身を守るために自切する動物

 「自切」とは、動物が外敵から身を守るためや、心身のダメージから逃れるために、自ら体の器官の一部(尾、脚、腕など)を切り離す現象。トカゲの尻尾、カニのハサミや脚、ミミズ、ヒトデなどの体でみられる。多くの場合、切り離された部分は再生する能力を持っている。

 ウミウシはダイビングや水族館などで最近人気のある動物だが、その中にあまり目立たない嚢舌類(のうぜつるい)というグループがある。専門家の間では有名なグループで、彼らは餌の海藻から葉緑体を取り込み、自分の細胞内でそれを維持し(長い種では数か月ほど)、光合成に用いる。

 これは「盗葉緑体」とよばれる現象で、動物界のなかでもその能力をもつことがわかっているのは数十種の嚢舌類と2種のヒラムシだけ。この特殊な能力により、嚢舌類は餌(海藻の細胞内容物)そのものを消化して得られるエネルギーだけでなく、盗んだ葉緑体を用いて光合成によってもエネルギーを得ることができる。

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 今回,嚢舌類ウミウシで,新たな特殊能力が発見された。実験室で卵から成体になるまで飼育していたコノハミドリガイという種が、首元で自切した。

 心臓さえも切り離す自切

 切り離された頭部も体もしばらくの間動き続け、特に頭部は餌の海藻を食べ、1週間もすると新しく小さな体を再生した。3週間後には,自切前より少し小さいが、ほぼ完全な体とった。

 一方、切り離された体は刺激に対して動くなどの反応を示し、明確な心臓の動きが確認された個体もいた。体は徐々に縮みながらも1か月ほど動いていたが、頭部を再生することはなく、そのまま死んでしまった。同様の大規模な自切と再生は、近縁種のクロミドリガイでもみられた。

 この自切は、コノハミドリガイの自切面と思われる首元の溝を細い糸で軽く絞めることでも誘導できた。ほとんどの場合、自切は1日以内に起きたが、自切するまでに十数時間かかった。  今回の現象は、知られている限り最も大規模な自切の例で、明確な頭部と心臓をもった動物が、心臓を含む体の大部分を失っても生存し、再生するという点でも他に類がないと思われる。

 再生能力が高い動物として、ヒドラ、プラナリア、ヒトデ、ゴカイなどがよく知られているが,彼らは明確な頭部や心臓を欠くか、血管系の一部が心臓の役割を果たしているなど、比較的単純な構造の心臓しかもたない。

 寄生虫から逃れるための自切

 クロミドリガイには体内にカイアシ類という甲殻類の寄生虫がいることがある。この寄生虫はクロミドリガイの体外では生きていけない。クロミドリガイで自切がみられた個体はすべて寄生されており、自切後に寄生虫が切り離された体部分に残っていたので、少なくともクロミドリガイは、この寄生虫を排除するために自切するのではないかと考えられる。

 他方で、自切には長い時間がかかるため、トカゲのしっぽ切りのように捕食者から逃れるために自切するという可能性は低いのではないかと思われる。

 どのようなメカニズムでこの大規模な自切・再生が可能なのかは今のところ不明だが、嚢舌類のもつ光合成能力が関係していると私たちは推測している。

 頭部だけになって心臓が無くても、光さえあればエネルギーを獲得でき、酸素も得られるので、生存や再生が可能なのではないかという仮説。今後より多くの実験を行い、この仮説を確かめる必要がある。

 完全な心臓を自切する動物

 再生能力に限れば、ゴカイやプラナリアは2つに分かれた体の両方から完全な体を再生することができるが、これは通常、自切ではなく無性生殖の一種の“分裂”として扱われる。

 また、これらの動物は心室のある一つの臓器となった心臓を備えていない。他の動物をみても、ウミウシのような完全な心臓をもつ動物が自切で心臓を失って再生するという例は、存在していない。

 今回嚢舌類で発見された自切・再生は、これまでの例から大きく外れている。まず、「体の一部を自発的に切り離している」ので、この現象が自切であることは間違いないだろう。  しかし、切り離したのは心臓を含む体全体の約80%であり、決して体の末端部分とは言えない。また、捕食を模した操作で自切が誘導されず、自切開始から完了までに約20時間と非常に長い時間がかかることから、捕食者から逃れることを目的として行っているとは考えづらい。

ウミウシ―不思議ないきもの
今本 淳
二見書房
2007-07-15


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