1973年ノーベル物理学賞「トンネル効果」

 1973年のノーベル物理学賞は「トンネル効果」の研究に贈られた。トンネル効果とは何だろう?

 「トンネル効果」とは、 微粒子の世界でふつう物質が通れないところでも、文字通りトンネルでもあるかのように通れるとういう不思議な現象である。

 例えばコップの中の水は、コップの壁を乗り越えるエネルギーを水が持っていないため、自分では外に流れ出ない。ところが、絶対零度で固体にならない液体ヘリウムをコップに入れると、コップの壁を伝って外に流れ出す現象が見られる。

 また、ラジウムなどの放射性元素では、アルファ粒子が原子核の内部から表面を通って外に飛び出す現象、アルファ崩壊が起きるが、通常は強い力で結びついている陽子や中性子が原子核から飛び出すことはなく「トンネル効果」である。

 日本の江崎玲於奈博士はPN接合型ダイオードに逆方向の電圧をかけた時に電流が流れる「トンネル効果」がおきることを観測した。ダイオードはふつう一方向だけ電流を流す性質がある素子だ。

 さらに、PN接合型ダイオードに正方向の電圧をかけたとき、逆に電流が流れなくなる「逆トンネル効果」が起きる現象を発見してノーベル物理学賞を受賞した。

 トンネル効果の起きる理由

 なぜ、特殊な条件のもとで「トンネル効果」が起きるのだろうか?

 それは、電子などの粒子は粒の性質もあるのだが、波としての性質も持っているからである。量子力学では、この波の性質がトンネル効果を引き起こすと考えられている。波の性質とは何だろう?

 例えば、電磁波は電波や光のような可視光、ガンマ線のような放射線もふくむ「波」であるが、昼間外が明るいと、電気を消し、窓を閉めた部屋の中でも結構明るい。また、携帯電話をかけるときに建物の中でも通話できることは当たり前のように経験している。なぜこのような現象が起きるのか考えてみよう。

 正解はもちろん、光や電波に「反射」という「波」特有の現象が起きているからであるが、もう一つ理由がある。それは「回折」という現象が起きているからである。

 「回折」はすき間があれば、「波」が回りこむように広がる現象。部屋にすき間があるとき、すき間風が吹くことは、部屋のどこにいても「音」で気がつく。この時「音の波」は、すき間を通るときに「回折」を起こし部屋全体に広がっている。

 光などの電磁波も同じで、直進する粒子にとって壁を破って外に出るだけのエネルギーを持っていない。しかし、量子力学によれば粒子は波の性質を持っているので、何らかの特殊な条件(すき間)があれば、回折を起こした波が壁を通してわずかに外にしみ出してくる。

 あたかも山に掘ったトンネルを通って粒子が外に出るように見えるので、このような現象を一般に「トンネル効果」とよぶ。

 トンネル効果の理論

 トンネル効果とは、ロバート・オッペンハイマーやジョージ・ガモフといった物理の先哲が1930年までに主張していた。トンネル効果を実際に実験で確認したのが日本の東京電子通信工業株式会社(現ソニー)の研究員であった江崎玲於奈である。

 1955年、日本初のトランジスタラジオを販売したソニーは、製品の改良のためトランジスタの改良を行った。しかし、新しいトランジスタが全品不良という事態になり、原因の究明が江崎氏に託された。

 江崎氏は調査の過程でトランジスタがトンネル効果を示していることを発見した。江崎氏はこの原理を利用して「エサキダイオード」を1957年に発明する。

 1960年GE社の研究員であったアイヴァー・ジェーバーは、働きながらレンセラー工科大学で学ぶ。超伝導体で薄膜絶縁体を挟むことでトンネル効果の実験に成功した。

 同じ年、ジョセフソンはケンブリッジ大学を卒業する。大学院にすすんんだジョセフソンは1962年「ジョセフソン効果」を発見する。

 これは、ごく薄い膜を種類の違った2種類の超伝導物質で挟むと、低温にした超伝導状態で電圧をかけなくても電流が流れる現象である。

 江崎玲於奈

 江崎 玲於奈(1925年(大正14年)3月12日〜)は、日本の物理学者である。国外においてはレオ・エサキ (Leo Esaki) の名で知られる。

 1973年(昭和48年)に日本人としては4人目となるノーベル賞(ノーベル物理学賞)を受賞した。文化勲章受章者、勲一等旭日大綬章受章者。ノーベル物理学賞の受賞理由は、半導体内および超伝導体内の各々におけるトンネル効果の実験的発見。

