野生動物には寄生虫がいるかも
あたり前のことかもしれないが、魚など動物を生で食べるときは十分注意しなければならない。それは寄生虫がついているかもしれないからだ。
シャケやタラ、ニシンにつくアニキサスが有名だ。1965年頃までは海産魚介類の寄生虫は無害とされてきたが、テレビなどで度々芸能人が被害者として取り上げられたので有名になった。
最近では魚類以外の動物の寄生虫が問題になっている。それは生野菜についていることがある。そればかりか自然界に広く存在するのでうっかり、口の中に入ってしまうかもしれない。生野菜はよく洗い、水筒のふたは閉める必要がある。その生物は何だろうか?
正解はナメクジやカタツムリである。
オーストリアの感染例
オーストラリア人のサム・バラード氏は19歳のとき、パーティで友人たちにけしかけられてナメクジを食べた。数日のうちに、彼は珍しいタイプの髄膜炎にかかり、それから1年以上昏睡状態が続いた。意識が戻った後も首から下の麻痺は治っていない。
医師によると、バラード氏の病気の元凶はナメクジに寄生する広東住血線虫(Angiostrongylus cantonensis)だという。
広東住血線虫の感染者はバラード氏の他にもいる。なかには氏と同じように、周りにけしかけられた結果として罹患した例もある。これまでに少なくとも3件の感染例で、少年や青年がナメクジやカタツムリを食べていたことがわかっている。
脳に入る寄生虫が温暖化で北上
さらに注目すべきは、この寄生虫が今、世界のこれまで確認されていなかった地域にも広がっていることだ。
アジア原産の広東住血線虫は現在、アフリカ、オーストラリア、カリブ海諸国、米国南部などでも見られる。2017年には米ハワイ州の疫学者サラ・パーク氏が、同州での感染例が年間10件ほどにのぼると報告した。
ブラジルの場合、広東住血線虫が国内に持ち込まれた原因は、エスカルゴの養殖だと考えられている。1980年代末、ブラジルではアフリカ産の巨大なカタツムリを養殖するキットが販売され、自宅でできる副業として人気を博した。
しかし、ブラジルではエスカルゴ料理はさほど好まれなかったようだ。やがてこの仕事が成り立たなくなると、カタツムリは周辺の土地に進出し、同時に広東住血線虫も定着した。ナショナル ジオグラフィックは2007年に、アフリカ産のカタツムリが原因で、ブラジルで2人が髄膜炎にかかったことを報じている。
広東住血線虫はカタツムリやナメクジの仲間に寄生する。寄生しても明らかな兆候が見られないため、屋外で目にする個体がキャリアなのかどうかを見分けることは不可能だ。
「カタツムリにはたくさんの寄生虫がいます。鳥をはじめ、多くの動物の餌になりますから。寄生虫にとっては、他の動物に食べられる宿主がありがたいのです」
フロリダ州で行われた調査
米フロリダ州南部で広東住血線虫の調査をおこなったフロリダ大学の寄生虫学者、ヘザー・ストックデール・ウォルデン氏はそう語る。
水に入り込んだカタツムリが動物に食べられることもある。フロリダ州では、イヌ、馬、鳥の他さまざまな野生動物から広東住血線虫が見つかった。
2004年には、広東住血線虫が原因でマイアミ州メトロ動物園のシロテテナガザルが死に、2012年には、マイアミ在住の個人が飼育していたオランウータンが、カタツムリを食べたあとで死亡した例も報告されている。
広東住血線虫が世界中に広がりつつある今、我々人間の方が現状に適応しなければならないと専門家は言う。そのためにまず心がけたいのが、生のカタツムリやナメクジを食べないことだ。
世界に広がる生息域
英語で「rat lungworm(ネズミ肺線虫)」と呼ばれる通り、広東住血線虫は生涯の一時期をネズミの肺で過ごす。
感染したネズミが咳をして、肺から喉に幼虫が吐き出されると、すぐにまた飲み込まれて腸を通り抜け、糞と一緒に排出される。続いてカタツムリやナメクジがこの糞を食べ、幼虫が体内に取り込まれ、しばらくの間、新たな宿主の中で成長する。
広東住血線虫が繁殖するには、その後、幼虫がネズミの体内にふたたび戻らなければならない。このステップは、感染したカタツムリやナメクジをネズミが食べることで完了する。
ネズミの体内に戻った幼虫は脳に移動し、そこである程度まで成長してから、心臓と肺を繋ぐ肺動脈に移る。心臓から血液が送り出されてくるこの場所で、広東住血線虫はようやく交尾に至る。
