2025年ノーベル生理学医学賞「制御性T細胞の発見」
2025年10月6日嬉しいニュースが入ってきた。スウェーデンのカロリンスカ研究所が、2025年のノーベル生理学・医学賞を大阪大学の坂口志文特任教授(74)、米システム生物学研究所のメアリー・E・ブランコウ氏、米ソノマ・バイオセラピューティクスのフレッド・ラムズデル氏に授与すると発表した。
坂口氏は免疫反応を抑えるブレーキ役となる「制御性T細胞」を発見した。免疫の仕組みの核心に迫る研究で、自己免疫疾患やアレルギー、がんといった様々な病気の新たな治療法の開発に道を開いた。他の2人は制御T細胞にかかわる遺伝子Foxp3を発見した。
日本生まれの自然科学分野のノーベル賞は21年に物理学賞を受賞した米プリンストン大学の真鍋淑郎上席研究員に続き26人目(米国籍を含む)。生理学・医学賞は18年の京都大学の本庶佑特別教授に続き6人目となる。

授賞理由は「免疫の抑制に関する発見」。坂口氏が発見した制御性T細胞は免疫細胞の活動を制御する役割を担う。免疫はウイルスや細菌など外敵である「非自己」と、自分の体をつくる細胞の「自己」を区別し、非自己だけを排除する仕組みだ。
非自己と自己をうまく区別できなくなると、自分自身の体を攻撃して傷つける自己免疫疾患になってしまう。制御性T細胞は自己に対する異常な免疫反応を抑えて自己免疫疾患を防ぐ。米国の2氏は自己免疫疾患に関わるFoxp3という遺伝子を発見した。後に坂口氏らはFoxp3が制御性T細胞の成長や働きを制御することを突き止めた。
坂口志文教授「T細胞仮説」
坂口氏は京都大学に在学中、胸腺という臓器を取り除いたマウスが自己免疫疾患に似た症状を起こすとの研究報告を読んで興味を持ち、研究を始めた。免疫細胞の一種であるT細胞の中には免疫の暴走を抑えるタイプが存在するとの仮説を立てた。
こうした細胞の存在を疑う研究者も多く逆風にもさらされたが、根気強く研究を進めて1985年に存在を示した。95年にはこの細胞の特定に成功し制御性T細胞の発見者となった。その後も制御性T細胞で働く重要な遺伝子を特定するなど成果を上げた。研究成果の実用化に向け、阪大発スタートアップのレグセル(米カリフォルニア州)を2016年に設立している。
制御性T細胞の働きを操作することができれば、免疫が関わる病気や症状を治療できると期待される。自己免疫疾患の患者の制御性T細胞を体外で増やして投与し、過剰な免疫を抑える。臓器移植で起きる拒絶反応を抑える方法も開発が進む。がんの治療では逆に、がん組織に集まった制御性T細胞を除いたり働きを抑えたりして、他の免疫細胞にがんを攻撃させやすくする方法の研究が進む。
授賞式は12月10日にストックホルムで開く。賞金は1100万スウェーデンクローナ(約1億7000万円)で、受賞する3人で分け合う。
制御性T細胞は免疫反応を「弱める」
免疫というのは、生体防御の大切なメカニズム。日本細菌学の父、北里柴三郎の血清療法発見以来、医学の分野ではいかにして免疫力をつけるか、作用を強めるかということが課題とされてきた。こうして天然痘は撲滅され、今もHIVワクチン開発が進められている。
これに対して、私の研究は「免疫反応を抑えるにはどうしたらよいか」というもの。関節リウマチなどの膠原病やⅠ型糖尿病は、免疫系が自分自身の細胞や組織を敵とみなし過剰反応して起こる自己免疫疾患。また、アレルギー疾患は特定の抗原に対する過剰な免疫反応だ。
現代病として注目される潰瘍性大腸炎も、免疫異常が関係していると考えられている。こうしたことがなぜ起こるのか。免疫反応を抑えコントロールできれば、これらの治療につながる。むろん、臓器移植の拒絶反応などにも応用が広がる。逆に、がん細胞に対しては免疫反応が起きてほしいのにうまく働かないしくみがある。免疫の抑制を解除してやれば、がん細胞に対する免疫反応を高めることができる。
一時、論議が雲散霧消した