 1925年大阪府中河内郡高井田村(現在の東大阪市)で生まれ、京都市で育つ。
 1947年に東京帝国大学を卒業し、川西機械製作所(後の神戸工業株式会社、現在のデンソーテン)に入社、真空管の陰極からの熱電子放出の研究を行った。
 1956年、東京通信工業株式会社(現在のソニー)に移籍する。

 半導体研究室の主任研究員として、PN接合ダイオードの研究に着手し、約1年間の試行錯誤の後、ゲルマニウムのPN接合幅を薄くすると、その電流電圧特性はトンネル効果による影響が支配的となり、電圧を大きくするほど逆に電流が減少するという負性抵抗を示すことを発見した。

 なお、発見の顛末については、当時東通工が製造していたゲルマニウムトランジスタの不良品解析において、偶然トンネル効果を持つトランジスタ(製品としては使い物にならない)が見つかったことが発見のきっかけであることが、後に「NHKスペシャル・電子立国日本の自叙伝」の中で当時の関係者により語られている。

 この発見は、物理学において固体でのトンネル効果を初めて実証した例であり、かつ電子工学においてトンネルダイオード(またはエサキダイオード)という新しい電子デバイスの誕生であった。この成果により、1959年に東京大学から博士の学位を授与されている。

1960年、米国IBM トーマス・J・ワトソン研究所に移籍。磁場と電場の下における新しいタイプの電子-フォノン相互作用や、トンネル分光の研究を行った。さらに分子線エピタキシー法を開発し、これを用いて半導体超格子構造を作ることに成功した。 

1973年には、超伝導体内での同じくトンネル効果について功績のあったアイヴァー・ジェーバーと共にノーベル物理学賞を受賞した。同年の物理学賞はジョセフソン効果のブライアン・ジョゼフソンにも与えられている。

1992年、筑波大学学長に就任した。学長として6年、産・官・学連携の拠点として先端学際領域研究センター(TARAセンター)の立ち上げ等、大学改革の推進を行った。

2000年、小渕恵三首相の要請により、教育改革国民会議の座長に就任。合計13回の全体会議等を通じ、「教育を変える17の提言」を骨子とする最終報告を纏め上げた。

2003年にナノサイエンス分野の業績を顕彰する科学賞として江崎玲於奈賞が創設され、その選考委員長に就任した。そのほか日本学術振興会賞、沖縄平和賞などの選考委員も務めている。

2015年7月現在、存命の日本人ノーベル賞受賞者では唯一1970年代以前の受賞者である。また、1981年9月に湯川秀樹が死去してから、同年福井謙一の受賞が決まるまでの間は、江崎が存命する唯一の日本人ノーベル賞受賞者となっていた。

2015年に南部陽一郎が死去して以降は、最高齡の日本人ノーベル賞受賞者でもある。

 江崎玲於奈4つの心得

・今までの行き掛かりにとらわれてはいけない。 呪縛やしがらみに捉われると、洞察力は鈍り、創造力は発揮できない。
・大先生を尊敬するのはよいが、のめり込んではいけない。
・情報の大波の中で、自分に無用なものまでも抱え込んではいけない。
・自分の主義を貫くため、戦う事を避けてはいけない。
・いつまでも初々しい感性と飽くなき好奇心を失ってはいけない。

 アイヴァー・ジェーバー

 アイヴァー・ジェーバー(Ivar Giaever、1929年4月5日 - )は ノルウェー生まれで、カナダ、アメリカ合衆国のゼネラル・エレクトリック (GE) の研究所で活動した物理学者である。

 半導体内および超伝導体内におけるトンネル効果の実験的発見の功績により、江崎玲於奈と1973年のノーベル物理学賞を受賞した。

 1929年、ノルウェーのベルゲンに生まれる。ノルウェー工科大学を1952年に卒業した後、1954年にカナダに渡り、GEカナダ支社に入社。
 その後アメリカ合衆国に移った。GEで働きながらレンセラー工科大学で学位を得た。1960年、薄膜絶縁体を挟んだ超伝導体の間のトンネル効果の実験に成功し、1973年にノーベル物理学賞を受賞。1988年までGEで働いた。

