iPS細胞を使った臨床研究続々と始まる
iPS細胞というと、人工多能性幹細胞のことで、京都大学の山中教授が、皮膚細胞に4種類の遺伝子を入れることで、あらゆる組織や臓器に分化する能力と高い増殖能力を持たせることに成功した。これにより、2012年ノーベル医学・生理学賞を受賞した。
iPS細胞を使って、拒絶反応のない再生医療や難病の仕組み解明、新薬の開発など、医療全般での応用が期待されている。
iPS細胞の衝撃の発表から10年。iPS再生医療の未来が現実に開かれようとしている。7月29日、京都大学iPS細胞研究所の高橋淳教授らは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)から作った神経細胞をパーキンソン病患者へ移植する再生医療の治験を始めると発表。近々、治験の参加患者を募集するという。
パーキンソン病は、脳に異常が起きると、神経細胞の中に「αシヌクレイン」というタンパク質が凝集して溜まり、正常な神経細胞が減少するため、神経伝達物質のドーパミンの量が低下する。
その結果、姿勢の維持や運動の速度調節がコントロールできにくくなるので、震え、強張り、動作や姿勢の障害につながる。便秘、頻尿、発汗、易疲労性(疲れやすい)、嗅覚の低下、起立性低血圧(立ちくらみ)、うつ、アパシー(意欲の低下)などの非運動症状を伴う難病だ。国内の患者は10万人以上とされる。(京都新聞:2018年7月29日)。
また、8月20日には、難病の患者に本人のiPS細胞から作った血液の成分血小板を投与して、症状を改善させる初めての臨床研究を京都大学のグループが国に申請したと発表した。対象となるのは拒絶反応を起こしやすい体質のため輸血ができない患者で、iPS細胞の特性を生かした臨床研究として注目される。
この病気は、再生不良性貧血と呼ばれる血液の難病で、血液の成分である血小板などが少なくなって体内で出血が起きやすくなる。一般的に血小板を輸血して補うなどの治療が行われるが、一部の患者では拒絶反応が起こりやすい体質のため輸血することができない。
iPS細胞を活用する再生医療は、理化学研究所が目の重篤疾患である加齢黄斑変性の患者の臨床研究を進めているが、公的医療保険の適用をめざして実施される治験は国内初・世界初のトライアルだ。いよいよ、iPS細胞が実際に再生医療の現場に登場する。
パーキンソン病の国内の患者は10万人以上
パーキンソン病は、脳幹に属する「中脳の黒質」と「大脳の線条体」に異常を来して発症する。黒質に異常が起きると、神経細胞の中に「αシヌクレイン」というタンパク質が凝集して溜まり、正常な神経細胞が減少するため、神経伝達物質のドーパミンの量が低下し、黒質から線条体への情報伝達経路が阻害される。
その結果、姿勢の維持や運動の速度調節がコントロールできにくくなるので、震え、強張り、動作や姿勢の障害につながる。便秘、頻尿、発汗、易疲労性(疲れやすい)、嗅覚の低下、起立性低血圧(立ちくらみ)、うつ、アパシー(意欲の低下)などの非運動症状を伴う難病だ。国内の患者は10万人以上とされる。
今回の治験は、拒絶反応を起こしにくいタイプのドナーの細胞からあらかじめ作製して備蓄したiPS細胞によってドーパミン神経細胞を作り、頭蓋骨に直径約12ミリの穴を開けて脳に移植する。あまり進行していない患者数人を対象に数年間にわたり、安全性と有効性を確認する。
この手法が確立されれば、新たな治療の選択肢となり、症状が改善させ、患者のQOL(生活の質)を高める効果が期待できる。だが、今回の移植は、体を動かしにくい患者の運動障害の緩和が主な目的のため、認知症などへの有効性は小さい。したがって、ドーパミンの補充などの薬物療法を併用しなければならない。
また、iPS細胞から作った神経は本来ドーパミン神経があった黒質とは違う局部に移植するため、ドーパミンの過剰分泌によって不随意運動などの副作用を起こすリスクもある。
患者や家族らでつくる「全国パーキンソン病友の会」は、2013年から京大iPS細胞研究所に計500万円を寄付してきた。患者だった妻を10年前に亡くした代表理事の長谷川更正さんは、iPS細胞に対する期待は大きいので、治験が成功し、患者に推奨できる治療法になってほしいと期待を込めている。
ちなみに、京大はiPS細胞を使って見つけた治療薬候補を活用し、筋肉の中に骨ができる希少難病「進行性骨化性線維異形成症(FOP)」の患者への治験も実施している。
「iPS細胞」による「血小板」の量産がスタート!
