氷の中の極限環境生物

 世の中にはこんな所にも生きているのか?と思うような生物がいる。例えば深海の高圧化でも生きている魚、クサウオ...。30年以上冷凍保存されても、宇宙空間で強烈な放射線を浴びても、生き抜くことができるクマムシ...。このような生物のことを極限環境生物という。

 極限環境生物は、無酸素ないしは極低濃度酸素下、超高圧や高温高熱下、高アルカリや高酸性下、極賓栄養条件下、大量放射線下、有機溶媒や高濃度塩水中などのような極めて過酷な環境下に生存する生命体である。

 そして、この生物も極限生物と言えるだろう。それはコオリミミズ。コオリミミズはヒメミミズ科のミミズの一種。一生を0℃の環境で過ごす数少ない生物である。氷の中でないと生きていけない変わりものだ。

 体長1 - 2cm程度で、体色は黒い。気温が-7~+4℃の間でしか生きられないため、0℃に保たれている氷や雪の中に生息している。普通のミミズと同様に静水力学的骨格を持ち、氷を掘り進むことができる。氷雪藻類や風で飛ばされてきた花粉などの有機物を餌にしている。

 氷河の中で暮らす謎だらけのミミズ

 米国ワシントン州にあるレーニア山南面のパラダイス氷河を覆うコオリミミズ。コオリミミズは0℃で繁栄する科学上の「パラドックス」だ。

 氷河は一見、生命のいない不毛な氷の塊だ。しかし、目に映るものがすべてではない。氷河には多数の小さな生物が暮らし、豊かな生態系を形づくっている。

 コオリミミズ(Mesenchytraeus solifugus)は、北米大陸西部の氷河で最も目立つ生物だ。体長は1センチを上回る程度で、デンタルフロスくらい細く、米国の太平洋岸北西部、カナダのブリティッシュ・コロンビア州、米国アラスカ州の氷河に点在する。

 この小さな黒いミミズは夏の午後から夜にかけて氷上に大量に現れ、藻類や微生物などを食べる。そして、夜明けとともに氷の中に潜り、冬が来ると氷の奥深くに姿を消す。

 ミミズの遠い仲間であるコオリミミズは、雪や氷の中の冷たい水の層で生きている。適温は水が凍る0℃付近だ。これはほとんどの生物、特に体温調節能力を持たないミミズのような変温動物には不可能なことだ。

 氷河が消えるとミミズも消える

 コオリミミズはどのようにこの離れ業を演じているのだろう? 科学者たちはコオリミミズのトリックをいくつか発見した。そして、この奇妙な生き物を理解することは極めて重要であり、しかも、緊急の課題であると述べている。

 コオリミミズがどのように過酷な環境に耐えているかを知ることは、地球上、そして地球外の生命の限界を理解する助けになる。

 しかし、氷河が消えていくと同時に、コオリミミズも消えていく。「コオリミミズがいなくなる前に、できる限りのことを知りたいと思っています」と、米ペンシルベニア州にあるハバフォード大学の生物学者シャーリー・ラング氏は語る。

 氷河が現在のペースで解け続ければ、「彼らはほぼ間違いなく、いずれいなくなるでしょう」

 寒くなると元気になる不思議

 生物学の法則では、温度が下がると、生理的な反応が遅くなり、エネルギーレベルが低下する。恒温動物はエネルギーを消費することで、体温を一定に保っているが、変温動物は寒くなると不活発になり、休眠状態に入る。しかし、コオリミミズは違う。

 「彼らの場合、寒くなるとむしろエネルギーレベルが高まります」とシェイン氏は説明する。「これは一種のパラドックスです」

 シェイン氏と、氏の研究室で博士号を取得したラング氏は一連の論文でその理由を説明している。すべてに関係しているのが「アデノシン三リン酸(ATP)」という特殊な分子だ。ATPは細胞内でエネルギーの通貨として働き、体内の反応の大部分を支えている。

 ATPはATP合成酵素という複雑な酵素を使って合成されるが、この酵素は既知のすべての生物にほぼ共通している。ATP合成酵素は100%に近い効率で仕事をこなす。こんな発明は人間には不可能だ。生化学者たちは畏怖の念を抱いており、シェイン氏は「驚異的なマシン」と表現する。

 ATPをつくる特別なDNAが「水平伝播」

 コオリミミズはATP合成酵素をつくるDNAに細工を施し、このマシンによるATPの合成を速めているらしい。「ターボのようなものです」とシェイン氏は語る。

 シェイン氏によれば、合成を速めるこの進化を説明するのは難しいが、高地の菌類に見られる遺伝物質を盗み取った可能性があるという。

 これは遺伝子の「水平伝播」と呼ばれる。もしそうであれば、極めて異例だ。他生物から取り入れたDNAは通常、ATPを合成する場所であるミトコンドリアに組み込まれることはない。

 遺伝子の追加に加えて、コオリミミズは細胞の“サーモスタット”にも改造を施しており、寒いときもATPを合成できるようになっている。

 この2つの変化によって、コオリミミズの細胞のATP濃度は他の生物よりはるかに高くなっている。これらが、凍えるような寒さの中でもコオリミミズがエネルギーレベルを維持している説明になる。

 メラニン色素が葉緑素のような働きをする?

 エネルギーレベルの高さについて、ラング氏は別の仮説を探ろうとしている。コオリミミズにはメラニンがぎっしり詰まっている。人の皮膚を紫外線から守っているあの色素だ。

 コオリミミズでは、脳から消化管、筋肉に至るまで、全身にメラニンが存在する。

 植物の光合成で葉緑素がやっているように、メラニンは特定の状況下で太陽光のエネルギーを吸収し、化学的なエネルギーに変換できると示唆する研究結果もある。

 ラング氏は、これがコオリミミズに起きているのではないかと考え、この仮説を検証してみたいと望んでいる。

 コオリミミズが凍らないしくみ

 コオリミミズ(氷蚯蚓、学名: Mesenchytraeus solifugus)はヒメミミズ科のミミズの一種。一生を0℃の環境で過ごす数少ない生物である。

 体長1 - 2cm程度で、体色は黒い。気温が-7~+4℃の間でしか生きられないため、0℃に保たれている氷や雪の中に生息している。普通のミミズと同様に静水力学的骨格を持ち、氷を掘り進むことができる。氷雪藻類や風で飛ばされてきた花粉などの有機物を餌にしている。

 コオリミミズの体液はグリセリンを含んでいて凝固点降下を起こしているため、-7℃以下にならなければ凍結しない。反面、浸透圧が高くなっているため、常温の水に入れると過剰に吸水し、細胞膜が破裂して死ぬ。また、5℃を越える外気に暴露されると体が自己分解を起こして死ぬため、氷の中でしか飼育することができない。

 アラスカから北ワシントン州まで沿岸の氷河に分布している。

参考 National Geographic :氷河に暮らす謎だらけのミミズ、氷河とともに消える恐れ  (nikkeibp.co.jp)