によってできたニュートリノを1987年に初観測。その功績により2002年のノーベル物理学賞を受賞している。



 今回、ニュートリノを検出した「アイスキューブ」は、千葉大学のほか、米国、ドイツ、スウェーデンなど12カ国49の研究機関が参加している国際共同プロジェクト。千葉大学などの発表によると、アイスキューブのチームは、2017年9月23日午前5時54分(日本時間)に南極点の観測施設で高エネルギーのニュートリノを検出した。

 この施設には氷表面下1.4~2.4キロに約5,000個の検出器(倍増管)が設置されている。倍増管は、氷がごくまれにニュートリノと反応すると光を発する性質を利用している。

 アイスキューブのチームはこの検出結果を広島大学など世界中の観測チームに速報。報告を受けた世界各国の天文台の望遠鏡や天文衛星が、ニュートリノが飛来したオリオン座の方角を一斉に集中的に観測した。

 その結果、広島大学の東広島天文台・かなた望遠鏡が約40億光年離れた「ブレーザー」と呼ばれる天体から放出されたガンマ線が強まっていることをいち早く見つけた。

 チームはこのほか、日本など6カ国の国際共同プロジェクトとして打ち上げられた「ガンマ線天文衛星フェルミ」搭載望遠鏡(Fermi-LAT)やスペインのラ・パルマ島にある「解像型大気チェレンコフ望遠鏡」(MAGIC)の観測結果も含めて詳しく解析した。

 その結果、このブレーザーが高エネルギーのニュートリノ発生源であることが分かったという。 天体のブレーザーはその中心にある超巨大ブラックホールをエネルギー源として非常に明るく輝く銀河「活動銀河核」の一種。天文学の重要な研究対象天体だが、まだ多くの謎に包まれている。


 高エネルギー、ニュートリノはどこからやってくる?

 南極のアムンゼン・スコット基地の地下深くにあるアイスキューブ・ニュートリノ観測所は世界最大のニュートリノ検出装置だ。

 南極点の地下約1600メートルのところでとらえられた閃光が、100年前から科学者たちを悩ませてきた宇宙の謎を解き明かし、ニュートリノを利用した新しい天文学を始動させるかもしれない。

 1900年代初頭、物理学者のヴィクトール・ヘスは、宇宙から地球に高エネルギー粒子が降り注いでいることに気づいた。私たちが今日、宇宙線と呼んでいるものだ。それ以来、科学者たちは、すさまじい高エネルギー粒子を生み出す宇宙の加速器がどこにあるのか突き止めようとしてきた。

 しかし、ほとんどの宇宙線は電荷をもち、宇宙空間のあちこちにある磁場によって進行方向を曲げられてしまう。そのため、進路を逆にたどって発生源を特定するのは困難だ。そこで科学者たちが目をつけたのがニュートリノだった。電荷をもたず、質量もゼロに近いニュートリノなら、進路を逆にたどって発生源を特定しやすそうだからだ。

 このほど、ニュートリノ追跡の先頭を走る南極のアイスキューブ・ニュートリノ観測所が、ほかの観測所と協力して、いくつかの高エネルギー宇宙ニュートリノの発生源を特定することに成功した。それは、はるかかなたの銀河だった。今回の発見により、光子以外の粒子を利用して宇宙の謎を探る新しい天文学の時代がまた一歩近づいた。

  アイスキューブの主任研究者である米ウィスコンシン大学マディソン校のフランシス・ハルツェン氏は、「宇宙の加速器をついに特定できたのです」と喜ぶ。研究の結果は3編の論文にまとめられ、7月13日付けの科学誌「サイエンス」と7月12日付けの学術誌「Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)」に掲載された。


 高エネルギー、ニュートリノを氷でとらえる

 科学者たちはこれまでにも、太陽や近くの超新星残骸から飛来するニュートリノをとらえていた。けれどもどちらの天体も、高エネルギーニュートリノを地球に投げつけてくるほどのパワーはない。

