石油をつくる微生物

 石油はどうやってできるのだろうか?石油は微生物のはたらきでつくられている。石油に含まれる炭化水素を合成する微生物として、ボツリオコッカス(微細藻類)やオーランチオキトリウム(ストロメノパイル)などが知られている。

 近年、北極海の「ディクラテリア・ルトゥンダ」(植物プランクトン)も石油と同じ成分を合成する能力を持つことが発見され、注目されている。また、二酸化炭素と水素から石油を合成する「シュードモナス・アナエロオレオフィラHD-1株」という細菌も発見されている。

 こういった微生物によるバイオ燃料は、化石燃料の代替として期待されている。陸上植物よりも生産効率が高く、食料と競合しないという利点がある。ただし、生産コストの低減が課題であり、培養効率の向上や革新的な抽出技術の開発が現在進められている。

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 微生物バイオ燃料の特徴と利点

 微生物によるバイオ燃料の利点の1つに高い生産効率がある。アブラナやパームヤシなどの陸上植物と比べて、単位面積あたりのオイル生産量が数十倍から数百倍多いとされている。

 2つ目に食料と競合しない点がある。トウモロコシなどからもバイオ燃料がつくられるが、微生物は食料と競合しないため、休耕地などを利用して培養できる可能性がある。

 3つ目はカーボンニュートラルであること。光合成によって大気中のCO2を吸収し、燃料として利用できるオイルを生産する。燃焼時のCO2排出は相殺されるため、カーボンニュートラルな燃料として期待される。抽出したオイルは、ジェット燃料やディーゼル燃料など多様な原料として利用可能である。

 微生物が世界を救う

 この燃料をつくる微生物は、光合成をする場合が多い。このはたらきは、海洋における生態系の食物連鎖を支えるという存在だけではない。光合成を行うので、大気中のCO2を海へ取り込むことができ、温暖化の進行を食い止めてくれる重要な存在でもある。

 海洋によるCO2の吸収は、大気と海洋のCO2濃度差によって発生する。例えば、大気の方が海洋に比べて濃度が高いと、海洋へCO2が多く取り込まれる。大気と海洋の濃度要が生まれる要因としては、海水温や風速などが挙げられるが、植物プランクトンの光合成によっても海中の濃度が下がるため、更なる炭素吸収を促進する。

 1990年から2020年までで、海洋は大気から1年あたり平均21億トンの炭素を吸収している。河川における吸収量も加味すると平均28億トン炭素吸収しており地球上のCO2の約3割を毎年吸収している。

 水中微生物の光合成だけがCO2吸収要因ではないが、海中にある微生物による光合成が、CO2吸収に大きく貢献している。

 温暖化と微生物

 温暖化を食い止めるために役に立ってくれている植物性微生物だが、温暖化の急速な進行によって減少してしまうという問題も生じている。

 温暖化によって海水も暖められると、海面の水温も上昇する。実際、20世紀の日本近海の海面水温は、年々上昇している。

 暖かい海水は上昇し、冷たい海水は下降する性質から、海面温度が上昇すると、海水内の循環が弱まる。すると、深層にある栄養塩類が海面表層部へ供給されにくくなってしまう。

 栄養塩類は植物性微生物を生み出すために不可欠な物質のため、温暖化の進行は、植物性微生物の減少につながる。

 例えば、アメリカのカリフォルニア沖では、温暖化の影響により植物性微生物は毎年1%の割合で減少しており、1950年と比べてその量は40%も減少したことが報告されている。

 温暖化と赤潮

 一方で、温暖化によって植物性微生物が異常に大量発生してしまい、海面が真っ赤に染まって見える赤潮が発生することもある。赤潮の発生により、植物性微生物が魚のえらにふれることで魚の呼吸障害を引き起こしたり、プランクトンが大量に酸素を消費するため海水の酸素が欠乏したりなどの問題が生じる。

 そもそも海中には、窒素やりんなど植物プランクトンの栄養となる物質が溶け込んでおり、植物性微生物はそれらの栄養素を摂取して生きている。通常生物のふんや死骸から栄養素が生まれ海洋の生態系の中で生物の個体量がバランス良く維持されているが、窒素やりんなどが含まれている工場排水が流れ出すと、植物プランクトンの餌が過剰に供給されてしまう。その結果、植物性微生物の大量発生につながり、赤潮が発生してしまう。

 工場などからの排水による赤潮の発生は、日本では高度経済成長期に頻発していたが、現在では赤潮の発生件数は3分の1にまで減少している。しかしながら近年、プランクトンが増える要因の一つである水温上昇が温暖化によって引き起こされることで、赤潮が発生するという問題が生じている。

