インドネシアで地震発生
日本も地震の多い国だが、インドネシアも地震が多い。
2018年9月28日18時2分43秒にインドネシアのスラウェシ島中部スラウェシ州ドンガラ県・パルの北78kmを震央として発生したモーメント・マグニチュード(Mw)7.5の地震が起きた。
地震による津波が発生、この地震では2000人(2018年10月現在)の命が犠牲になった。津波は地震発生直後、パル市の海岸沿いの地域を襲った。住民の津波に関する知識が不足していたことで、被害が拡大した可能性がある。過去に甚大な津波被害を受けてきたインドネシアだが、普段から備えを周知する必要性が改めて浮かび上がった。
多くの住民は警報が出されたことを知らなかったと話し、地震による停電で住民に届かなかった可能性があった。住民に話を聞くと、「津波という言葉すら知らなかった」との証言があるなど、津波に関する知識が日常生活に浸透していなかったことも分かった。
海岸から100メートルほど離れた集合住宅の管理人、アリスマンさん(45)は、地震発生時も仕事中だった。マグニチュード7.5という経験したこともない揺れに慌てて外に出たところ、大勢の人が「波が来るぞ」と叫ぶ声が聞こえたという。他の人と一緒になって近くの丘に上って難を逃れたが、声に気付かなければ津波にのまれていたと振り返る。
インドネシアの地震というと、史上最大の犠牲者を出した「スマトラ島沖地震」を思い出す。は2004年に北部アチェ州で津波が発生し、周辺国を合わせて約23万人が犠牲になった。
2008年2月12日、国連教育科学文化機関(ユネスコ/UNESCO)は、国際惑星地球年(英語版)の一環として、観測体制と教育体制の不備による「世界最悪の人災による悲劇」のワースト5の一つとして、スマトラ島沖地震の津波災害を認定している。
津波による被害としては、約22,000人が死亡したとされる1896年の日本での明治三陸地震、36,417人が死亡した1883年のインドネシア・クラカタウ島の噴火をはるかに超える観測史上最悪の惨事となった。 2005年1月20日の時点における死者の総数は、226,566人。
また、津波の被害を受けたインド洋沿岸各国は、ほとんどが熱帯雨林が広がるところで、周囲の環境を調節し多くの生物の住処となるマングローブが減っていることが問題になっていたが、タイで、数少ないマングローブの森が津波のエネルギーを吸収し、後ろ側の陸地は大きな波に襲われずに済んだという出来事があった。この出来事を受けたタイ政府は、マングローブの保護と植樹を推進する方針を打ち出した。
スラウェシ島地震
スラウェシ島地震(Gempa bumi Sulawesi)は、2018年9月28日18時2分43秒にインドネシアのスラウェシ島中部スラウェシ州ドンガラ県・パルの北78kmを震央として発生したモーメント・マグニチュード(Mw)7.5の地震。
震源周辺には左横ずれ断層であるパル-コロ断層が、スラウェシ島北西沖からパルを経由してスラウェシ島中部まで、北北西から南南東に延びる形で分布している。この断層の平均変位速度は32-45 mm/年と非常に活動的であり、スンダプレートとモルッカ海プレートのトランスフォーム境界とされている。
M7.5の本震の約3時間前にM6.1の地震が発生しており、この前震によって1人が死亡、10人が負傷が報告されていた。本震の発震機構は南北走向の左横ずれ断層型と推定されている。この地震によってドンガラやパルでは改正メルカリ震度階級IXが報告されている。
地震発生直後に中部スラウェシ州と西スラウェシ州沿岸に津波警報が発表されたが、1時間後に解除された。その後パルで2m程度の津波が到達している動画や画像がSNS上に挙がり、津波が発生していたことが確認された。
インドネシア国家災害対策庁の報道官は今回の地震による津波が最大で11.3mの高さに達していたと発表した。津波が襲ったのはパル東部。津波は海岸線から約468mの内陸部まで達した。
