海に眠る30万人の英霊に祈る
8月13日〜16日はお盆、15日は終戦記念日である。ゆっくりする時間が取れたので、日本のご先祖様が命をかけて日本を守った太平洋戦争を振り返ってみる。
真珠湾攻撃の際、米太平洋艦隊ヨークタウン、エンタープライズ、レキシントンの3隻の空母は、事前に島を離れていたため被害を免れた。
ミッドウェー海戦後の日本は悲惨だ。日本の航空艦隊空母、赤城、加賀、飛龍、蒼龍4隻は撃沈、その後制空権だけでなく制海権も奪われ、日本は戦艦だけでなく輸送船、民間船が次々に沈められる。太平洋戦争で亡くなった人は310万人。そのうち30万を超える人が海で犠牲になった。その遺骨は、東南アジア諸国の周辺から太平洋などにわたる大海原に眠っている。このうち収容されたのはおよそ4700人分。全体の1%程度。

映画「ミッドウェー」
「国力の差は明らか」山本五十六は述べている。「戦争するなら先制攻撃をかけて大打撃を加え、有利な状況にしてから和平交渉にあたる」という戦略で始まった真珠湾攻撃。
この戦略は間違っていなかった。小国日本が生き残るにはこの方法でしか勝てなかった。日清戦争や日露戦争がそうだった。真珠湾戦争は成功したが、小打撃でしかなかった。空母3隻を発見できなかったこと、2次攻撃の後の3次攻撃をやめ、燃料貯蔵設備を破壊できなかったことが大きな誤算だった。
次に考えたのがミッドウェー島の攻略だった。山本五十六は、いわば“取り逃がした”空母を攻め、早期に決定的な打撃を与えようと考えていた。アメリカ軍の飛行場があったミッドウェー島を攻撃して、そこに米空母をおびき寄せ、決戦に持ち込む作戦が練られた。
日本軍の暗号解読に成功
一方、劣勢にあったアメリカは日本側の動きをつかもうと必死だった。直前に暗号の一部解読に成功し、日本側がミッドウェー島をねらっていることをつかんだ。こうして島の防備を固めるとともに、空母3隻などで待ち伏せする体制をつくることができた。
日本も敵空母を必死に探していたが、米国の暗号解読など情報量の差がしだいに不利な状況をつくった。
1946年6月5日、4隻の空母から飛び立った零戦など108機は、ミッドウェー島の上空で待ち受けていた米軍機を圧倒し、島の施設を攻撃した。日本は島の燃料タンクや発電所などに損害を与えたが、歯車が狂い始める。
体制が錯綜する空母内
この時、空母には、アメリカ艦隊を攻撃するための魚雷を積んだ航空機が待機していた。しかし、ミッドウェー島へのさらなる攻撃を行おうと、現場の指揮官が方針を転換、魚雷を爆弾につけかえる命令を下す。
その直後、偵察に出していた航空機から、アメリカの艦隊らしきものを発見したという一報が入る。指揮官は、爆弾へのつけかえを停止しろという命令を下した。魚雷と爆弾は大きさや形が大きく異なるため、つけかえ作業には時間がかかる。
混乱の中で、魚雷や爆弾がきちんと収納されないまま置かれる、危険な状態になっていた。その間にミッドウェー島を攻撃した部隊が空母に戻り始め、甲板を空ける必要が生じ、航空機を発進させるのも難しくなった。
米国の狙い空母の艦爆
日本側の攻撃態勢が整わないなかで、アメリカ空母から飛び立った米軍機が、日本の空母を襲ってきた。爆撃機が急降下し爆弾を投下、3隻の甲板に次々と命中した。つけかえ作業中だった魚雷や爆弾にも誘爆し、大爆発が起こる。ただ1隻残った空母が反撃し、アメリカの空母1隻に大損害を与えたが、こちらも急降下爆撃を浴びて火災を起こした。
3,000人以上の将兵がすさまじい爆風と炎、煙に巻き込まれ、亡くなった。ある水兵は「燃えさかる中を無我夢中で火中に飛び出したが、体が焦げるように熱く、熱さに耐えかね、泳ぎもできないのを忘れ15メートル下の海面に飛び込んだ」と記録した。
「大本営発表」の始まり
空母4隻を失ったこの敗北について、大本営は空母1隻喪失、1隻大破、逆に米空母2隻を撃沈したと発表、新聞は「太平洋の戦局此一戦に決す」と全く逆に伝えた。真実を知らない国民は、ミッドウェー海戦に勝ったと信じて疑わなかった。
大本営は、その後制空権、制海権の無い、不利な状況で戦わざるを得ず。もう一撃を狙いつつ、休戦のタイミングを探したが、情報戦に優る米国には徹底的に痛めつけられ、国民が気づいた時には沖縄戦敗北、本土大空襲、広島、長崎の原爆投下、悲惨な状況での無条件降伏しかなかった。
敗因その1「情報戦に負けた」
この情報戦には、2つの意味がある。1つは戦う前の現状分析である。「国力の差は明らか」山本五十六は述べている。どの程度戦力に差があるか正しく認識すること。…これはできていたと思う。
2つ目は、敵の動きを正しく察知すること。ミッドウェー海戦の時に日本軍の暗号は解読され、すでに不利な状況に置かれた。一説では真珠湾攻撃の時期さえ解読されていたという。
米大統領フランクリン・ルーズベルトは太平洋戦争に開始する理由を得るため、日本の動きを事前にキャッチしており、先制攻撃をさせるチャンスを待っていたという。日本は最初から不利な状況に置かれていた。
敗因その2「戦略を貫けなかった」
国力の分析ができたら、次は正しい戦略を立てることが重要。小国である日本が大国である米国に勝つには「先制攻撃をかけて大打撃を加え、有利な状況にしてから和平交渉にあたる…」という戦略は正しかった。しかし、真珠湾攻撃は小打撃にしか過ぎず、重要な第3次攻撃を行わなかった。
ミッドウェー海戦の時も現場の指揮官が方針を転換、魚雷を爆弾につけかえる命令を下してしまう。ミッドウェー島攻撃に目的を変えるためであった。何が真の狙いであったか。目的は敵空母破壊ではなかったか。その直後「米艦隊を発見せり」と連絡が入る。
爆弾へのつけかえを停止しろという命令を下したが、魚雷と爆弾は大きさや形が大きく異なるため、つけかえ作業には時間がかかり先制攻撃を受けてしまう。
最後は「情報」は世界を制す
こうして見ると、国力、情報戦ですでに負けており、さらに3次攻撃、空母攻撃できない戦略の不徹底が原因で負けは決定していた。その後の精神論だけで勝てという消耗戦では、多くの人命を無為に犠牲にした。
国力、情報、戦略いずれか1つはと考えてみたが、結局は正しい情報を得ていることが何よりも重要ではないだろうか。
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