がんに働かない「免疫」を働かせる

 がんが治りにくい主な理由は、がん細胞に免疫が働かないこと、治療で完全に取り除けないこと、転移によって全身に広がるので治療が難しくなること、そして細胞レベルで増殖し続け「不死化」していることなどだ。

 2018年ノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑教授はがん細胞のつくるPD-1(免疫細胞を攻撃させない)という物質を発見、PD-1を阻害し、がんに対して免疫が働くようにする新たな治療薬を開発した。

 2023年4月九州⼤学⼤学院⼯学研究院の⽚⼭佳樹教授・新居輝樹助教らの研究グループは、がんで炎症の「Trigger(引き⾦)役」となる細胞医薬(MacTrigger と命名)を開発した。がんを見つけると特異的に強⼒な炎症を引き起こす細胞医薬(遺伝子改変したマクロファージ)の開発に世界で初めて成功し、からだ⾃⾝にがんを治療させるという新しいがんの治療法を提唱した。

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 抗がん剤などの治療薬を⽤いたがん治療は、2週間毎に1回というように複数回の投与によって治療効果を発揮する。抗がん剤を投与すればするほど治療効果は出る反⾯、副作⽤のリスクはますます⾼まってくる。そのため、抗がん剤に依存しないがんの治療法が望まれていた。

 今回の方法では免疫細胞が認識しにくかったかん細胞を認識させ、「からだ⾃⾝にがんを治療させる」という本来の免疫力を高める「細胞医薬」の開発に世界で初めて成功し、新しいがんの治療法を提唱した。

 細胞医薬(MacTrigger)

 細胞医薬とは、生きた細胞そのものを医薬品として患者に投与し、病気の治療や機能回復を目指す医療。従来の化学合成によって作られる医薬品とは異なり、細胞が持つ特性を活かして病気の根本的な治療を目指す点が特徴。

 開発したのは、がんでのみ強力な炎症を引き起こす細胞医薬“MacTrigger”。MacTriggerは、遺伝子を改変した免疫細胞マクロファージで、マクロファージががんに積極的に集積する性質を利用している。

 がんに集積したマクロファージは、通常型(MO型)から抗炎症型(M2型)に分極することが知られていることから、MacTriggerはM2型に分極することで初めて炎症性物質を一気に放出するようプログラムした。

 MacTriggerを担がんマウスに注射すると、MacTriggerはがんまで効率よく辿り着き、強い炎症を引き起こす「Trigger(引き金)」となる。すると、「異物の排除」というからだ本来がもつ能力がはたらき、MacTriggerによって炎症となったがんに、ナチュラルキラー(NK)細胞やキラーT細胞といった免疫細胞が侵入する。こうしてからだ自身ががんを排除しようとすることで、がんの成長が効率よく抑制され、抗がん効果が確認されたとしている。

 MacTriggerは、「がんを殺傷する」これまでの治療薬とは全く異なる、「からだ自身にがんを治療させるきっかけを与える」新しいコンセプトの細胞医薬。がん治療を行うのはあくまでからだ自身であるため、マウスの実験では大きな副作用は観察されていない。

 万が一、MacTriggerががん以外の健康な臓器に集積したとしても、M2型に分極せず炎症を引き起こさないため、副作用のリスクは最小限に抑えられる。M2型にならない限りTriggerとして作動しない「ロック機能」が搭載されていることによって、安心して投与することができる。

 今後は、MacTriggerの臨床応用に向けて効果の最大化やさらなる安全性の担保などを進めていくとしている。

 がんが治りにくい理由

 2023年のデータによると、がんは日本の死因の第1位で、全死亡者の24.3%を占めている。日本人の「一生のうちにがんで死亡する確率」は男性で約24.7%、女性で約17.2%。がんは、細胞の遺伝子に変異が生じ、その細胞が制御を失って異常に増殖し続けることで発生する。

 正常な細胞は増殖を制御する機構があるが、遺伝子の突然変異によりこの制御が失われると、細胞は勝手に分裂を繰り返し、やがて周囲の組織に広がり(浸潤)、別の場所に移動して(転移)塊を形成する。これががんの正体だ。

 通常、体内の免疫細胞は、がん細胞を排除する役割を担っている。しかし、免疫機能が低下していたり、がん細胞が免疫システムから逃れたりすると、がん細胞は増殖し続け、やがて病気として認識されるようになる。 

 がんが治りにくい主な理由は、がん細胞の増殖を完全に制御できないこと、治療で完全に取り除けないこと、転移によって全身に広がるので治療が難しくなること、そして細胞レベルで「不死化」していることなど、複数の要因が複雑に絡み合っているためだ。

がんを狙い撃つ「樹状細胞療法」
岡本 正人
講談社
2007-09-21


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