マンモスで「更新世パーク」をつくる
もしも、中生代白亜紀末期に絶滅した恐竜たちを現代に蘇らせたら...?珍しい動物が見られる、大人気のアトラクションパークができるに違いない。
そんな世界を描いたのがマイケル・クライトンのSF小説「ジュラシック・パーク」である。この小説は映画化され大ヒットした。
実際に、恐竜のDNAが解読できれば、恐竜を蘇らせることも可能になってきている。しかし、化石の中のDNAは長い年月の間に分解され断片化していてまだ完全には解読に成功していない。
しかし、マンモスであればどうだろうか?現在シベリアの凍土の中から、1万年から数千年前に絶滅したとされるマンモスが次々に発見されている。
今回、ハーバード大学医学校のジョージ・チャーチ教授率いる遺伝学研究チームが、4000年前に絶滅したマンモスの復活を目指すプロジェクトを発表した。
マンモスの「クローン」による復活
研究チームの目標は、マンモスのクローン作製ではない。永久凍土の中で凍結されていたマンモスのDNAを抽出することには成功したが、このDNAは断片化や劣化が激しくクローン作製は不可能だった。
バイオテクノロジーを使って絶滅危惧種を保護し、さらに絶滅した種さえも復活させようという取り組みは、今に始まったことではない。2009年に研究者たちは、2000年に絶滅したピレネーアイベックスのクローンの作成に成功した。ただし、クローンはわずか数分間しか生きられなかった。
絶滅していないヒツジのクローン「ドリー」でさえ、1996年に誕生した2003年に死亡した。生存期間はわずか6年と7ヶ月で長くは生きていなかった。まだまだクローン技術は発展途上なのである。
そこで遺伝子を操作して、外見はマンモスと区別がつかないゾウとマンモスのハイブリッド(雑種)を作り出すことをまずは目指している。
遺伝子改変技術「クリスパー・キャス9(CRISPER-Cas9)」
チャーチ氏は「2021年まで、これは一種の棚上げされたプロジェクトだった。だが今、それが実現可能になった」と指摘する。
それが可能になったのが2020年のノーベル生理学医学賞を受賞した遺伝子改変技術「クリスパー・キャス9(CRISPER-Cas9)」である。
チャーチ氏は最先端の遺伝学者で「クリスパー・キャス9(CRISPER-Cas9)」を使って、人間への移植に適した臓器をもつブタを作製した。人間に臓器を移植できるブタを作製するためには42の遺伝子改変を必要としたと同氏は説明。「ゾウの場合、目標は違っても改変の数はそれほど変わらない」と話す。
チャーチ氏によると、研究チームはこれまでに23種のゾウと絶滅したマンモスの遺伝子を解析した。アジアゾウが北極圏で生存・繁殖できる特徴を獲得させるためには、アジアゾウの遺伝情報に「50あまりの改変」を同時にプログラミングする必要があると推定している。
そうした特徴には、10センチの断熱脂肪層、最大で長さが1メートルある5種類の体毛、寒さに耐えられる小さな耳などが含まれる。象牙目当ての密猟者に狙われないよう、牙が生えないようにする遺伝子操作も試みる。
人工子宮か 代理母か
そうした特徴を兼ね備えた細胞のプログラミングに成功すれば、人工子宮を使って胚(はい)から胎児へと成長させる計画。
ゾウの場合、この過程には22カ月を要する。ただ、この技術はまだ確立には程遠いとして、生きたゾウを代理母として使う可能性も排除していない。
「編集は順調にいくと思う。それに関して我々には豊富な経験がある。人工子宮の作製は保証されていない。これは純粋な工学ではなく、科学の要素が多少あり、そのために不確実性が増し、実現までに時間がかかる」とチャーチ氏は話している。
マンモスの進化を専攻するストックホルム古遺伝学センターのロベ・ダレン教授は、この取り組みには科学的な価値があると考える。特に遺伝の病気があったり、近親交配で遺伝の多様性が失われている絶滅危惧種の保全に役立つという。
ただ、ここで生まれる動物はマンモスではなく、毛の長くて脂肪を蓄えたゾウだとも指摘。マンモスをマンモスたらしめる遺伝子の手がかりはほとんどないと語る。
一方、遺伝子操作した動物を誕生させる目的で、生きているゾウを代理母として使う点に倫理上問題があると指摘する声もある。ダレン氏は、マンモスとアジアゾウは人間とチンパンジーぐらい違うと語る。
マンモスの復活が地球温暖化を抑制する?
チャーチ氏は、ロシアの生態学者で、ロシア連邦サハ共和国の町チェルスキーにある北東科学基地所長のセルゲイ・ジモフ氏に出会う。
1980年代からシベリアの永久凍土を研究しているジモフ氏は、その融解に伴って大量のメタンと二酸化炭素が大気中に放出されるだろうと警鐘を鳴らしてきた。
しかし同時に、その炭素をどうやって地中に留めておくかについて、ジモフ氏はあるアイデアを持っていた。
それを検証するため、1996年に息子のニキータ氏とともに、チェルスキーに近いツンドラの土地に、フェンスで囲った「更新世パーク」を開設した。そこへ、シカ、バイソン、トナカイ、フタコブラクダなど大型の草食動物を導入して、動物たちが大地へ与える影響を調べている。
「更新世パーク」にようこそ!
ロシア北部に作られた現在の「更新世パーク」には、湖と湖の間を縫うようにして、緑豊かな自然が広がっている。
数万年前の更新世の頃、ヨーロッパ、アジア、北米大陸の大部分は、肥沃な草原に覆われ、多様な草食動物が所狭しと歩き回っていた。ところが1万年前には、おそらく狩りなどの人間による影響もあり、世界各地でマンモスを含む多くの大型草食動物が絶滅する。
草を食べることで草原の環境を維持していた動物たちがいなくなると、灌木や背の高い樹木、コケが生え始め、緑豊かだった草原は現代のようなツンドラやタイガに取って代わられた。
肥沃な草原を維持するためには、マンモスが欠かせなかったのではと、ジモフ氏は考えている。巨大な体で木を倒し、土を掘り返し、排泄物で栄養を与え、草の成長を助けた。さらに、重い足で雪と氷の大地を踏みしめ、北極圏の冷たい空気を永久凍土の奥深くまで押し込んでいたのだろう。
更新世パークにはマンモスはいないが、フェンスの中に現在放されている草食動物たちが、既に大地の再生に貢献している可能性がある。2020年3月に学術誌「Scientific Reports」に発表されたジモフ氏らの論文によると、冬の間、更新世パークの踏み固められた土は、公園の外の土と比べて温度が6℃以上低くなる可能性が示された。
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