中国でブタの肺をヒトに移植、史上初
異種移植とは例えばブタの腎臓をヒトに移植するような移植のことだが、まだまだ問題がある中実施されているのは、それだけ臓器移植を待つ人が多いからである。臓器提供者が現れるまでに患者が亡くなってしまっては元も子もない。
2025年8月25日付けの医学誌「Nature Medicine」に、記録史上初めてブタの肺をヒトに移植したと、中国の科学者が論文を発表した。この移植は2024年5月、脳死状態の患者を対象に広州で行われたが短命に終わり、免疫反応はわずか9日間しか観察されなかったという。
科学者らは実験を終了した理由について、制御不能な感染や臓器拒絶の有無を評価するという「主要な科学的目標が達成されたため」であり、また、家族からの要望もあったと述べている。
同研究により、種を越えて臓器を移植する「異種移植」はまたひとつ重要な節目を迎えたことになる。今回の肺の移植は、近年行われてきたブタの腎臓や心臓をヒトに移植する試みに続く成果となった。

39歳の患者は、遺伝子改変が施されたブタから移植された肺に対し、直ちに激しい拒絶反応を示すことはなかったものの、免疫反応と臓器へのダメージは見られたという。医療現場で肺の異種移植を安全に行えるようになるまでには、まだ「重大な課題」がいくつも残されており、そのひとつは免疫反応に適切に対処することだと、研究者らは指摘する。
肺の移植はなぜ難しいのか
米国各地の病院やバイオテクノロジー企業ではすでに、遺伝子改変を施したブタの心臓や肝臓、腎臓をヒトに移植する臨床試験が進められている。
2024年には、遺伝子改変ブタの腎臓を生きているヒトに移植する試みが初めて行われたが、患者のリック・スレイマン氏は2カ月後に亡くなった。別の患者であるトワナ・ルーニー氏は、ブタの腎臓の移植後、約4カ月で拒絶反応を起こしたため取り除いた。
2022年に遺伝子改変ブタの心臓では初めての移植例となったデビッド・ベネット氏は2カ月後に死亡し、2例目となったローレンス・フォーセット氏は2023年、手術を終えてから6週間後に亡くなった。
さらに、2024年に中国で脳死患者に移植された遺伝子改変ブタの肝臓は、体内で10日間機能を持続したとみられている。
米保健資源事業局(HRSA)によると現在、米国では10万人以上が臓器提供を待っており、そのうち肺を必要とする患者は数千人にのぼる。専門家によると、ドナー肺のうち実際に移植に使えるのは全体の5分の1程度だという。
米ニューヨーク大学ランゴーン同医療センターは2024年、生きている患者へのブタの腎臓移植を2例実施したほか、2021年以降、脳死患者へのブタの腎臓移植を6例行っている。
しかし、肺の移植はほかの臓器よりもはるかに複雑だと言う。なぜなら、汚染物質にさらされながら、周囲の環境と血液とのガス交換をするという重要な機能を担っているからだ。また、肺はサイズが大きいせいで、ほかの臓器よりも拒絶反応が起こりやすいと、バラット氏は言う。
ブタからヒトへの移植を広く行えるようになるまでには、解明すべき生物学的な課題がまだ多く残されている。脳死患者における移植反応を調べる試験を今後何度も繰り返す必要があり、そのためには家族や後見人の同意が欠かせない。
異種移植の歴史
異種移植の最初の重大な試みは1905年に科学的な文献で発表された。Princeteauは腎臓機能不全の小児にウサギ腎臓の切片を移植した。20世紀の最初の20年間では、仔羊、ブタおよび霊長類の臓器を移植に使用するための努力が発表された。
その後、臓器移植の拒絶反応について免疫学的な仕組みがわかり、異種移植に対しての科学的な関心は減少した。しかし免疫抑制薬が発見され、異種移植の研究のブームが再来した。 1954年にジョセフ・マレーが最初に成功した腎臓移植に続いてさらに多くの研究が行われた。ヒトからの臓器提供の倫理的問題に直面した科学者たちは、ヒトの臓器の代替手段を探す努力を加速させた。
1963年、Tulane大学の医師たちは、瀕死の6人の患者に対してチンパンジーからヒトへの腎臓移植を試みた。これをはじめ、霊長類を臓器ドナーとして使用したいくつかの試みは失敗し、さらに死体から臓器を調達するプログラムが発達し、異種移植への関心はまた薄れていった。
