1975年ノーベル化学賞のテーマ「酵素立体化学」
立体化学とは何だろう? 立体化学(stereochemistry)とは、分子の3次元的な構造のこと、あるいはそれを明らかにするための方法論や、それに由来する物性論などを含めた学問領域をいう。
化学物質の立体的な構造は、その物性に極めて大きな影響を及ぼす。例えば酵素は立体的な構造がそのはたらきに大きく影響することが分かっている。酵素に基質が結びつくと酵素の形が変形し、働きが活性化する。立体化学は化学のなかでも重要な分野の一つであり、ノーベル賞受賞者も多数存在する。
酵素の研究は、1930年ロックフェラー研究所のジョンノースロップ(1946年ノーベル化学賞)らがペプシンの単離、結晶化に成功しタンパク質であると同定したことに始まる。
1952年ケンブリッジ大学のフレデリック・サンガー(1958年ノーベル化学賞)はアミノ酸配列の決定方法を開始。これとは別にX線結晶解析と呼ばれる手法でイギリスの分子生物学研究所のケンドリューとペルーツ(1962年ノーベル化学賞)はタンパク質の構造解析を行った。
1960年代後半までにトリプシンやキモトリプシンなど消化酵素であるエラスターゼの立体こうぞうも解明された。こうして酵素の化学素性や分子構造がわかってきた。
同じ頃、メリーランド州にある米国立衛生研究所でアンフィンセン(1972年ノーベル化学賞)らは酵素のアミノ酸配列と酵素分子構造の2つを統合する手法を考えた。
タンパク質の構成要素となるアミノ酸は全部で20種類あるが、タンパク質分子には特定の折り畳み構造が見られる、これらが、アミノ酸配列に応じて1つのパターンに決まっていることをアンフィンセンは示した。この業績でアんフィンセンらは、1972年のノーベル化学賞を受賞している。
「酵素による触媒反応 」を「C14標識」で解明
生合成において酵素が立体特異的に働き各段階において極めて高い立体特異性を示すことが知られているが、コーンフォースは同位体トレーサーを用いて克明に追跡し、酵素反応の立体化学を解析した。
ある分子について、それを組み立てている元素の種類と数を表したものが分子式である。しかしながら、同じ分子式であっても、各原子同士の結合の種類や方向、すなわち分子構造が異なると、全く性質の異なる分子となる。このように、同じ分子式でありながら構造が異なるものを異性体という。
また、ある分子が異性体に変化することを異性化という。 異性体には、大きく分けて構造異性体と立体異性体がある。立体異性体はさらに幾何異性体とジアステレオマーおよび光学異性体(鏡像異性体)に分類される。 立体異性体の原因となるような、通常では非可換な原子の空間的な配置を立体配置という。また、室温で容易に変換しうる空間配置を立体配座という。
彼はシドニー大学院で学んだ後オックスフォード大学に留学しアルカロイドの研究で、ロバートロビンソン(1947年ノーベル化学賞)の下、ステロイドの研究で学位を得た。
1941年に同僚の研究者であるリタと結婚、以降共同研究をすることになる。コンフォースは酢酸のメチル基とカルボキシル基の炭素原子にそれぞれ「C14標識」を行ってコレステロールの生合性を行い、生成物を段階的に分解しそれぞれの段階で含まれる同位体分析から合成経路を確定し、酵素反応の立体化学を明らかにした。
また彼は植物の成長抑制ホルモンであるアブシジン酸の全合成も行っている。コンフォースは10歳ごろから難聴が始まり、16歳でシドニー大学入学した秀才であるが、20歳で卒業する頃には全く聞こえなくなっていたと本人が語っている。
難聴の彼が一般教育を受け、さらに不屈の精神を持って研究に取り組んだことは、賞賛に値する。コンフォースに対してノーベル化学賞が授与された事は、世界中の多くの難聴障害者の励みになったことは言うまでも無い。
アルカロイドの立体構造決定・CIP順位則
プレローグは、植物由来の窒素化合物であるアルカロイドの合成において、その反応機構の解明のため、反応性に関わる立体構造の研究をきっかけとして、アルカロイドの立体構造の決定を始めた。そして、ブレローグ則と呼ばれる二級アルコールの立体配置決定法などを提唱している。
特に化合物の立体配置法として、ロバート・カーンとクリストファー・インゴールドの発案になるR/S表示法を発展させ、後にIUPAC標準となるカーン・インゴールド・プレローグ法(CIP順位則)を提案したことで知られている。
プレローグはボスニアのサラエボに生まれ、プラハ工業大学を卒業。民間の研究職を経てザグレブ大学に奉職し、さらにチューリヒ工科大学で教授を務めた。