かつて免疫抑制の働きについては、サプレッサーT細胞というものが考えられていた。獲得免疫反応をもつある種のT細胞が、頃合いを見計らって免疫反応を終了させるのだという理屈。
1970年代後半には盛んに研究されていたが、どうも実体が見つからない。それどころか分子生物学的にありえないとわかり、論議は雲散霧消してしまった。
しかし、何らかの制御するT細胞が存在しないと、どうしても免疫反応を説明することができない。何か制御する細胞があるはず。その信念で、細々と研究を続けていた。
80年代に私が行っていた実験では、正常なマウスからある種のT細胞のグループ(サブセット)を取り除くと自己免疫病が起こった。そうであるからには、自己免疫病を起こすT細胞は正常な体にあり、かつ取り除いたグループの中のある細胞が調整作用をしていたと考えられる。
この正体こそがレギュラトリー(制御性)T細胞だが、現象論の域を超え、それを明示するマーカーを見つけなければ存在は証明できない。90年代半ばにCD25分子がマーカーとして特異的だとわかり、制御性T細胞がようやく日の目を見る。
2003年には機能をもつ分子マーカーとしてFoxp3という転写因子も見つけた。世界が一度忘れかけた免疫機能の課題を解決したことで、制御性T細胞に関する研究が一気に開花した。
信念の先にあった真実
実験結果などから、Foxp3遺伝子は制御性T細胞の発生および機能において重要な役割を果たすマスター遺伝子であると考えられる。ヒトについては、IPEX(X染色体連鎖免疫制御異常多発性内分泌障害消化器病)症候群という遺伝疾患がある。
この病気では、Foxp3遺伝子に突然変異が生じると、制御性T細胞の発生が阻害され、自己抗原および非自己抗原に対する免疫応答の制御が異常をきたす。
こうして立証された制御性T細胞は、現在は多くの分野の人々に注目され、さまざまな研究が進んできている。臨床試験も、すでに各国で取り組まれている。骨髄移植に際して制御性T細胞を入れ、移植した骨髄中のT細胞が患者を攻撃することで起こる移植片対宿主反応を抑えることができた。
従来は、免疫抑制剤によって、すべての免疫反応を弱めていたので、他のウイルス攻撃などにも気を遣っていたが、その心配がなくなりつつある。また、子供のⅠ型糖尿病に対して制御性T細胞を体外で増やして戻したり、体内で増やしてやるという試みも進んでいる。
阪大病院では、がん治療として制御性T細胞を減らし、その後ワクチン療法を行うというような取り組みがなされている。
免疫自己寛容の仕組みも解明
制御性T細胞は文字通り、免疫の働きを制御している。自己抗原に反応するようなT細胞は、胸腺で成熟するまでに除外される。しかし胸腺で発現していない自己抗原を異物とみなして、攻撃するT細胞が残る。
それが活性化したり増殖して、自己抗原を攻撃しないように抑えるのが制御性T細胞。このような仕組みを免疫自己寛容という。
そこで制御性T細胞が、このことをどうやって免疫系に伝えているのかということになるが、現状ではいろいろなメカニズムが提唱されていて混沌としている。そもそも、制御性T細胞は複数の免疫抑制機構をもっており、どのメカニズムが最も重要かというのは医学的価値判断でもあり、生物学的見地と医学的見地は必ずしも一致するものではない。
これまで刺激を受けたことのないT細胞は、樹状細胞などが異物についての抗原を提示するだけでは活性化しない。もうひとつ、共刺激と呼ばれる別の刺激が必要。制御性T細胞に発現するCTLA|4が共刺激を抑えるのが、抑制機構のコアになっているとにらんでいる。
もちろん、ほかのT細胞からインターロイキンを奪い、その活性をさまたげるという働きもある。あと2〜3年もすれば、そのどれがコアなのか、あるいはそういうことではないのかといったことがわかる。

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