この地震の発震機構は左横ずれ断層型であり、ふつうは大きな津波を発生させない。パル湾で大きな津波が発生させた要因としては、地形的要因のほか、地すべりが発生していた可能性が指摘されている。
中部スラウェシ州のパルやドンガラでは地震発生直後に停電が発生した。また、通信基地局500ヵ所以上が被害を受けた。
パルでは病院やモスクのほとんどが崩壊した。また、5階建のショッピングセンターMALL TATURAが崩壊。その他のショッピングセンターも崩壊し、数十人が閉じ込められた。8階建のホテルRoa Roa Hotelも地震によって崩壊した。パルを象徴的する建造物であるパル川河口付近に架かる橋、パル橋IV(インドネシア語版)も地震と津波によって崩壊した。パルのムティアラ・SIS・アル・ジュフリー空港(英語版)では、滑走路に約500mの亀裂が入ったほか、管制塔が崩壊したことから、空港を一時閉鎖した。
パル市サウスパルのペトボ地区では大規模な土石流が発生し、住民2千人程度が巻き込まれた可能性がある。
インドネシア国家防災庁は死者数を2010人、4,400人以上が重傷を確認。倒壊した家屋は6万8,000軒以上、未だ680人が行方不明と発表している。(インドネシア国家防災庁10月21日発表)
インドネシア スラウェシ地震津波から1か月
インドネシア・スラウェシ島の地震と津波から1か月がたったが、いまだに20万人以上が避難生活を余儀なくされていて、現地で支援活動を行った日本の医師からは、避難生活の長期化による感染症の拡大などに懸念の声が上がっている。
インドネシアのスラウェシ島で先月28日に発生した地震と津波では、これまでに2081人の死亡が確認され、1300人以上が行方不明になっている。
こうした中、日本赤十字社から現地に派遣されおよそ2週間、支援活動にあたった医師と職員が29日、都内の日本記者クラブで会見を開き、現地の状況を報告した。
このなかで職員の女性は、震源地近くの村で6歳の双子の女の子が地震の恐怖から眠れなくなり、家にいるのも怖がることから屋外のテントで避難生活を送っていることを紹介し、被災地では東日本大震災の時と同じように精神的なケアの必要性が高まっていると指摘した。
現地では今でも20万人以上が避難生活を送っているが、多くの人がトイレなどの設備が整っていない屋外での生活を余儀なくされていて、医師は「水回りの整備には時間がかかり、感染症のまん延が心配される」と述べて、避難生活の長期化による感染症の拡大に懸念を示した。
さらに、現地では倒壊した建物にアスベストが使われているケースがあり、健康被害のおそれがあるとして、復興に向けて多くの課題が残るなか、継続的な支援が必要だと訴えた。
インドネシア津波「最悪のシナリオ」が現実に
インドネシアでは毎日のように地震が起きるが、スラウェシ島中部パルを襲った揺れと津波の規模は地元住民にとっても科学者にとっても想定外だった。
複数の科学者はBBCに対して、地形やタイミング、事前警報が不十分だったことなどが合わさって、パルの被害は「最悪のシナリオ」とも呼べるものになってしまったと説明した。
地震は地球の地殻変動によって起きる。プレートがこすれ合ったり、互いの下に潜ったりするのが原因だ。この現象は始終起きているが、動きが大きかったり、人口密集地に近かったりすると、甚大な被害をもたらすことがある。
9月28日を通じてパルでは細かい揺れが続いていたが、午後6時過ぎにパル・コロ断層がいきなりずれた。震源は海岸から近く、深さわずか10キロで、M7.5の規模の揺れを引き起こした。
1995年からパル・コロ断層を研究してきたバンドン工科大学のハムザ・ラティーフ博士によると、パルは厚い土砂の断層の上に位置しており、これが揺れの影響を拡大させたと話す。
岩盤ではなく厚い土砂層の上の建物は倒壊しやすい。パルでは多くの建物が全壊した 地震の際に岩盤は振動するだけだが、土砂層は液体のように大きく動く。もろい造りの建物はひとたまりもない。
