1977年ノーベル化学賞の受賞理由
1977年のノーベル化学賞の受賞理由は「非平衡熱力学に対する貢献、特に散逸構造の理論に関して」である。
「難しくて聞きなれない言葉が多い」と感じるのがノーベル賞の授賞理由だ。しかし裏を返せば、これまでよくわからなかったこと、新しく発見したことを、記述しようとするので「聞いたことがない表現」になるのは当然なのかもしれない。
今回の研究もその一つで「非平衡熱力学」というのは「平衡状態」では起こらない状態を指す。「散逸構造」はその時に現れる構造のことで、何のことかわかりにくいが調べてみると、例えば天気の変化だったり、潮の満ち引きなど…身の回りに無数に存在する現象である。言われてみればその通りで「目からウロコ」が落ちたような気がした。
まず、熱力学とは何だろうか?熱力学について簡単に振り返ろう。
熱力学( thermodynamics)は、物理学の一分野で、熱や物質の輸送現象やそれに伴う力学的な仕事についてを、系の巨視的性質から扱う学問。熱力学には大きく分けて「平衡系の熱力学」と「非平衡系の熱力学」がある。
物質の巨視的な性質を巨視的な物理量(エネルギー、温度、エントロピー、圧力、体積、物質量または分子数、化学ポテンシャルなど)を用いて記述するもので、熱力学というと普通「平衡系の熱力学」のことをいう。次の4つの法則は有名だ。
熱力学第零法則「系 A と B, B と C がそれぞれ熱平衡ならば、A と C も熱平衡にある」
熱力学の第一法則(エネルギー保存則)「系(閉鎖系)の内部エネルギーの変化は、外界から系に入った熱 外界から系に対して行われた仕事の和に等しい。」
熱力学第ニ法則「エントロピー(乱雑さ)は必ず増加する。可逆的な変化ではエントロピーの増加はゼロとなる。」
熱力学第三法則(ネルンスト・プランクの仮説) 「絶対零度でエントロピーはゼロになる。」
プリゴジンの「非平衡熱力学」の概要
プリゴジンは、1940年代当時の熱力学ではあまり取り上げられていなかった「不可逆過程(元の状態に戻らない)」に興味を抱いて考察を行う。1945年に熱伝導や拡散そして化学反応が生成している非平衡系下の状態においては、その温度差における定常状態が、単位時間あたりのエントロピー生成量が最小になることで決定されると言う、「エントロピー生成最少の定理」を発表した。
この定理の成立条件とし、オンサーガーの相反定理(変更から外れているが局所的な平衡状態にある系において圧力差あたりの熱の流れと温度差あたりの密度の流れが等しい)が成り立っていることが挙げられる。
1947年プリゴジンは非平衡系における秩序の形成機構(自己組織化)としての「散逸構造」の概念を、数学的なモデルを用いて解析して提案した。
散逸構造とは物質が非平衡状態から平衡状態に変わるとき現れる構造で、身近な例でいうと、味噌汁が冷えていくときや、太陽の表面で起こっているベナール対流の中に生成される自己組織化されたパターンを持った構造(ベナール・セル)のこと。
「散逸構造」は岩石のようにそれ自体が構造物である状態を示すのではなく、系の内部と外部間でのエネルギーのやり取りのある開放系であり、エントロピーは一定範囲内に保たれる。彼の提唱した理論は、それまでの古典熱力学が扱ってきた化学的平衡状態ではなく、熱力学の議論は古典的熱力学平衡状態から非平衡状態へ転換させる原動力になった。
プリゴジンは散逸系において、エネルギー(熱)と質量(密度)の外部からの流入に対し秩序を形成していく過程(自己組織化)を明らかにすることで、熱力学は物理や化学、生物学の世界から社会学、経済学の世界にまで広げるきっかけを作った。
イリヤ・プリゴジン