 ニュートリノはほかの物質とはごく弱い相互作用しかしないため、それを検出するだけでも非常に困難だ。今この瞬間にも、太陽から飛んできた数兆個のニュートリノがあなたの体を通り抜けている。だが、高エネルギーニュートリノは太陽から届くニュートリノよりもずっと少ない。

 アムンゼン・スコット基地の地下にあるアイスキューブは、体積1立方キロメートルの南極の氷に5160個の光センサーを埋め込んだ検出器だ。猛スピードで地球を通り抜けるニュートリノが、氷の中の原子核と相互作用するときに生じる小さな閃光を、この巨大なセンサーでとらえる。

 2013年から今日までの間に、いくつかの高エネルギーニュートリノが南極の氷に突入し、アイスキューブのセンサーに記録された。けれども発生源の天体まで進路を逆にたどるのは非常に難しく、発生源の位置については大雑把な情報しか得られていなかった。


 高エネルギーニュートリノの発生源

 2017年9月22日、光速に近いスピードで飛んできた1個のニュートリノが地球を貫き、アイスキューブに検出された。そのエネルギーはなんと290TeV(テラ電子ボルト)で、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の高エネルギー陽子ビームの約50倍も強力だった。アイスキューブがニュートリノをとらえると天文学者に速報が配信されるようになっている。彼らは早速、ニュートリノの発生源を探しはじめた。

 ニュートリノの進路を逆にたどると、オリオン座の近くの領域から飛来していたことがわかった。

 その領域には「ブレーザー」と呼ばれる天体があり、ときどき活発化して高エネルギー粒子を撒き散らしていた。そのガンマ線をフェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡がとらえていた。

 ブレーザーの正体は「TXS0506+056」という巨大な楕円銀河で、中心部には荒れ狂う超大質量ブラックホールがある。ブラックホールは周囲のガスや塵を飲み込みながら高エネルギー粒子のジェットを吹き出すが、それがたまたま地球の方を向いていた。

 「ブレーザーでは、宇宙で最も激しい天体物理学現象が起きています」と、米プリンストン大学のマリア・ペトロプールー氏は言う。TXS0506+056は地球から約40億光年のかなたにあるにもかかわらず、ガンマ線で空を観測すると最も明るいブレーザーの1つであり、超高エネルギー宇宙線発生源の有力候補と言ってよい。

 アイスキューブとフェルミ宇宙望遠鏡の同時観測から数日~数週間後には、10以上の研究チームが、電波、可視光、X線、ガンマ線など、ほとんどすべての波長の光でブレーザーのフレア(突然の増光)を調べていた。その結果、やはりTXS0506+056がガンマ線フレアを起こし、9月にアイスキューブで観測されたニュートリノを発生させたように思われた。

 「私たちとフェルミ宇宙望遠鏡とが同じ時期にTXS0506+056の活動をとらえていなかったら、お互いにまた1個ニュートリノを観測できた、あるいは、またブレーザーがフレアを起こしたというだけのことだったでしょう」とハルツェン氏は言う。

 けれども研究はまだ終わりではなかった。


 過去のデータを掘り起こす

 科学者たちはフェルミ宇宙望遠鏡による過去のTXS0506+056の観測データを調べ、2014年末にも5カ月にわたってフレアを起こしていたことを発見した。アイスキューブのチームが約10年分のニュートリノの観測データを調べると、同じ時期に多数の高エネルギーニュートリノをとらえていたことがわかった。

 「こんなことがあったとは、考えたこともありませんでした。150日間に19個というのは驚くべき数です」とハルツェン氏は言う。

 こうして、2つの独立した証拠から、TXS0506+056が地球にニュートリノを投げつけていることが示された。これまで謎だった宇宙の高エネルギーニュートリノの発生源の1つを特定できたのだ。とはいえ、まだ疑問は残っている。

 「個人的には、今回の結果はブレーザーと宇宙ニュートリノとの関連を強く示唆しているものの、決定的とまでは言えないと思います」とペトロプールー氏は言う。「アイスキューブが検出したニュートリノは、TXS0506+056と同じ方向にある別の天体から来ていた可能性もあります」