「泥を運んで造成した埋立地は、岩盤と比べてもろい。どこでも同じだ」と、インドネシアに詳しい米国の地質学者、ジェス・フィーニックスさんはこう説明する。地震については「それが気にすべき点だ」とフィーニックスさんは言う。
予想外だった大津波
「少なくとも津波については、パル・コロ断層は通常ならあまり注目されない」と、シンガポール国立大学のフィリップ・リュウ・リファン教授は言う。
なぜなら、通常なら縦ずれ断層の方が津波が発生しやすいが、パル・コロ断層は横にずれているからだ。
「何が実際に起きていたのか、突き止めようとしている」とリュウ教授は話す。
可能性としては、地震によって海底で地滑りが起きて海水を動かしたことも考えられるが、断層の解析が不正確だった可能性もあると教授は言う。「まだよく分かっていない」。
しかし、波がいったん動き始めれば、長さ10キロの狭い入り江の奥に位置するパルは、なす術もなかった。岸から遠い沖にいる間は津波はさほど危険ではないが、波が陸に近づくと海底の土砂を巻き上げる。
フィーニックスさんはツイッターで、「波は振幅(揺れの上下運動)と周波数(波の間隔)で計る。海洋上の津波は低振幅で低周波だが、時速965キロで移動することもある! 波が岸に近づくと、海底はどんどん浅くなる。それが危険だ」と書いた。
「パルの入り江のようなU字型の地形の中に波が入り込んでくる場合、単に海が浅くなるに伴い波が高くなるというだけでなく、波が周りの海岸線からはねかえってくるすり鉢状態になる」
バンドン工科大学のラティーフ博士によると、パル周辺は以前にも津波被害を受けている。入り江の入り口では高さ3~4メートルだった波が、パルに到達した時点では8メートルに達していたという1927年の記録が残っているという。
警報システムが役に立たず?
少なくとも約25万人が死亡した2004年のインド洋大津波の後、早期警報システムの確立に巨額の資金が投入された。周辺一帯に設置された複雑なセンサー・システムを使い、地震が津波発生につながるのか専門家が判断し、住民に高い場所への避難を勧告できるように、仕組みを整えたはずだった。
インドネシア政府の国家災害防災庁によると、国の津波警戒にとって主要な要素だった海底センサーと連結したブイ観測網は、2012年以来、機能していなかった。担当者は、予算不足が原因だと説明した。
リュウ教授は、警戒システムは「機能しているともしていないとも言える」と話す。インドネシア政府の防災対策は主に、2004年に甚大な被害を受けた国の南部に集中してきたのだという。
今回の地震の後、津波警報は発表された。ただし、「警報の内容が正しく実践されたか、住民の耳に届いたかなど」の検証が待たれるとフィーニックスさんは話す。
2004年のスマトラ島沖地震で津波被害を受けたスリランカなど多くの国は、高所への避難経路を示す標識を設置している
海水がいきなり海岸から引いていく光景を眺めようと海岸に留まった人が、続いて押し寄せる波の犠牲になることは珍しくない。2004年のインド洋大津波以来、引き波を見たらただちに海とは逆の方向に走るよう、被災地の政府は住民教育に力を入れてきた。
BBCインドネシア編集長のレベッカ・ヘンシュキ記者が取材した男性は、海水が消えるのを目にしたため、家族を高い場所に走らせ、自分は近くにいた子供をつかんで木にしがみついたと話していた。
それでも、パルの海岸の周りには大勢の人が残っていたようだ。お祭りの準備をしていた人も多い。
「あの土地の人たちは、津波の威力をよく知っている。海辺で犠牲者が出たとしても、避難しようとしていたと思いたい」
「しかし高さ10メートルの波は、本当にかなりのものだ。ごく短い時間で全員を避難させるには、避難経路を相当はっきり表示していなくてはならない。インドネシアで調査した自分の経験では、避難ルートはことさらに明示されていなかった。パルそのものがどうだったかは承知していないが、大勢を素早く避難させるのは本当に難しい」(2018年10月2日 BBCnews)
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