終戦80年唯一の被爆国
今年は、戦後80年となる。2025年夏、ウクライナや中東などの国際情勢は混迷を極めている。現実に戦争は地球上でまだ続いている。特に心配されているのが核兵器である。核兵器の使用が取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれない。
日本は広島・長崎に原子爆弾が投下された唯一の被爆国である。広島に投下された原爆には、核分裂物質としてウラン235が使わた。長崎に投下された原爆にはプルトニウム239が使わた。戦後80年になり戦争体験者も年々少なくなっていく。原子爆弾の悲惨さを記録している国は日本しかない。どのような惨状だったのか振り返ってみたい。

原子爆弾の威力
原子爆弾の威力は熱戦・爆風・放射線の3つに分けることができる。原爆のさく裂後に発生した火球の表面温度は、約0.2秒後にはセ氏7,700度に達し、放出された熱線は、さく裂後0.2秒から3秒までの間に、地上に強い影響を与えた。
爆心地周辺の地表面の温度はセ氏3,000から4,000度にも達し、爆心地から半径3.5キロメートルまでの地域にいた人も火傷を負った。特に、約1.2キロメートル以内で、さえぎるもののないまま熱線の直射を受けた人は体の内部組織にまで大きな障害を受け、そのほとんどが即死、または数日のうちに死亡した。
原爆は空中で爆発し、高圧の空気の壁といえる衝撃波が発生した。その圧力は、爆心地から500メートルの所では、1平方メートル当たり約11トンに達したと考えられている。
吹き飛ばされて失神した人、負傷した人、倒壊した建物の下敷きになって圧死した人が相次ぎました。爆心地から半径2キロメートルまでの地域では、木造家屋はほとんどが倒壊、鉄筋コンクリート造の建物は崩壊を免れたものの、窓はすべて吹き飛ばされ、内部にいた人たちの体には無数のガラス片が突き刺さった。
大量の放射線は人体の奥深くまで入り、細胞を破壊し、深刻な障害を引き起こす。原爆は100万分の1秒というごく短い時間で起こった核分裂の後にさく裂した。核分裂の開始からさく裂後1分までに放出された放射線を初期放射線といい、爆心地から1キロメートルの地点でも、死に至る急性放射線障害を発症するほどの量に達した。
そして、残留放射線が地上に残り、その後、入市した人々も被爆した。放射線による障害は、被爆直後だけでなく、白血病やがんなどのように何年もたって症状が現れる場合がある。放射線による影響については今でもまだ十分に解明されておらず、今後も研究を続けていく必要があるという。

��潟�<�潟��