異種移植が実用化レベルに

 異種移植とは、生きている細胞、組織、または臓器を、ある種の個体から別の種の個体へ移植することである。

 動物からヒトへの異種移植は、先進国における重大な医療問題である末期臓器不全の治療法として研究されている。また、ヒトへの伝染病の可能性、多くの医学的、法的、倫理的問題も提起されている。

 これまで異種移植は免疫反応があるため、実用化は難しいだろうと言われてきた。ところが、ゲノム編集により、免疫反応を抑えられる、動物への遺伝子操作の技術革新がなされ、異種移植はより注目されつつある。異種移植の成功例もいくつか発表されている。


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 遺伝子改変したブタの腎臓移植に成功

 2025年1月、66歳のティム・アンドリュースさんにとって、それは生死に関わる問題だった。アンドリュースさんは、末期の腎疾患のため、約2年にわたり透析を受けた。腎移植の待機リストに登録されていたが、アンドリュースさんの血液型が原因でドナー(臓器提供者)探しは困難を極めた。

 腎移植の平均待機期間は、大半の医療センターで3~5年だが、血液型がO型の人の場合は、移植までの待機期間が10年に及ぶこともあることが複数の研究で明らかになっている。

 アンドリュースさんが長期透析により、向こう5年間生きられる確率はわずか35%だ。医師たちは、アンドリュースさんが今後5年以内に腎移植を受けられる可能性は約9%と予測していた。

 そのため、マサチューセッツ総合病院の医師たちから、ブタの腎臓を使った実験的な移植を検討したらどうかと提案された時、アンドリュースさんに迷いはなかった。

 1月25日に行われたこの移植手術は、米食品医薬品局(FDA)の拡大アクセス制度を通じて実施された。この拡大アクセスは、死が切迫している病状の患者に、試験研究中の医療製品の使用を認める制度だ。

 アンドリュースさんは、3人の患者を対象に行われる研究の最初の患者となった。また、現在世界でブタの腎臓の移植手術を受けて生存している2人目の人物だ。

 そして2月7日、マサチューセッツ総合病院の医師たちは、アンドリュースさんへのブタの腎臓移植が成功したと発表した。ティム・アンドリュースさんは手術からわずか1週間で退院した。

 移植成功の鍵を握る遺伝子操作
 動物の臓器を人間に移植する「異種移植(ゼノトランスプランテーション)」は、長い間、SFの世界のものと考えられてきた。しかし、米国ではブタを使った異種移植がこの3年間で6例実施されている。これらのブタは、その臓器がより人体に適合するように遺伝子操作されている。

 アンドリュースさんへの移植手術を行ったマサチューセッツ総合病院の医療チームは、マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置くバイオテクノロジー企業、イージェネシスが開発した臓器を使用した。

 科学者たちは、CRISPRと呼ばれる遺伝子操作技術を使って、ブタのDNAを改変する。イージェネシスの研究者たちは、拒絶反応や臓器の大きさ、さらに人への感染の恐れのあるレトロウイルスなど、多くの潜在的問題に対処するために60以上の遺伝子操作を行っている。

 大勢の患者にとって希望の光
 アンドリュースさんは移植手術からわずか1週間で退院したが、引き続き経過観察が行われている。週3回の血液検査に加え、複数の端末を使って医療チームが遠隔でアンドリュースさんのバイタルサインや心拍リズムを監視している。

 また人間の腎臓を移植した場合と同様に、拒絶反応を抑制するために、アンドリュースさんは生涯にわたって免疫抑制剤を服用する必要がある。米国では3700万人の成人が慢性腎疾患を抱えており、そのうち約80万人が末期の腎不全を患っている。

 ニューヨーク大学ランゴーン医療センターの移植外科医ジェイム・ロック医師によると、同センターでは毎年8万~10万人の患者を腎臓移植の待機リストに登録するが、年間に実施する腎移植は2万5000~2万8000件にとどまるという。しかも、腎不全を患うすべての患者が待機リストに登録されるわけではない。

 アンドリュースさんのように末期の腎疾患を患う患者にとって、この新たな臓器は全く予想していなかった明るい兆しだ。「まさに一筋の希望の光だ」とアンドリュースさんは述べた。

 日本でも異種移植の実用化へ
 東京慈恵会医科大学などはブタの臓器をヒトに移植する「異種移植」の準備を進める。臓器が十分に機能しない患者の治療法として期待されるが、国内の実施例はまだない。ブタ同士の移植実験を通し、安全な手法の確立を狙う。市民に移植の意義を理解してもらうための取り組みにも力を入れる。

 米国で今年3月、ブタの腎臓を人間の生きた患者に移植する手術を執刀した河合達郎・米ハーバード大教授(外科学)が、川崎市で読売新聞などの共同インタビューに応じた。河合教授は、動物の臓器を人間に移植する異種移植について、臓器提供者が不足する日本でこそ、実用化の議論を進める必要性を訴えた。

 移植したブタの腎臓は正常に働き、手術直後から尿を作り、特別な拒絶反応もなかった。移植は成功したと考える。ただ患者の心臓が想定以上に悪く、2か月弱で死亡した。なるべく他に疾患のない透析患者に実施することが望ましかった。

 アメリカで批判の声は、あまり聞かなかった。私たちも当初はためらいがあったが、患者団体の集会で患者から泣きながら「異種移植を進めてほしい」と懇願され、初めて「やらねば」と思った。手術後、患者団体から励ましの声が寄せられた。

 米国では、他に疾患のない透析患者だと4、5年待てば人間の腎移植ができるが、それでも関心は高い。日本は米国に比べ、臓器移植を受けられる機会が圧倒的に少ない。日本でこそ異種移植は必要で、数年以内に手術ができるよう議論を進めてほしい。

 異種移植は最初に遺伝子改変ブタの開発費がかかるが、手術後にかかる医療費は患者1人あたり年間100万円以下だ。透析を続けるよりQRL(生活の質)も良い。

 サルで長年、移植の実験をして、未知のウイルス感染はない。今回の手術後も考えられる限りの検査を続けたが、異常はなかった。それでも異種移植を始めて何十年かは、慎重に感染症を調べる必要がある。



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