献血に頼らなくても「血小板(血液製剤)」の量産が可能になるかもしれない。
大学発のベンチャー企業のメガカリオン(京都市)と大塚製薬グループやシスメックスなどの製薬・化学関連企業15社は、体のあらゆる部分に分化する「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」を使い、血液の成分である「血小板(血液製剤)」を量産する技術を世界で初めて確立したと発表した(「日本経済新聞」2017年8月7日)。
発表によれば、この血小板は、外科手術や交通事故のケガなどの止血に使われる。血小板の輸血は、国内で年間約80万人が受けている。しかし、長期間の冷蔵保存ができず(採血後4日間)、献血ドナーも不足。厚生労働省は、2027年に輸血用血液製剤の20%は、ドナー不足によって「延べ約85万人分が供給不能になる」と発表している。
だが、iPS細胞を使って血小板(血液製剤)を量産できれば、「献血」に頼らずに輸血ができるようになる。献血由来の血小板よりも大幅にコストダウンでき、無菌化によっておよそ2週間も保存できるので保管コストも低くなる。また、薬害エイズやC型肝炎の感染のように、ウイルスなどの病原体が混入するリスクもない。しかも、臓器などを他人のiPS細胞で作れば拒絶反応が起きるリスクがあるが、血小板なら各患者に応じてストックして使用できるため、拒絶反応を回避できる。
血小板(血液製剤)の安定供給が可能に
血小板の有望な市場性も逃せない。血小板の輸血は、日欧米で年間およそ500万回も行われ、国内の市場規模は薬価ベースで約700億円。米国は国内の3倍以上、世界なら4000億円以上の膨大な市場性がある。
血小板(血液製剤)をiPS細胞から製造する技術を持つメガカリオンは、臨床試験に必要な量産技術の研究を大塚製薬工場、日産化学工業、シスメックス、シミックホールディングス、佐竹化学機械工業、川澄化学工業、京都製作所など15社と連携して進め、来年にも臨床試験(治験)をスタートするという。
血液製剤の血小板は、国が定める「再生医療等製品」に該当し、条件付き承認などの早期承認制度が活用できることから、2020年に承認される見込みが強い。
ちなみにメガカリオンは、東京大学医科学研究所の中内啓光教授、京都大学iPS細胞研究所の江藤浩之教授らが開発したiPS細胞関連技術に基づいて、2011年に立ち上げたベンチャー企業。iPS細胞による血液製剤の製造と安定供給をめざしている。 なぜ血小板(血液製剤)の量産態勢が可能になったのか?
