地球温暖化による異常気象

 地球温暖化の影響か、2021年の夏は集中豪雨がひどい。7月3日には集中豪雨の後、静岡県熱海市の伊豆山を大規模土石流が襲った。 8月11日~14日にかけて九州を襲った集中豪雨は、過去に経験したことのないような記録的な豪雨になった...こんなことが何度も起きている。

 世界でも異常気象は起きていて、北極圏に当たるグリーンランドを覆う氷床の最高地点(標高3216m)で、8月14日に観測史上初めて雪でなく雨が降ったと米国立雪氷データセンターが20日に発表した。グリーンランドの氷床融解は海面上昇につながる。

 こうした状況から国連では、2020年以降の気候変動問題に関する、国際的な枠組み(気候変動枠組み条約締約国会議:COP21)を設定している。2015年の「パリ協定」がそれで、1997年に定められた「京都議定書」の後継になっている。

 COP21は、地球温暖化抑止のため、二酸化炭素の排出量を抑えようというのがその趣旨である。その中で単にエネルギーの消費を抑えるだけでなく、二酸化炭素を減らす取り組みに経済原理を加えた、排出量取引やカーボンオフセット(クレジット)が注目されている。どんなものだろうか?

 排出量取引とは何か?

 排出量取引は京都議定書の中で、規定されている。もとはアメリカにあった硫黄酸化物排出量取引が二酸化炭素に置き換えられたものである。

 1990年代前半から、アメリカ合衆国で硫黄酸化物の排出証取引が行われた(国内排出証取引制度)。

 大気汚染や酸性雨の原因となる硫黄酸化物 (SOx) に排出枠を定めたうえで、排出枠を下回った者がその削減分に付加価値をつけて排出枠を上回った者と取引するもので、硫黄酸化物の排出量の削減に大きく貢献したと見られている。

 アメリカはこうした経験を踏まえ、京都議定書の策定交渉時においても排出取引制度の導入を強く求めた経緯がある。排出取引制度は京都メカニズムとして組み入れられた。これは排出枠の対象を温室効果ガスに変え、対象を国単位に変えたものである。

 カーボンオフセットとは何か?

 カーボンオフセット(炭素クレジット)は、市民や企業が森林の保護や植林、省エネルギー機器の導入などによって生まれるCO2などの温室効果ガスの削減量、吸収量を「クレジット(環境価値)」として発行し、ほかの企業などとの間で売買できるようにする仕組みである。カーボンクレジットとも呼ばれる。

 削減努力をしても、どうしても削減しきれない温室効果ガスの排出量に合わせて炭素クレジットを購入することで、排出量の全部、または一部を埋め合わせする「カーボン・オフセット」ができる。

 COP21では国どうしの間で、炭素クレジット (Carbon Credit) を取引することを認めている。

 炭素クレジットは4種類あり、各国が持つ排出枠に対する削減量である初期割当量 (Assigned Amount Unit, AAU)、各国が吸収源活動で得た吸収量 (Removal Unit, RMU)、クリーン開発メカニズム事業で得られた認証排出削減量 (Certified Emission Reductions, CER)、共同実施事業によって得られた排出削減ユニット (Emission Reduction Units, ERU) に分けられる。

 発生してしまった二酸化炭素の量を何らかの方法で相殺(埋め合わせ)し、二酸化炭素排出を実質ゼロに近づけようという発想がこれら活動の根底には存在する。

 新たなゴールドラッシュになり得るか?

 世界では炭素クレジットの需要が増加している欧米企業を中心に活発に利用されており、日本企業でも活用の動きが広まっている。国内では2013年、炭素クレジットを国が認証する「J-クレジット制度」を開始している。 その一例を示そう。

 アメリカのある農家が、みずからの広大な畑を利用して1900万円を手にできることになった。何か特別な農作物を販売したのだろうか?

 違う。二酸化炭素の削減に取り組み、その「削減量」を売ったのだ。これは「炭素クレジット」と呼ばれ、いま、民間どうしの取り引きが活発化している。

 かつてアメリカでは、金の採掘に人々が殺到する“ゴールドラッシュ”が起きたが、炭素クレジットをめぐる状況は、新たな“ゴールドラッシュ”とさえ呼ばれている。

 炭素クレジットが大きな収入につながったのは、アメリカ中西部オハイオ州の農家、リック・クリフトンさん。

 およそ1200ヘクタールの広大な畑で、秋に大豆を収穫したあと、畑を使わない春までの間、収穫用ではないライ麦などを植えた。

 もともとは土壌の改善のために始めたが、より多くの二酸化炭素を土の中にとどめ、大気中の二酸化炭素の削減につながる効果があるとして、その「削減量」を売れることを知った。

 業者による調査を経て契約したところ、得られる金額は、5年間で17万5000ドル(1900万円あまり)に上ったという。

 「土に養分を与えられ、炭素の貯蔵もできる。その取り組みによる“削減量”に誰かがお金を出したいというなら、取り組まない理由はないですね」とクリフトンさんは話す。

 アメリカでは、環境政策を重視するバイデン政権のもと、炭素クレジットが“新たなゴールドラッシュ”とも表現され、農家などの期待を集めている。

 カーボンクレジットの市場拡大

 このように、炭素クレジットとは、森林や畑などでの取り組みで削減した二酸化炭素の量を、「クレジット」として発行し、企業などが買えるようにする仕組みだ。

 市場規模はここ数年で拡大し、2020年に世界で発行された炭素クレジットは、二酸化炭素2億2300万トン分。5年間で3.8倍に増えた。

 よく聞くようになった温室効果ガスの排出量の“実質ゼロ”がポイント。気候変動対策の国際的な機運の高まりで、特に大手企業には、社会や投資家から厳しい目が向けられている。

 企業が排出量をゼロにすることがどうしても難しい場合、クレジットを購入することで、その分を“削減したこと”にできる。排出量の実質ゼロを目指す企業が増えていることで、クレジットの需要が伸びている。

 現在は1トンあたり平均5ドルほどで取り引きされているが、2030年までに、価格が最大10倍ほどになるとも予測されている。

 環境価値で新たな技術革新と市場原理を

 この分野に積極的に取り組み、注目されているのが、IT大手のマイクロソフト。みずからの排出削減の取り組みとともに、炭素クレジットも活用し、2030年に排出量を“実質マイナス”にする目標を掲げている。

 単にクレジットの買い手となるだけでなく、大気中から二酸化炭素を直接回収する設備を手がけるスイスの企業へ出資したほか、森林の管理や農業ビジネスを手がける企業と相次いで提携している。

 企業や家庭が排出を削減するだけでは不十分で、大気中からも二酸化炭素を減らしていく必要があり、炭素クレジットはそのためのツールになっている。

 二酸化炭素を取り除く技術の開発は重要だが、大きなコストがかかる。資金力のある企業がまず動いて、まだ規模の小さい炭素クレジット市場を健全に成長させなければならない。

 炭素クレジットには課題もあるが、市場が完全なものになるまで10年待てない。最近のアメリカ西海岸の熱波でも見られたように、“気候危機”は緊急性が高く、いま取り組みを始める必要がある。

 気候変動に強い経済社会を目指しながら、ビジネスも発展させるチャンスになる。炭素クレジット市場が健全に大きくなっていけば、大気中から二酸化炭素を回収する取り組みなどに資金が循環し、さらなる技術開発につながるといったことも期待できる。

参考 NHK:新たなゴールドラッシュ? 炭素クレジットに熱視線