1977年 のノーベル化学賞受賞者。受賞理由は「非平衡熱力学、とくに散逸構造の研究」である。
イリヤ・プリゴジン(Ilya Prigogine, 1917年1月25日 - 2003年5月28日)は、ロシア出身のベルギーの化学者・物理学者。非平衡熱力学の研究で知られ、散逸構造の理論で1977年のノーベル化学賞を受賞した。統計物理学でも大きな足跡を残し、「エントロピー生成極小原理」はよく知られている。
1917年モスクワに生まれ、1921年から家族とともにベルギーのブリュッセルに移住した。ブリュッセル自由大学でテオフィル・ド・ドンデに師事して数理化学を学び、1941年に博士号を取得、1947年から同大学の教授となった。
1953年には、国際理論物理学会(東京&京都)で来日した。その会議の終了後、仲間のカークウッドらと全国の高校をまわって講演し、その当時日本の物理学では素粒子論が主流を占めていたにもかかわらず、これからはトランジスタなどの物性物理学が主流を占めるはずだと予言して日本の若者達を鼓舞し、今日の技術国日本の礎を作ったと、常々満足げに話していた逸話が残っている。
その業績のみならず日本の物理学界の多くの指導者を育成した業績が称えられ、日本政府から勲二等旭日瑞宝章が贈られている。1959年からアメリカ合衆国のテキサス大学オースティン校、1961年からシカゴ大学の教授を併任し、のちに彼の名前を冠することになる研究所の創設にも関わった。
プリゴジンは自然科学ばかりでなく他の分野でも活躍し、彼のプレ・コロンビアンの石器に関する業績を称えて考古学の名誉博士号が贈られている。さらに、モスクワ音楽院のピアノ科を卒業した母親に4歳のときからピアノを習い始め、その後、世界的なピアニストのウラディーミル・アシュケナージの父でやはりピアニストのダヴィッド・アシュケナージに師事して、大学就学前にピアノ国際コンクールで優勝している。2003年ブリュッセルで死去した。
新しい熱力学「平衡と非平衡ですべての謎を説明」
彼は自然科学の基本部門の1つ熱力学の分野に新風を吹き込んだ。 彼は熱力学の諸原理を、社会学、生態学、人口統計学というような普通、科学と結びつかない分野にまで適用しうるようにした。
第二次世界大戦後まもなく、彼は多くの物理系を調べた結果から、散逸系と呼ばれるものに関するいくつかの数学的モデルを提案した。
このモデルは、どのようにして物質とエネルギーが本体を維持し、普遍的な無秩序に向かって流れようとする傾向に対抗して生長していくかを示していた。
原理的には、孤立している形としてしか存在しない平衡系と、周りの環境と共存してしか存在しない散逸系の2つの差異を区別するのは可能である。
また、散逸構造は平衡状態に近いとその秩序性を乱そうとし、平衡状態から離れるほど秩序性が保たれ新しい構造が形成される傾向にある。
無秩序から生まれる可能性は確率としては無限小であるが、秩序のある散逸系があれば、無秩序上から秩序を作り出すことが可能だったのである。
しかし、この普遍的な法則は、より低い秩序性の系からより高い秩序性の系に自然的に移行し、それが散逸する傾向があるにもかかわらず、いかにしてそのような状態を維持するかと言うことがわかっていなかった。
彼はこの問題を解くため、精力的に研究し、前向きに理論を組み立てていった。そして先に述べたようなモデルを体系付け、主として物理学、化学、限られた分野での生物学などにしか関与していなかった熱力学の関与範囲を、生命誕生の謎、世界資源に関する政策、さらには交通渋滞の防止などにまで広げたのである。
こうして熱力学の諸法則は多くの事象を支配しており、物の性質及び特性の集合体の組織が変化しない状態での物理的性質を正確に説明し得るようになった。
熱力学的平衡とは何か?