 例えば、赤潮を引き起こす藻類の1つとして、アレキサンドリウム・カテネラという藻類があるが、ワシントン州にあるピュージェット湾では、温暖化がさらに進むと異常発生し赤潮が発生する可能性が指摘されている。

 最近では、2021年9月に北海道東沖で過去最大規模の赤潮が発生した。この赤潮は、西日本で被害をもたらしてきたカレニア・ミキモトイという微生物が海水面温度の上昇により北上したことにより発生した。

 このように、温暖化によって海水温度が上昇する地域が増えることによって、植物性微生物の大量発生に繋がり、海洋環境の悪化を引き起こすケースもある。そのため、微生物をただ増やせばいいということではなく、生態系のバランスに適した微生物の維持が重要といえる。

 微生物と環境問題

 二酸化炭素を吸収し酸素を増やす働きのある植物性微生物だが、近年環境問題の解決に向けて、様々な分野で植物性微生物を取り入れようとする動きが出てきている。

 バイオ燃料として活用しようとする取り組み

 例えば、植物性微生物の一種である藻類を使ったバイオ燃料は、とうもろこしや大豆など穀物系のバイオ燃料と異なり面積当たりの収量が高く、食用穀物の耕作地を減らす必要もないなど、様々な利点がある。

 また、オイル生産量も他のバイオマス原料と比較して高く、藻類はバイオ燃料として高いポテンシャルを誇っている。

 さらに近年では、北極海でガソリン、軽油、重油といった石油製品と同じ成分を作り出して体内に蓄える植物性微生物を発見したと海洋研究開発機構から発表された。この植物性微生物を活用できれば、新たなバイオ燃料の開発につながる可能性もある。

 具体的な実用化に向けては、様々な取り組みが行われている。例えば、スペインのアリカンテ郊外にあるセメント工場では、植物性微生物を活用してバイオ燃料を作り出す事業が実施されている。工場の隣に微細藻類(植物プランクトン)で満たされた筒を設置し、工場から排出される二酸化炭素を供給する。二酸化炭素を利用して光合成が行われ、バイオ原油が作り出される仕組みとなっている。

 植物性微生物の商業化に向けて、培養施設のスケールアップや低コスト化の必要性など課題も山積しているが、商用化によって将来的にはエネルギー問題や温暖化など様々な環境問題の解決に貢献できると言える。

 食料として活用しようとする取り組み

 世界的な人口増加や健康志向の高まりの中で植物性微生物である藻類を食料として活用しようとする動きも出てきており、世界の化粧品・食品・飲料向けの海藻抽出物の市場規模は、2020年の9億4541万米ドルから、2028年末までに15億8398万米ドルに達するとされるなど、今後も成長が見込まれる市場だ。

 例えば、植物性微生物の一種であるユーグレナという藻類は栄養価が高く、食料問題を解決する手段として難民キャンプなどで活用されつつある。株式会社ユーグレナは、国連世界食糧計画と連携して、バングラデシュでロヒンギャ難民の食料支援を行っている。事業では、現地の小規模農家に対してユーグレナが配合された緑豆の栽培を支援し、難民キャンプへ届けることによって、現地生産と供給を行っている。

 栄養価の高い植物性微生物を食料として活用することで、紛争地域や途上国の貧しい人々に、効率的に食料支援を行うことができるとされ、将来的な普及が見込まれる。

 また、藻類は栄養価が高いとされるため、栄養補助食品としても使われている。例えば、藍藻類の一種であるスピルリナは、たんぱく質、ビタミン、ミネラルなど健康や美容に効果的な栄養素を多く含み、消化吸収率も高いとされている。

 このように、植物性微生物は人々の健康を維持する食品としても高い可能性を有しているといえる。

 人々の生活に欠かせない植物性微生物

 植物性微生物は、過剰に繁殖してしまうと海洋環境に悪影響を与えてしまうこともあるが、バランスよく維持することで、温暖化の影響を止めたり、海洋環境を綺麗に保ったりなど自然界や人の生活に欠かせないものとなる。

 また、植物性微生物はバイオ燃料や食料などで活用されており、様々な分野で活躍しつつある。一方で、研究施設の拡大や低コスト化などの課題に対応するための研究開発には多額の費用がかかる。温暖化などの環境問題の解決に向けて、植物性微生物は高いポテンシャルを秘めている。植物性微生物の更なる利活用に向けて、官民一体となった微生物の研究開発促進がカギとなる。



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