スパコン「富岳」、計算速度世界一 8年半ぶり日本勢奪還

 スーパーコンピューターの計算速度の世界ランキング「TOP500」が2020年6月22日、オンラインで開かれた国際会議で発表され、理化学研究所の次世代機「富岳(ふがく)」が1位となった。先代の「京(けい)」以来、8年半ぶりに日本勢が首位を奪還した。他の3つのランキングでも1位となり4冠を達成し、実力の高さを示した。
 「TOP500」は性能評価用プログラムの処理速度で性能を競う年2回のランキングで、11月17日にも発表され、首位をキープしている。富岳は毎秒44京2010兆回(京は1兆の1万倍)で、フルスペックまで整備を進めた結果、前回の41京5530兆回から向上。2位の米国「サミット」に約3倍の性能差をつけ圧勝となった。

 また富岳は、産業利用に適した計算の速度を競う「HPCG」と、グラフ解析の性能を競う「Graph500」でも1位となり、史上初の3冠を達成。さらに、人工知能(AI)の深層学習に用いられる演算の指標「HPL-AI」のランキングでも1位となっている。

 理研計算科学研究センターの松岡聡センター長は、オンラインで開催した会見で「富岳は指標で世界1位を取ろうと思って作ったマシンではない。シミュレーションやビッグデータ、AIなど、あらゆるアプリケーションで最高性能を発揮するようデザインした。今回、4冠を達成したのはその結果だ」と述べた。

 「京」の後継機「富岳」

 富岳(Fugaku)は、日本のスーパーコンピュータである。理化学研究所の「京」の後継として、2014年に開発開始、2020年より試行運用中で2021年に本格稼働予定であったが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のため、治療薬候補探しや飛沫感染予測の研究などで試験利用が始まっている。

 設置場所は兵庫県神戸市・ポートアイランドの理化学研究所計算科学研究センター。主要ベンダーは富士通。2020年6月のTOP500を含む4部門で1位となった。名称は2019年2月から4月まで公募を行い、5月にポスト「京」ネーミング委員会により7案に絞られ、更に理化学研究所理事会議により「富岳」に決定された。理化学研究所は「富岳」と決定した理由を以下のように発表した。

 「富岳」は"富士山"の異名で、富士山の高さがポスト「京」の性能の高さを表し、また富士山の裾野の広がりがポスト「京」のユーザーの拡がりを意味する。また"富士山"が海外の方々からの知名度も高く名称として相応しいこと、さらにはスーパーコンピュータの名称は山にちなんだ名称の潮流があること、また海外の方からも発音しやすいことから選考された。

 なお富岳は京の最大100倍の性能を目指すことから、葛飾北斎の『富嶽百景』や太宰治の『富嶽百景』からの駄洒落(富岳100京)との説もある。

 ハードウェア

 富岳は富士通が開発したCPUであるA64FXを搭載している。このCPUは、フロントエンドをARMv8.2-Aベースに新たな拡張であるSVE(Scalable Vector Extension)を追加したものとして、バイナリレベルでARMとの互換がとられた一方、マイクロアーキテクチャは京でも使用された富士通製SPARC64の構造を踏襲している。富岳は京の約100倍の性能と、世界最高水準の実用性を目指している。富岳は富士通独自のTofu Interconnect Dを使用して結合された158,976個のA64FXを使用している。

 ソフトウェア

 富岳はIHK/McKernelという名前の軽量マルチカーネルオペレーティングシステムを使用している。このオペレーティングシステムはLinuxと軽量カーネルのMcKernelの両方を使用し、同時に並行して動作する。両方のカーネルが実行されるインフラストラクチャはInterface for Heterogeneous Kernels (IHK) と呼ばれる。高性能シミュレーションはMcKernelで実行され、Linuxは他の全てのPOSIX互換サービスで利用できる。

 性能

 2020年6月23日、国際スーパーコンピュータ会議にて発表されたTOP500において1位となった。日本のスーパーコンピュータとしては、2011年6月・12月に京が1位となって以来9年ぶりである。

また、HPCG(High Performance Conjugate Gradient)、HPL-AI、Graph500の4部門においても世界1位を獲得し、4冠を達成した。この他、消費電力当たりの性能ランキングのGreen500では9位となった。