 レンセラー工科大学の教授も務め、その後はオスロ大学で物理学の客員教授を務め、生物学の分野でも研究を行った。
 ノーベル賞のほか、アメリカ物理学会からオリバー・E・バックリー凝縮系賞(1965年)、アメリカ工学アカデミーからZworkin賞(1974年)を受賞している。

 ブライアン・D・ジョゼフソン

 ブライアン・D・ジョゼフソン(Brian David Josephson, 1940年1月4日 - )は、イギリスの物理学者。1973年のノーベル物理学賞を受賞。

 2007年末現在、ケンブリッジ大学名誉教授として、キャベンディッシュ研究所の凝縮系物質理論 (TCM) 部門において、Mind-Matter Unification Project(精神-物質統合プロジェクト)を指揮している。トリニティ・カレッジのフェローでもある。

 ウェールズのカーディフに生まれる。地元の高校を卒業後ケンブリッジ大学に進学し、1960年に学士号を取得。学部学生のころから優秀で自信に満ちた学生として有名になっていた。彼が出席する講義では、講師は特に正確さに注意が必要だった。さもないと、講義後にジョセフソンに丁寧に間違いを指摘されることになったという。

 学部学生時代に発表した論文は、アメリカとイギリス双方による重力による赤方偏移についての異なる測定結果を両立させるべくメスバウアー効果の熱的補正を計算したものだった。学士号取得後もケンブリッジに留まり、1964年に物理学の博士号を取得。1970年代にはトランセンデンタル・メディテーション(超越瞑想、TM)を学んでいる。

 1962年、トリニティ・カレッジのフェローとなり、アメリカ合衆国に渡ってイリノイ大学の助教授となった。1967年にケンブリッジ大学に戻ってキャヴェンディッシュ研究所の研究助手となり、1974年に物理学教授に就任。

 2007年に引退するまで教授職を務めた。1970年王立協会フェロー選出。ジョゼフソン効果と呼ばれることになる現象を予測した研究で1983年以降、ウェイン州立大学 (1983)、インド理科大学院 (1984)、ミズーリ工科大学 (1987) といった様々な研究機関の客員教授を務めている。

 長年、キャヴェンディッシュ研究所の凝縮系物質理論 (TCM) 部門の一員として研究を続けている。

 TCM部門で助手を務めていた1973年に33歳でノーベル物理学賞を受賞。同時受賞した日本の江崎玲於奈とアメリカのアイヴァー・ジェーバーはそれぞれ4分の1で、ジョセフソンが2分の1を受け取っている。3人とも受賞当時は50歳未満であり、教授職に就いていなかったことも比較的異例である。 

 ジョセフソンはTCM部門で Mind–Matter Unification Project(精神-物質統合プロジェクト)を指揮している。また、NeuroQuantology: An Interdisciplinary Journal of Neuroscience and Quantum Physics という学術誌の編集委員も務めていた。

 ジョセフソン効果

 絶縁体を隔てて二つの超伝導体を接触させると、トンネル効果のために電圧をかけなくてもこの両者間に電流が流れる現象。

 1962年、まだケンブリッジ大学の大学院生であったとき、演習問題を解く過程で、超伝導体同士のトンネル効果(ジョセフソン効果)の計算式を導き出した。翌年にアンダーソンとローウェルドが実際存在することを実証した。

 この現象は伝導帯にある電子ではなく、もっとエネルギーの低い充満帯にある電子(クーパー対)が膜を隔ててトンネル効果で移動するために起こる。

 これは、スイッチング速度が極めて速いため、シリコン素子を超える超高速コンピュータ素子としてのジョセフソン素子への応用が期待されている。

 この業績により、1973年のノーベル物理学賞の2分の1のシェアを獲得した。ジョセフソン効果は磁場に敏感であることから、高感度の磁束計にも使われている。

 また、1980年ごろまでにIBMがジョセフソン効果を使った実験的コンピュータ用素子を作り、一般的なシリコンベースのチップより10倍から100倍高速なスイッチングが可能だということを示した。

 科学と精神の統合を目指す

 ふつう科学は力学、量子力学をもとに発展をしているが、ジョセフソンはさらに新しい可能性に挑戦を始めた。

 彼はその後、量子力学の難問に取り組みながら、生命及び精神に関する研究を行なう。

 エルヴィン・シュレーディンガー、ニールス・ボーアやヴォルフガング・パウリなどのように、ノーベル物理学賞受賞後に生命や心の研究に向かう研究者が多いが、ジョセフソンもその一人といえるだろう。