さて、このような献血によって作られる輸血用血液製剤には、血小板のほか、出血防止に必要な血中の成分を取り出した血漿製剤(保存期間1年)、外科手術の出血時などに使われる赤血球製剤(保存期間21日)がある。
止血に重要な役割を果たす血小板は、巨核球という細胞から分離して生成される。血液中を循環しながら、止血に利用されなければ崩壊し、自ら分裂できないので、常に巨核球から必要量が補充されている。
今回の研究の流れを整理するとこうなる――。皮膚細胞由来のiPS細胞から造血前駆細胞を作る→この造血前駆細胞に細胞を増やす遺伝子、老化を防ぐ遺伝子、細胞死を防ぐ遺伝子の3遺伝子を導入する→長期間にわたって自己複製できる巨核球前駆細胞を誘導・作製する→巨核球前駆細胞を冷凍し、長期保存する→必要に応じて血小板を輸血に利用する。
つまり、1回の輸血では患者1人当たり約2000~3000億個の血小板が必要だが、従来の方法では約10億個しか供給できなかったが、今回の研究では巨核球のもととなる巨核球前駆細胞を作れるため、血小板の量産態勢が可能になったのだ。
若い世代の「献血」が高齢者を支えている
現在、深刻な貧血や出血素因を持つ重篤な血液疾患の患者は、献血による血小板を用いた輸血に頼らざるを得ない。たとえば、血小板輸血不応症の患者は、血液型(HLA/HPA)が一致する登録済みのドナーから輸血用血小板を供給してもらうねばならないが、安定供給は非常に困難だ。
しかし、iPS細胞から血小板を量産できれば、患者自身やドナー由来のiPS細胞から作製できるので、将来にわたって必要な血液製剤を安定供給できるだろう。
東京都の年代別輸血状況調査(2015年)によると、輸血用血液製剤の約85%は50歳以上の患者に使われ、献血者の約78%が50歳未満(その内の約27%は16~29歳)だ。つまり、若い世代が高齢者を支えている構図だが、少子高齢化が進めば進むほど、輸血用血液製剤が不足する事態を招く。
今回の技術は、このような厳しい輸血用血液製剤の現状を打開する根本的なブレークスルーになるのは確かだ。iPS細胞の限りないポテンシャリティは、人類の未来に希望をもたらしてくれる。
網膜へ、脊髄へ、心臓へ。ますます広がるiPS再生医療のフロンティア
このようなiPS細胞による再生医療の動向は目まぐるしい。
理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーと神戸市立医療センター中央市民病院は、他人iPS細胞から育てた網膜の細胞を目の難病患者に移植する臨床研究で網膜がむくむ合併症が発生したと発表した(日経新聞:2018年1月16日)
合併症が発生したのは、2017年6月に同病院でiPS細胞から育てた網膜細胞の移植手術を受けた、70代の男性患者。新たに膜ができ、4カ月後に「網膜浮腫」と呼ぶ網膜がむくむ症状を発症した。iPS細胞を用いた再生医療の臨床研究で、手術が必要な合併症が起きたのは初めて。ただ、患者は重症でなく、今後も臨床研究を継続するとしている。
時間は少し遡るが、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授らの研究チームが取り組んでいる脊髄損傷の新しい治療薬の治験がある。この治験は、遺伝子組み換え技術によって作成したHGF(肝細胞増殖因子)というタンパク質を脊髄損傷した患部に注入し、炎症を食い止める。国内の複数の医療機関と合同で行い、安全性と有効性を確認しているところだ。iPS細胞から作成した神経幹細胞の移植を脳梗塞の後遺症の患者に適用する臨床研究も進行している(朝日新聞:2014年6月9日)。
さらに、大阪大学の澤芳樹教授らの研究チームが取り組んでいるiPS細胞による世界初の心臓病(心不全)の臨床研究がある。臨床研究の対象は、血管が詰まり、心臓の筋肉(心筋)に血液が届きにくくなる「虚血性心筋症」によって心不全に陥った重症患者3人。京都大学iPS細胞研究所が備蓄している他人のiPS細胞使い、心筋細胞に育てた後、厚さ約0.1ミリメートルのシート状にし、心臓に貼る。シートから栄養を含むタンパク質が分泌され、血管を成長させて心臓の回復を促す仕組みだ。
心不全は心臓の機能が低下し、息切れしたり疲れやすくなる疾患で、日本人の死因の第2位。重症なら補助の人工心臓や心臓移植で置き換えるが、人工心臓は合併症のリスクがあり、心臓移植は提供者(ドナー)の数が少なく、しかも心臓の治療は大量の細胞が必要になるなどの難題が立ちはだかる。
厚労省の専門部会は、5月16日に澤教授らが厚労省に申請していた臨床研究計画書を条件付き(再生医療製品の整備)で了承。阪大は2018年度中に患者への治療をスタートし、1年かけて安全性や効果を調べる予定だ。心不全へのiPS医療は新たなフェーズに突入する。
iPS細胞による移植と創薬がもたらすイノベーション! 近未来にどのような衝撃のブレークスルーが待ち受けるのだろう。 (Helth Press)
参考 Nature Japan: https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v14/n11/iPS細胞でサルのパーキンソン病症状が緩和/89718
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