1984年にヒヒの心臓を受けた異種移植の最初の幼児の受診者は、赤血球性左心筋症候群の「Baby Fae」と呼ばれるアメリカの幼児であった。手術は、カリフォルニア州のLoma Linda 大学の医療センターのLeonard L. Baileyによって行われた。 Faeは手術後21日後に亡くなった。主としてABO式血液型の不一致が原因と考えられる拒絶反応のためと考えられ、血液型がO型のヒヒは希少であり、やむを得ないと考えられた。この移植は適切なドナーがみつかるまでの一時的なものであることを意図していたが、時間内にドナーは見つけられなかった。
免疫不全マウスへのヒトの腫瘍細胞の移植も異種移植であり、腫瘍学研究でよく使用される研究手法である。ヒトの臓器は動物に移植され、ヒトの臓器の研究がされてきた。
2021年秋、頭部外傷によるヒト脳死者から両側の腎摘出が行われ、その後、ヒトの異種移植用に遺伝子操作されたブタから2つの腎臓が移植された。使われたブタはRevivicor,Inc.から提供され、2つのヒト補体阻害遺伝子(hDAF、hCD46)、2つのヒト抗血液凝固遺伝子(hTM、hEPCR)、2つのヒト免疫調節遺伝子 (hCD47、hHO1)が挿入され、3つのブタの糖鎖抗原となるブタ遺伝子の欠失(下記参照)、およびブタ成長ホルモン受容体遺伝子の欠失 (ノックアウト)された10-GEブタが使用された。
74 時間後の終了まで、ブタの腎臓への超急性拒絶反応は観察されなかった。ブタのレトロウイルスの感染は検出されなかった。終了後の生検では、細胞性拒絶、抗体や補体タンパク質の沈着はみられなかったが、重症度が進行しない血栓性微小血管障害(TMA)がみられた。ブタの腎臓は尿を生成したが、クレアチニンクリアランスは回復しなかった(2022年4月発表)。
別の例で、2021年2名の脳死者へブタの腎臓が移植された。ブタはRevivicor,Inc.から提供された。こちらの例ではクレアチンクリアランスは回復した。54時間後の終了時まで超急性拒絶反応は観察されなかった(2022年5月発表)。
2022年1月、アメリカのメリーランド大学のチームが、心臓病の患者にブタの心臓を移植。7週間後に死亡した。後の調査で、移植した心臓の壁が厚くなり心筋が壊死していたこと、ブタ由来のサイトメガロウイルスが検出されていたことなどが判明しており課題を残した。
それにしてもなぜブタなのか
それにしてもなぜ人への移植がブタなのだろうか。もっとヒトに近縁な霊長類が臓器ドナーとしてふさわしいのではないだろうか。チンパンジーはもともと臓器のサイズがヒトと同じサイズであり、ヒトとの血液型適合性も良好で、異種移植の候補として最良と考えられていた。
しかし、チンパンジーは絶滅の危機に瀕している種であり、他のドナーが求められた。ヒヒはより容易に入手できるが、ドナーとしては実用的ではない。身体のサイズが小さいこと、血液型O(普遍的なドナーとなりうる)の割合が低いこと、長い妊娠期間、出産数の少なさなどの問題がある。さらに霊長類からの移植に関する主な問題は、ヒトへの病気感染のリスクがあることである。
ブタは現在、臓器提供のための最良の候補であると考えられている。ヒトとの系統学的距離が遠いことから、異種間の疾病の伝播のリスクは減少する。またブタは容易に入手可能であり、その臓器は解剖学的にほぼヒトと同じサイズである。長い世代にわたって家畜としてブタはヒトと密接に接触しているため、未知の疾患がある可能性も低い。異種移植における現在の実験は、ドナーとしてブタを、ヒトモデルとしてヒヒを使用することが最も多い。2022年1月8日、メリーランド大学で世界初となる遺伝子操作されたブタの心臓をヒトに移植する手術に成功した。
参考 National geographic https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/25/082700478/

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