 ロジャー・ペンローズなどの量子脳理論では、脳内のマイクロチューブルの中で量子状態の崩壊が起こり、意識が生じるとされているが、ジョセフソンは心や生命を説明するためには、従来の量子力学を大幅に拡張するか、もしくは全く新しい理論、新しい物理学が必要であると主張する。

 現代の還元主義的量子論ではなく全体的な理論が必要であり、また言語・音楽などのように定式化できないものまで含むような理論も必要であるとする。

 ジョセフソンが指揮する Mind–Matter Unification Project(精神-物質統合プロジェクト)は、大まかに知的プロセスとされているものを、理論物理学の観点から理解しようと、脳の機能や他の自然界のプロセスを扱うプロジェクトである。さらに言語や意識といった観点での脳を働きを解明すること、音楽と精神の関係の解明などを研究対象としている。

 それは、量子力学が自然の究極の理論ではないという確信に基づいている。彼は「量子力学は特定の領域では正しいが、自然を完全に描写することはできない」という。彼は物理学の相補性のような考え方が生物学にも適用可能だと信じている。

 ニールス・ボーアも同様の考え方をしていたが、マックス・デルブリュックは生命が微視的相互作用によるものであって、量子力学は無関係だと断じた。

 教授職引退後もジョセフソンはこのプロジェクトだけは熱心に続けている。無作為な物理過程を生命体が偏らせるといった現象の背後に潜む機構を見出すことを目的としている。

 「自然科学」はすべてを対象とする

 ジョセフソンは超心理学的現象を信じている科学者としても有名で、東洋の神秘主義が科学的理解と関連するかもしれないという可能性にも興味を持っている。

 私も科学者は「自然科学」を対象に研究するので「自然」とは何かよく考える。皆さんの考える「自然」とは何だろうか?

 「自然」は火山や海だけでなく人やその営みなど、今そこにあるすべてを含んでいるはずだから、現在の科学者が超常現象、オカルト、神秘主義、宗教などを自然科学とは「別もの」として区別するその理屈が分からない。超心理的現象や精神世界を重視する、ジョセフソンには共感を覚える。

 彼は王立協会創立のモットー nullius in verba(一切の権威を認めない)を信条としており、「科学者が全体としてある考え方を否定したとしても、その考え方が不合理だという証拠にはならない。むしろ、そのような主張の基盤を慎重に調査し、どれほどの精査に耐えるかを判断すべきだ」と述べている。

 2001年、ノーベル賞100周年の記念切手に添える小冊子の中でジョセフソンは超心理学的現象についての見解を示し、注目を浴びた。ジョセフソンが書いたのは、次のような文章である。

「物理学者らは自然の複雑さを単一の統一理論で表そうとし、中でも成功した理論が量子論で、いくつかのノーベル賞がその分野に与えられている。」

「例えばポール・ディラックやヴェルナー・ハイゼンベルクが挙げられる。マックス・プランクは100年前に熱い物体からのエネルギー放射の量を正確に説明しようとして量子論の基礎を築き、そこからレーザーやトランジスタが生まれた。」

「量子論は情報理論や計算理論と結び付けられ、大きな成果をあげている。そこから発展していけば、従来の科学では解明されていない(イギリスで研究が進んでいる)テレパシーなども説明できるかもしれない。」

 この文章を批判する物理学者たちがおり、中でもデイヴィッド・ドイッチュに至っては「全くの屑だ。テレパシーなど存在しない。」「全くのナンセンスを支持しているかのように見られることになり騙されたようなものだ」などと主張した。

 これに対してジョセフソンは「テレパシーの存在を示す証拠はいくつもある。しかし、そういった主題の論文は拒絶されてしまう。全く不公平だ」と指摘した。

 2005年、ジョセフソンは「超心理学は普通の研究分野の1つになるべきだったのに、今もその主張は一般に受け入れられていない」と述べている。

 彼はこの状況をアルフレート・ヴェーゲナーの大陸移動説の場合と引き比べている。ジョセフソンは「大陸移動説はウェゲナーの死後、徐々に受け入れられるようになった」

「多くの科学者がまだ”超心理”や”超常現象”の証拠を検討していない」という。また
「一部の科学者はテレパシーなどの考え方を受け入れがたいと感じており、そういった感情が検討そのものを妨げる」と指摘している。

参考 Wikipedia: ブライアン・ジョゼフソン アイヴァー・ジェーバー 江崎玲於奈

  

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