熱力学的平衡(thermodynamic equilibrium)は、熱力学的系が熱的、力学的、化学的に平衡であることをいう。このような状態では、物質やエネルギー(熱)の正味の流れや相転移(氷から水への変化など)も含めて、熱力学的(巨視的)状態量は変化しない。
逆に言えば、系の状態が変化するときは、多少なりとも熱力学的平衡からずれていることを意味する。極限として、限りなく熱力学的平衡に近い状態を保って行われる状態変化は、準静的変化とよばれる。
また、系が熱力学的平衡であるとき、あるいは局所的に平衡とみなせる部分について、系の温度や圧力などの示強性状態量を定義することができる。
熱力学的に非平衡 (non-equilibrium) であるとは、上記の熱的、力学的、化学的平衡のいずれかが満たされていない状態であり、系に物質またはエネルギーの正味の流れ、あるいは相転移などが生じる。
また、このような非平衡状態は不安定であるため別の状態へ転移するが、転移速度が極めて遅いために不安定な状態が維持される場合、この状態を準安定状態という。
「散逸構造」とは?
プリゴジンは、化学平衡から遠い状態にある溶液について研究した。溶液が平衡状態にあるときは、温度や圧力などの物理学的性質は変化せず、また系への物質やエネルギーの出入りもないはずである。実際には溶液中では恒常的に変化が起こっているにも拘らず、系としてある程度の秩序は保たれている。
溶液の温度を低温から急に上昇させると、溶液の小さい部分部分(セルとよんだ)が秩序を保ちながら全体の中を動くことを発見した。それまで非平衡状態では予想可能な秩序が生じることはないと考えられていた。またプリゴジンはこの現象は不可逆であり、つまり溶液を冷却しても逆の現象は生じないことを発見した。
こうした非平衡系における秩序の仕組みとして「散逸構造」という概念を提唱した。
「散逸構造」は、岩石のようにそれ自体で安定した自らの構造を保っているような構造とは異なり、例えば潮という運動エネルギーが流れ込むことによって生じる内海の渦潮のように、一定の入力のあるときにだけその構造が維持され続けるようなものを指す。
味噌汁が冷えていくときや、太陽の表面で起こっているベナール対流の中に生成される自己組織化されたパターンを持ったベナール・セルの模様なども、散逸構造の一例である。
またプラズマの中に自然に生まれる構造や、宇宙の大規模構造に見られる超空洞が連鎖したパンケーキ状の空洞のパターンも、散逸構造生成の結果である。
散逸構造系は開放系であるため、エントロピーは一定範囲に保たれ、系の内部と外部の間でエネルギーのやり取りもある。
生命現象は定常開放系としてシステムが理解可能であり、注目されている。 従来の熱力学は主に平衡熱力学を扱うものが中心であったが、定常熱力学が新たに注目を集めている。
生物の進化と「散逸構造」
プリゴジンが「散逸構造」の研究に向かったのには、いくつかの疑問を解くためだった。その一つが生物の進化である。
「生物進化や社会の進化は、単純なものから複雑なものが生ずることを示している。これはどうして可能なのか?どうしたら無秩序から構造が生ずるのか?」
前述の「エントロピー増大則」は、長い目で見ると誰もが逃れられない絶対的な存在。しかし、例外的な瞬間もまた存在する。
それは統計学的(確率論的)に考えれば、そうなることが最大確率だということであり、コーヒーの中に混ざっていたミルクが突然一箇所に集まるという可能性もゼロではない。(現実的には限りなくゼロに近い)
この「わずかながらも起こりうる可能性」のことを「ゆらぎ」と呼ぶ。そして、この「ゆらぎ」は「ある条件」のもとで一定の秩序を生み出す「自己組織化」にいたることがある。
この時、生まれた構造こそ、「散逸構造」であり、生物の進化も「散逸構造」ひとつと考えた。
周囲の環境と共存した状態で存在する散逸系を考え、物質とエネルギーがたがいに作用しあってより秩序性の高い状態になる現象を数量的に研究するプリゴジンの理論や思想は、物理化学の研究のみならず、社会学や生態学、経済学や気象学、人口動態学のモデルとしても応用されている。
参考 Wikipedia: イリヤ・プリゴジン
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