植物のように光合成する動物
動物のように動きながら、植物のように光合成もする生物がいる。それは何か。 それはミドリムシ。ミドリムシは、光合成をする点では植物的だが、鞭毛で移動する点では動物的であり、厳密には動物でも植物でもない「原生生物」に分類される。
ワカメや昆布と同じ「藻類」であり「原生生物」でもある。ミドリムシは「藻類」の仲間で体内に葉緑体を持つため光合成を行って栄養を作ることができるが、エサを食べることもできる。
ところが分類上は動物でありながら、光合成をする仲間が発見されている。それは何か。
正解はウミウシ。正確にはウミウシの仲間のうち嚢舌類(のうぜつるい)のグループ。藻類の細胞壁に穴を空けて、細胞内容物を吸引して摂食する。そのために、単列の歯舌とそれを収納する舌嚢と呼ばれる器官をもつ。
ウミウシは貝の仲間であるが一部の種は、摂食した藻類の葉緑体を腸壁の細胞に取り込み、光合成をさせ栄養を得る。これらのウミウシは、藻類を食べる際に葉緑体をそのまま細胞内に取り込み、自身で光合成を行わせる「盗葉緑体現象」を利用している。
盗葉緑体現象の仕組みと利点
嚢舌類のウミウシは、餌の藻類から細胞表面に傷をつけて葉緑体を取り出し、自身の体内で長期間維持する。
光合成の利用 取り込まれた葉緑体はウミウシの体内で光合成を行い、エネルギー(糖など)や酸素を供給する。
生存の維持 餌が不足する状況でも、光合成によって得られたエネルギーを利用して餓死せずに生き延びることができ、産卵能力も高まることがある。
チドリミドリガイは、光合成能力を持つウミウシの代表種で、体内に取り込んだ葉緑体を10ヶ月以上も利用できることが知られている。
コノハミドリガイは、ゲノム解読が行われた種の一つで、光合成の遺伝子が体内に水平伝播していないにもかかわらず光合成を行っていることが発見されている。
なぜ葉緑体を長時間維持できるか
葉緑体の長期維持 ウミウシは藻類の核ゲノムがないにも関わらず、どのように葉緑体を長期間維持し、光合成機能を持続させているのか、その詳細なメカニズムはまだ完全には解明されていない。
藻類や植物では、葉緑体が光合成を行うために必要な遺伝子のほとんどは葉緑体のゲノムではなく核ゲノムに存在している。
そのため、人為的に藻類細胞から単離された葉緑体は単独で光合成を行うことはできない。にもかかわらず、ウミウシは餌から取り込んだ葉緑体の光合成活性を維持することができる。
動物は光合成関連遺伝子を持たないため、なぜウミウシが単離された盗葉緑体で光合成が可能なのかは大きな謎であり、その仕組みについてこれまで多くの議論と研究がなされてきた。
中でも有力な説は、藻類の核に存在する光合成に必要な遺伝子が、ウミウシの核に移動(水平伝播)しているとする「遺伝子の水平伝播」説があった。
チドリミドリガイのゲノム解読に成功
2021年4月、基礎生物学研究所の研究グループは、代表的な盗葉緑体ウミウシであるチドリミドリガイの高精度なゲノム解読に成功した。また、コノハミドリガイのゲノム解読にも成功した。
その結果、これまで有力とされていた説と異なり、光合成に関連する藻類の遺伝子はウミウシの核に移動していないことを明らかにした。これは、遺伝子の水平伝播を伴わずとも、光合成のような複雑な生物機能が種を超えて伝播しうることを意味しており、生命の進化を考える上で大きな発見。
それでは、光合成遺伝子の水平伝搬がない状況でどのように光合成を行なっているのか、という点が次の疑問として浮かび上がってくる。
今回明らかにしたウミウシのゲノム情報はそのヒントも与えてくれる。ウミウシの光合成器官(葉緑体を貯めている細胞)の遺伝子発現解析を行なったところ、タンパク質代謝や酸化ストレス耐性、自然免疫関連の遺伝子が高いレベルで発現しており、これらの遺伝子群が長期間の光合成活性維持に関与していることが示唆された。
また、これらの遺伝子群は、光合成活性をより長期に維持できるウミウシの系統で多様化するように進化していることもわかった。これらの遺伝子がどのような機構で盗葉緑体の光合成活性を支えているかは今後の研究課題。本研究成果は学術雑誌「eLife」に2021年4月27日付けで発表された。

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