ボラン(水素化ホウ素)は新しい化合物
1976年ノーベル化学賞の受賞理由は「ボランの構造研究」。ボランとは何だろうか?
ボラン (borane) は、ホウ素の水素化合物(水素化ホウ素)の総称で、炭化水素のアルカンにちなみ命名された。
なぜ水素化ホウ素の研究が評価されたのだろうか? 水素化ホウ素は比較的新しい化合物で、1912~36年の間に A.ストックにより,B2H6 ,B4H10 ,B5H9 ,B5H11 ,B6H10 ,B10H14 が合成された。今日では B20H16 など,多数の高級ボラン類も合成されている。
水素化ホウ素は、一般に揮発性、反応性に富み、あるものは空気中で自然発火する。燃焼熱が高く,空気との広範囲の混合比で発火するので,ジボラン,ペンタボラン,デカボランなどはロケット用燃料としての用途が注目されている。
1912年にアルフレッド・ストック(A.Stock)が初めて信頼に値するボランを合成し、さらに引き続いて行った研究の集大成を33年に出版した。それ以後ボランの化学は著しく進歩し、とくに近年有機化学の炭素の化学に匹敵する共有性化合物の新しい領域として顕著な発展を遂げ、さらに今後の進展も大いに期待されている。
その特徴は、(1)多面体クラスター構造をつくること,(2)三中心結合など結合理論の新しい発展をうながした結合をもつ化合物に富むこと、(3)多様な反応性があり、合成化学への寄与が大であること、などである。
ホウ素の三中心二電子結合の発見
反応性が高いということは、ホウ素という原子に特徴がある。周期表で第2周期にあたる原子(Li,Be,B,C,N,O,F,Ne)は、オクテット則と言われる経験則で、最外殻に8個の電子を持つ化合物やイオンが安定的に存在すると知られている。
ホウ素は最外殻に電子を3個しか持たないため、例外的な電子不足型構造をとることが知られている。リプスコムはボラン(水素化ホウ素)における水素とホウ素間の結合構造の解析を行った。
ここで彼は、− 200度の低温下でのボランのX線回折及び電子線回折の結果から、ホウ素と水素の結合における三中心二電子結合(水素による橋かけ構造)を導き出した。
三中心二電子結合は、ジボラン (B2H6) などさまざまなホウ素化合物に見られる。ボラン (BH3) は単独ではオクテット則を満たさず不安定である。それを解消するために三中心二電子結合 (B-H-B) を作りながら二量化しジボランとなる。ジボランの6個の水素のうち両端の4個は通常の二中心二電子結合によりホウ素と B-H 結合を作っており、残りの2個が三中心二電子結合によりホウ素間を架橋している。
また分子軌道法を用いてこれらの結合構造を解析し確定した。 リプスコムは、カルボラン類への求電子反応を核磁気共鳴(NMR)とX線回折を用いて解析し、反応部位を特定、NMR分析における化学シフトの考え方を提唱した。
科学シフトの理論的考察によって、複雑な分子に関する量子力学を用いた計算が可能となり、大型コンピューターを用いてのハートリーフ近似による遷移状態の推定などが可能になった。 これ以降のほぼ全ての化学研究基礎となる業績に対して、ノーベル化学賞が授与されたのである。
そもそもホウ素とは何か?
そもそもホウ素という物質は聞いたことはあるが、あまりなじみがない。ホウ素とは何だろうか?
元素記号B,原子番号5,原子量 10.811。周期表 13族に属する。主要鉱石はホウ砂,カーン石,コールマン石などがある。火成岩中に広く分布するが,含有量は少なく地殻の平均含有量 10ppm,海水中の平均濃度 4.6 mg/l 。
単体は黒灰色,金属光沢のある半金属固体で,比重 2.33 (無定形ホウ素は 1.73) ,融点 2000~2500℃。化学的性質はケイ素に類似し,不活発。塩酸,フッ化水素酸におかされないが,アルカリ溶融により分解される。
還元性があり,銅の脱酸剤ともなる。単体としての用途はあまりないが,化合物はガラスなどの原料として重要である。
ホウ素化合物でよく知られているのは、ホウ砂やホウ酸である。
ホウ砂とホウ酸
ホウ砂(硼砂、borax)は、鉱物(ホウ酸塩鉱物)の一種。化学組成は Na2B4O5(OH)4・8H2O(四ホウ酸ナトリウム Na2B4O7 の十水和物)であるが、ホウ素がポリマーを架橋しゲル化する反応を利用し、理科の実験や自由研究などでスライムを作るときによく用いられる。水溶液は弱アルカリ性となり、洗浄作用・消毒作用があるため洗剤や防腐剤などに使われる。
ホウ酸(硼酸、Boric acid)もしくはオルトホウ酸は化学式H3BO3またはB(OH)3で表わされるホウ素のオキソ酸である。温泉などに多く含まれ、殺菌剤、殺虫剤、医薬品(眼科領域)、難燃剤、原子力発電におけるウランの核分裂反応の制御、そして他の化合物の合成に使われる。
常温常圧では無色の結晶または白色粉末で、水溶液では弱い酸性を示す。ホウ酸の鉱物は硼酸石(サッソライト)と呼ばれる。ホウ酸には毒性がある。毒性は食塩よりも弱く、アリ、ゴキブリ、ノミなどの昆虫の駆除に用いられる。
ホウ酸化合物は他にホウフッ化水素酸が半導体工場で、ホウフッ酸塩がアルミニウム製造工場で使われる。ホウフッ化水素酸やホウフッ酸塩が、人体に摂取されると、皮膚、目、粘膜などに激しいやけどを引き起こす。
ホウ酸を大量に内服すると、ショックを起こし、中枢神経に障害を与える。人体への健康被害を防ぐために、排水基準は1リットルにつき10ミリグラム、水質環境基準は、1リットルにつき1ミリグラムと定められたが、近年、土壌・地下水や廃棄物処分場周辺で検出されている。 (畑明郎 大阪市立大学大学院経営学研究科教授 / 2008年)
ウィリアム・ナン・リプスコム・ジュニア
ウィリアム・ナン・リプスコム・ジュニア(William Nunn Lipscomb, Jr., 1919年12月9日 - 2011年4月14日)は、アメリカ合衆国の無機化学者・生化学者。
1976年のノーベル化学賞受賞者である。受賞理由は「ボランの構造研究」である。
オハイオ州クリーヴランドに生まれる。幼い頃にケンタッキー州レキシントンに転居し、1941年にケンタッキー大学で科学の学位を取得するまでそこですごした。博士号は1946年にカリフォルニア工科大学で取得した。
1946年から1959年まで、彼はミネソタ大学で教鞭を取っていた。そして1959年からはハーバード大学の化学の教授に就任した。
1950年代にX線結晶構造解析を使ってボランの分子構造を推定し、その化学結合を説明する理論を構築した。彼は後にこの理論を様々な問題を解決するのに応用した。その中には、後にノーベル賞を授与されるロアルド・ホフマンに指導したカルボラン酸の研究も含まれる。彼は後に、タンパク質、特に酵素の原子配置に興味を持って研究した。
国際量子分子科学アカデミーのメンバーであり、ケンタッキー・カーネルの受賞者でもある。また彼は1961年に全米科学アカデミーの会員に選ばれ、イグノーベル賞の常任プレゼンターも務めた。
2011年4月14日、肺炎と合併症のためマサチューセッツ州ケンブリッジの病院で死去。91歳没。
受賞歴
1973年 ピーター・デバイ賞
1976年 レムセン賞、ノーベル化学賞
参考 Wikipedia: ウィリアム・リプスコム
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