 宇宙ニュートリノの発生源の探索はこれで終わりというわけではない。宇宙線の発生源はブレーザーだけではないからだ。

 ペトロプールー氏はこう話す。「恒星を生み出す銀河、超新星どうしの相互作用、低光度ガンマ線バースト、銀河団の中心にある電波銀河など、アイスキューブが観測するニュートリノを生み出す天体物理学現象はたくさんあるのです」


 ニュートリノの歴史

 「1930年ニュートリノが考え出される」

 オーストリアの物理学者パウリは放射性元素の研究をしていました。 原子核が出す放射線(ベータ線)のエネルギー分布を研究しているとき、パウリはエネルギーがどこかへ消えてしまうことをどう説明すべきか悩みました。

 そして「電気を帯びていなくて、知らないうちにどこかへ飛び出してしまう、幽霊のような粒子があると考えるとつじつまが合う」と考えつきいた。

 このとき、パウリはこの粒子を「ニュートロン」と呼んでいたが、これが今日のニュートリノだった。ニュートリノは本物が発見される前に、科学者の頭の中で生まれた。

「1933年ニュートリノに名前が付く」

 イタリアの物理学者フェルミは、パウリの考えた粒子について研究しベータ崩壊の理論を構築していた。1932年に現在のニュートロン(中性子)が発見されていたので、幽霊粒子のほうを「ニュートリノ」と名づけ直した。「ニュートラル」は中性、つまり電気を帯びていないという意味、「イノ」はイタリア語で小さいという意味。

「1956年初めてニュートリノが発見される。」

 アメリカの物理学者ライネスらは原子炉から生まれるニュートリノを捕まえることに成功した。命名から20年以上経って、やっとニュートリノは発見された。

 「1970年代太陽からのニュートリノを観測」

 1969年からアメリカの物理学者デイビスが太陽ニュートリノの観測を開始した。長年実験を重ねた結果、ニュートリノは理論からの予想の1/3程度しか発見されなかった。このことは、「太陽ニュートリノ問題」と呼ばれ、その後約30年間にわたる物理学上の大問題となった。

 「1987年超新星爆発からのニュートリノを観測。」
 1987年1月、カミオカンデグループが太陽ニュートリノの観測を開始。 そのわずか1ヶ月後、16万光年彼方の超新星1987Aからやって来たニュートリノを捕まえた。 ここから「ニュートリノ天文学」という新しい学問が始まる。

 「1989年太陽から来るニュートリノが足りない」

 カミオカンデグループが太陽ニュートリノの観測を2年間続け、その数が理論より少ないことを発表した。デイビスとカミオカンデの2つの観測で同じ結果がでたので、太陽ニュートリノの研究がより活発に行われるようになった。

 「大気からのニュートリノの成分比がおかしい」

 同じ頃、カミオカンデグループは観測を続けていた大気ニュートリノのデータを調べ、電子ニュート リノとミューニュートリノからなる成分比が理論の予想と違っている事を発見した。このことは、後のニュートリノの重さの発見へとつながる重要な結果でした。

 「1996年スーパーカミオカンデが完成」

 4年以上の歳月をかけて、世界最大、世界最高精度のニュートリノ観測装置「スーパーカミオカンデ」が完成した。 そしてニュートリノ研究の新世代が始まった。

 「ニュートリノには重さがあることを発見」

 スーパーカミオカンデグループは、ニュートリノに重さがある、ということを世界で初めて発見した。 それは、素粒子物理学上の基本的な理論の見直しを迫る、たいへん重要な発見だった。この成果により、2015年のノーベル物理学賞は、東京大学の梶田隆章博士と、クイーンズ大学(カナダ)のアーサー・マクドナルド博士に輝いた。受賞テーマは「ニュートリノが質量を持つことを示したニュートリノ振動の発見」だった。


参考 サイエンスポータル:https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2018/07/20180720_01.html