広東住血線虫のこうした習性を見ると、カタツムリやナメクジを人間が口にしたとき、なぜあれほど深刻な状況が引き起されるのかがよくわかる。
ネズミの場合と同様、体内に入った広東住血線虫は脳を目指す。そして、ときに脳を守る障壁を越えて内部まで入り込むが、いったん入ってしまった虫は外に出られない。
感染を避ける方法は
生のカタツムリやナメクジと同様、カエルや淡水性のカニやエビを生で食べることもおすすめできない。米疾病対策センター(CDC)によると、こうした食材は少なくとも3分間茹でるか、内部の温度を最低74℃まで上昇させた状態で(鶏肉も同様)、少なくとも15秒間調理して寄生虫を殺す必要がある。
ナメクジを食べないようにすることなど簡単だと思う人もいるかもしれないが、ふとした偶然から小さな個体を口にしてしまうことは十分に考えられる。また、ナメクジが通った後に残る粘着物にも寄生虫がいることがある。
「家や庭周辺のカタツムリ、ナメクジ、ネズミなどを除去することも、リスク軽減につながります」と、CDC寄生虫性疾患局疫学チームの責任者スー・モンゴメリー氏は言う。
「野菜を生で食べるときにはよく洗い、水筒などはカタツムリやナメクジが入らないよう、確実に蓋を閉めてください」
庭の野菜につくナメクジを退治する際には、死骸をその場に置きっぱなしにしないようにすることが重要だ。ネズミ、ペット、野生動物などが死骸を食べてしまうおそれがある。
そしてアメリカ北部に住む人たちにとっても、これは他人事ではない。ウォルデン氏は言う。「温暖化で気温が上昇するにつれ、カタツムリは北へ移動しています。遅かれ早かれ、彼らは北部へもやってくるでしょう」
広東住血線虫
広東住血線虫症(angiostrongyliasis)とは、広東住血線虫(Angiostrongylus cantonensis)の幼虫が寄生したために発生する人獣共通感染症である。
原因となる虫体は1933年にネズミの血管の中から見い出された事により「住血」と命名され、最初は住血吸虫に分類された。
1945年に台湾でヒトでの症例が報告された。本症の終宿主はネズミであり、ネズミから排出された第1期幼虫が中間宿主であるナメクジ類に摂取されると、その体内で第3期幼虫まで発育する。
このナメクジ類がネズミに摂取されると第3期幼虫は中枢神経に移動し、第5期幼虫まで発育する。第5期幼虫は肺動脈へと移動して成虫となる。中間宿主が待機宿主に摂取された場合は、第3期幼虫のまま寄生する。
本症は、広東と付くものの、実際は、太平洋諸島、極東、東南アジア諸国、オーストラリア、アフリカ、インド、インド洋の島々、カリブ海の島々、北米など地球上に広く分布する。
日本での感染例
日本では、2000年に沖縄県で死者が出ただけでなく、沖縄県で本症病原体に汚染されたサラダの摂食による感染例まで報告された。
また、オーストラリアでは、当時19歳だった男子学生が、友人達との悪ふざけでナメクジを食べたため本症にかかり、8年間の闘病の末に2018年11月2日に死亡した事例がある。
さらに、アメリカ合衆国のハワイ州では、2018年に10例、2019年5月までに5例と患者数は増大傾向にある。病原体に汚染された、生野菜、手指、飲料水などを摂取した事によっても発生し得るため、注意が必要である。
なお、本症病原体はナメクジだけでなく、タニシなどにも多数認められる。様々な動物に感染し得て、ヒラコウラベッコウガイからは勝手に広東住血線虫が体外へ出て行く事も確認された。アフリカマイマイに起因すると考えられる発症例の報告もある。
なぜ、寄生虫は脳を目指すのか
ヒトでは中間宿主や待機宿主によって汚染され、幼虫が混じった食品や水の摂取により寄生が成立する。感染から発症までは 12日から28日程度とされ、ヒトの体内に侵入した第3期幼虫の多くは中枢神経系へと移動し、出血、肉芽腫形成、好酸球性脳脊髄膜炎などを引き起こす。
なお、第3期幼虫が中枢神経系へ移動する理由としては、免疫システムからの回避、成長に必要な脳由来酵素の獲得、槍型吸虫やロイコクロリディウムのような宿主のコントロールといった仮説が挙げられる。
参考 National Geographic:脳に入る寄生虫が温暖化で北上中
��潟�<�潟��