ザグレブ大学時代、当時チェコ東部モラヴィア地方の原因に含まれていた椅子型シクロヘキサンからなるダイヤモンド構造の安定な籠型分子アダマンタンの合成に成功したことで世界的に名前が知られることになった。
プレローグのノーベル化学賞の受賞の中心業績となったCIP順位則と呼ばれ、不正端子原子のような4配位の立体中心につながっている痴漢生、決められた順位則に従って順位を決め、最低順位の基を目から最も遠くなる位置に置きその軸に沿って見たときに、他の基を順位の下降順に追った時、右周りをR、左周りをLとする対称体の立体配置の表示法として使用される。
ジョン・コーンフォース
1975年のノーベル賞受賞者。授賞理由は「酵素による触媒反応の立体化学的研究」である。
サー・ジョン・ワーカップ "カッパ" コーンフォース(Sir John Warcup "Kappa" Cornforth、1917年9月7日 – 2013年12月8日)は、1975年に酵素触媒反応の立体化学的研究でノーベル化学賞を受賞した化学者である。彼は10代で耳硬化症によりろう者となった。
コーンフォースはオーストラリアのシドニーで生まれ、シドニーボーイズ高校を卒業した後、16歳でシドニー大学に入学した。彼はシドニー大学で妻となるリタ・ハラデンスと知り合った。彼は有機化学を学び、1937年にユニバーシティーメダルを授与され首席で卒業した。そして奨学金を獲得し、リタとともにオックスフォード大学に移った。
第二次世界大戦中はペニシリンの研究で名をはせ、1949年にプリンストン大学出版局より上梓された The Chemistry of Penicillin (ペニシリンの化学)の執筆にも参加した。1977年にナイトに叙せられた。
1953年に王立協会フェローに選出、サセックス大学で化学の研究を行った。彼の長年の研究の成果と難聴に打ち勝って業績を挙げたことを記念して、1975年のオーストラリアン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。
1,3-オキサゾール化合物で起こるコーンフォース転位、酸化剤として汎用されるコーンフォース試薬(PDC, 二クロム酸ピリジニウム)にその名が残る。
受賞歴
1953年 コーディ・モルガンメダル
1953年 王立協会フェロー選出
1968年 デービーメダル
1969年 アーネスト・ガンサー賞
1972年 大英帝国勲章コマンダー
1975年 ノーベル化学賞(ウラジミール・プレローグとともに)
1976年 ロイヤルメダル
1977年 下級勲爵士
1977年 オーストラリア科学アカデミーフェロー
1978年以降 オランダ王立芸術科学アカデミー外人メンバー
1982年 コプリ・メダル
1991年 オーストラリア勲章コンパニオン
2001年 センテナリー・メダル
ウラジミール・プレローグ
ウラジミール・プレローグ(Vladimir Prelog, 1906年7月23日 – 1998年1月7日)はスイスの化学者。 1975年に「自然界の化合物と立体化学の研究への貢献」によって、ジョン・コーンフォースとともにノーベル化学賞を受賞した。
プラハ、ザグレブ、チューリヒで生活した。プレローグはボスニアヘルツェゴビナ(当時のオーストリア・ハンガリー帝国)のサラエヴォで、クロアチア人の両親の元に生まれた。1915年、子供の頃にザグレブに転居した。ザグレブとオシエクで教育を受け、1929年にプラハのチェコ工科大学を卒業して工業化学の学位を取った。教師のエミール・ボトチェックと助手のルドルフ・リュークスの影響で有機化学に興味を持った。
化学の博士号を取った後、彼はプラハにある G.J. Dríza の私設の研究所で、市販されていない珍しい化合物を製造する仕事に就いた。残りの時間は、カカオの幹からアルカロイドを探すという彼個人の研究のために割かれた。
1935年、彼はザグレブ大学の工学部に招かれ、有機化学を教える職を得た。彼は工業化学も教えた。協力者と学生の助け、そしてクロアチアの製薬会社Plivaの財政援助を受けて、彼はキニーネとその化合物の研究を始めた。
この研究の結果、最初の市販スルホンアミドの一種であるストレプタゾールの開発に成功した。ここで行われた科学的成果としては、モラヴィアの油田から単離されていた、特殊な環を持つ炭化水素であるアダマンタンを世界で初めて合成したことが挙げられる。プレローグの得た結果はヨーロッパの一流科学雑誌に投稿されたため、当時ザグレブの有機化学は世界中に知られていた。
1941年、彼はレオポルト・ルジチカの招待を受けスイス・チューリヒのチューリッヒ工科大学に移った。彼はここで教授にまで昇進した。