 コスト

 2018年、日経新聞は、富岳のコストは1300億円 (10億米ドル)の費用がかかると報じた。2020年6月、ニューヨークタイムズは米国で予定されている富岳の性能を超えるエクサ級のスパコンのコストは、最大でも6億ドルであるのに対して、10億ドルを超える富岳のコストを高額な支出と表現した。

 また、ローレンスバークレー国立研究所のHorst Simonは、オークリッジ国立研究所とローレンス・リバモア国立研究所で予定されているアメリカ合衆国エネルギー省のスパコンと、中華人民共和国で開発中のエクサ級スパコンを考えると、富岳が世界最速のスーパーコンピューターとして長く続くことはないと発言した。

 比較

 富岳は京の後継として、京の最大100倍の性能を目指して、構築費用 1300億円(国費 1100億円、民間 200億円)が投じられた。

「富岳」をコロナウイルス感染症(COVIC-19)対策に

 理化学研究所(理研)と富士通が共同で開発・整備を続けているスーパーコンピューター(スパコン)「富岳」が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬開発や感染予防などの研究で早くも威力を発揮している。いずれも理研が神戸大学や京都大学などと連携する共同研究で、研究者らの意識やモチベ―ションは高い。富岳は今月22日には計算速度の世界ランキングで1位になった。新型コロナを克服するためにも、世界に誇る日本のスパコンの成果、活躍が期待されている。

 COVID-19は世界規模での感染拡大が止まらない。米ジョンズ・ホプキンズ大学の集計では、世界の感染者は25日に940万人を、死者も48万人をそれぞれ超えている。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は19日に「パンデミック(世界的大流行)が加速している。世界は危険な新局面に入った」と警戒を呼び掛けた。パンデミック終息のめどはまったく立っていない。

 こうした厳しい状況が続くうえ、新型コロナウイルスについては依然未解明なことが多い。世界中でワクチンや決定的な治療薬の開発競争が進んでいる中、多様な研究を支えるデータサイエンスやさまざまなシミュレーションに威力を発揮する高い計算能力を誇るスパコンが注目されてきた。

 東京都を中心に国内の感染者数が日々増加して緊張が高まっていた4月7日。文部科学省と理研の計算科学研究センターは、富岳をCOVID-19の研究をけん引するために試験利用すると発表した。治療薬の発見や感染予防に関するシミュレーションなどに生かすと宣言したのだ。

 富岳は昨年8月に運用が終了したスパコン「京(けい)」の後継機で、理研と富士通が開発、整備中だ。開発費は京とほぼ同じ、1100億円の見込みだ。計算速度は最終的に京の約100倍を目指している。2021年度に本格利用を始める予定で、現在は完成時の能力には至っていないが、さまざまな研究に十分貢献できると判断された。

 富岳の“先輩”京について少し振り返る。京の開発計画は政府が主導して2006年に始まった。富士通が共同で開発を進め、2012年9月に共用運用を開始した。毎秒1京回(京は兆の1万倍)計算できる能力を持っていた。国内外の大学や公的研究機関、企業などに活用され、スパコンの威力が発揮される地球環境や防災、生命科学、医学・医療といった分野の公的研究ばかりでなく、数多くの企業の開発研究に貢献した。

 京は共用運用前の2011年にスパコンの計算速度の世界ランキングで2回連続世界一に輝いた。しかしその後、中国や米国のスパコンに押されて順位を大きく落としていた。このため政府は「次世代スパコン」を開発する方針を決め、2014年度から富士通と共同で後継機開発を進めてきた。それが後に命名された富岳だった。京と同様に神戸市中央区の理研計算科学研究センターに設置され、京に勝る運用成果が期待されている。

 文部科学省によると、COVID-19研究の分野で富岳に期待しているのは(1)新型コロナウイルス治療薬候補の同定、(2)新型コロナウイルス表面のタンパク質の動的構造予測、(3)パンデミック現象や対策のシミュレーション解析、(4)新型コロナウイルス関連タンパク質に対する「フラグメント分子軌道計算」――の4課題で、今後課題の追加もあり得るという。フラグメント分子軌道計算とは、生体内のタンパク質を標的とする新薬の開発に際して活用できるとされる手法で最近注目されている。

参考 サイエンスポータル: スパコン「富岳」、計算速度などで連覇 

  

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