素粒子物理学に無限の可能性

 現代の科学は物質を細かく研究していくことで発展している。例えば電子機器は「電子」を利用、原子力では「原子核」や「中性子」を利用している。

 これらは、とても小さい粒子だ。物質を細かくしていくと原子になるが、原子はさらに「原子核」と「電子」に分かれる。原子核を分解すると「中性子」と「陽子」に分かれ、陽子や中性子は「中間子」「クォーク」「レプトン(電子など)」に分かれていく...どこまで細かな粒子があるのかまだ分かっていないのが現状だ。

 現代科学はこれらのさまざまな粒子を利用することで発展してきた。これからも発見・利用法の開発が続いていくに違いない。素粒子物理学は、可能性が無限大の楽しみな分野である。

 その中でも、最近注目されている粒子の性質に「スピン」がある。「スピン」とは何だろうか?

 スピンとスピン流

 「スピン」とは電子などの素粒子や原子核などの複合粒子のもつ、回転エネルギー(角運動量)のこと。そして、電気をもっている粒子が回転すると、電磁石と同じように磁力(磁気モーメント)を生じる。この素粒子の持つ角運動量と磁力の両方がスピンの特徴だ。

 磁界には向き(N極)があるから「スピン」が上向き(N極が上)のものと下向き(N極が下)のもの、二通りがあることになる。つまり同じ電子でも、スピンを考えると2通りの電子が存在する。

 スピンは電子だけでなく、電子がまわる原子核にもある。これを「核スピン」という。

 そして、電子の流れが電流であるように、スピンにも同様に「スピン流」がある。スピンの持つ「揺らぎ」が隣り合うスピンへと次々に伝わっていき、スピン流が起こる。

 「スピン流」は磁界の変化と考えてもよい。スピンが上向きの電子が多数流れると磁力が強くなり、スピンが上向きと下向きの電子が同数で流れると磁力が弱くなる。

 核スピンを利用した熱伝変換を発見

 今回、東京大学などの日米研究グループが、原子核が自転する性質「核スピン」を利用し、熱で発電できることを発見した。

 電子のスピンでは知られていた現象だが、核スピンは絶対零度に近い超低温で起こるのが特徴だという。物性の新たな地平を切り開くと同時に将来、エネルギー分野で利用する可能性もある。

 金属や半導体に熱を与えると温度差ができて電子が流れ、電気が起こる。逆に電気から熱を生じることもできる。こうした現象は「熱電変換」と総称され、排熱から電気を起こせばエネルギーとして利用できるなどと期待されている。

 電子のスピン流からも、熱電変換により電気が起こる。磁場で制御しやすいなどの利点があり、研究や応用が進んでいる。ただ高温に限られ、温度が下がると効果が激減して消えてしまう。

 こうした中で研究グループは、これまで注目されなかった核スピンで熱電変換が起こるか、確かめる実験を行った。

 電子スピンから核スピンへ応用

 炭酸マンガン(MnCO3)に白金(Pt)の膜を施した試料に熱を与えた。その結果、マンガンの核スピンの揺らぎにより、炭酸マンガンと白金の境界にスピン流が生じ、電気を検出することに成功した。

 電気はマイナス253度付近以下で発生。絶対零度(マイナス273.15度)に近いマイナス273.05度まで増大した。しかも14テスラという強磁場でも十分に生じた。

 物体の温度差で電気が起こる「ゼーベック効果」が発見された1821年からから200年の節目で、この「核スピンゼーベック効果」を発見した。核スピンは電子スピンに比べ揺らぎのエネルギーが圧倒的に小さく、絶対零度近くまで揺らぎ続ける。この性質が熱電変換に生きた形だ。

 研究グループの東京大学大学院工学系研究科の吉川(きっかわ)貴史助教(スピントロニクス)は「核スピンと熱電変換という2つの研究領域を結びつけ『核スピン熱電科学』の端緒を開いた。こんなことができるとは誰も思っていなかったのでは。」

「核スピンは核磁気共鳴(NMR)や核磁気共鳴画像(MRI)技術で分析ツールとして利用されてきたほか、量子コンピューター技術で注目されている。用途は限定的にみられてきたが、今回の成果により、低温域で熱利用に生かすという視座を得た」と述べている。

参考 東京大学: 東京大学大学院 工学系研究科 | 世界初の核の自転を利用した熱発電 (u-tokyo.ac.jp)