1957年にルジチカが退官すると、プレローグは有機化学研究室を引き継ぎ、変わった領域の研究も積極的に始めた。複素環式化合物、アルカロイド、環状化合物の研究、動物の器官に少量含まれる生理活性化合物の単離と研究などである。
彼はまた、抗生物質の構造や酵素反応の立体化学も研究した。彼の研究はステロイド、トリテルペン、キニーネ、ストリキニーネ、ソラニンや、いわゆるプレローグ則 (Prelog's regulation) と呼ばれるものを含むその他のアルカロイドなどの構造の研究を進展させた。
ロバート・シドニー・カーン、クリストファー・ケルク・インゴルドとともに行った研究で、立体化学に一般的に適用できる、いわゆるカーン・インゴルド・プレローグ順位則を確立した。彼とルジチカのおかげで、チューリッヒは近代有機化学の中心的な都市となった。
受賞歴
1967年 デービーメダル
1969年 ロジャー・アダムス賞
1974年 パウル・カラー・ゴールドメダル
1975年 ノーベル化学賞
1992年 キラリティーメダル(イタリア化学会)
彼の科学論文は400以上に上る。独特のスタイルで雄弁な講師として、彼は多くの世代の化学者を育成した。1962年には王立協会外国人会員、1986年にはクロアチア科学芸術協会のメンバーになった。
酵素の基質特異性
酵素は作用する物質を選択する能力を持ち、その特性を基質特異性 (substrate specificity) と呼ぶ。 たとえば、あるペプチド分解酵素(ペプチターゼ)を作用させてタンパク質を分解する場合は、特定の部位のペプチド結合を加水分解するため、部位によっては基質として認識せずに全く作用しない。
一方、タンパク質を(酵素ではなく)酸・塩基触媒で加水分解する場合は、ペプチド結合の任意の箇所に作用する。また、ペプチド分解酵素はペプチド結合だけに反応し、他の結合(エステルやグリコシド結合)には作用しないが、酸・塩基触媒ならばペプチド結合も他の結合も区別することなく分解する。
この特性は酵素研究のごく初期から認識されており、鍵と鍵穴に喩えたモデルで説明されていた。20世紀中頃以降、X線結晶解析で酵素分子の立体構造が特定できるようになり、鍵穴の仕組みの手掛かりが入手できるようになった。
すなわち、酵素であるタンパク質の立体構造には様々な大きさや形状の窪みが存在し、それはタンパク質の一次配列(アミノ酸の配列順序)に応じて決定付けられている。前述の鍵穴はまさにタンパク質立体構造のくぼみ(クラフト)である。
酵素は、くぼみに合った基質だけをくぼみの奥に存在する酵素の活性中心へ導くことで、酵素作用を発現する。 今日では、X線結晶解析によって立体構造を決定しなくても、過去の知見や計算機化学に基づき、タンパク質の一次配列情報やその設計図となる遺伝子の塩基配列情報から立体構造を予測することが可能になりつつある。
さらに、生物界に存在しないタンパク質酵素を設計することも可能であるし、タンパク質以外の物質で同様な手法によって人工酵素を設計することも可能である。
生物界に存在する酵素に適合する基質を研究することで、逆に各種酵素の阻害剤を作ることも可能となる。すなわち、本来の基質よりも強く酵素の活性部位に結合する物質を設計することで、酵素の機能を阻害させる試みである。
酵素や阻害剤が設計できるようになったことは、医薬品や分子生物学研究の発展に役立っている。
酵素の誘導適合
基質に結合することで誘導適合する酵素 基質の結合した酵素は、それが結合していない酵素よりもエントロピーが減少していると考えられており、事実、基質を結合させた酵素はあらゆるストレス(熱や pH の変化など)に対して安定度が増すことが多い。これは酵素の立体構造に変化が起きているからであると考えられている。
すなわち、基質が結合すると酵素が触媒反応に適した形状に変化すると考えられている。そして酵素の立体構造変化に従い、基質の立体構造も変化し遷移状態へと向かう。すると、遷移状態に向かう反応の過程がエントロピーの減少とともに促進されることによって、反応の活性化エネルギーを低下させていると考えられている。
これらの誘導的な化学反応を生じる考え方を誘導適合という。 誘導適合は基質特性を発現する上でも重要であるが、酵素活性発現とも関連し、アロステリック効果などを通じて酵素活性の制御とも関連している。
参考 Wikipedia: ウラジミール・プレローグ ジョン・コーンフォース
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