アラビア半島でラクダの巨大岩絵を発見

 岩絵といえば、フランスのラスコー洞窟が有名だ。ラスコーは、フランスの西南部ドルドーニュ県、ヴェゼール渓谷のモンティニャックの南東の丘の上に位置する洞窟。先史時代とされるオーリニャック文化の洞窟壁画である。

 ラスコー洞窟の壁画は、アルタミラ洞窟壁画と並ぶ先史時代、フランコ・カンタブリア美術の美術作品である。1940年9月12日、モンティニャック村の少年が、穴に落ちた飼い犬を友達3人と救出した際に発見された。これらは20,000年前の後期旧石器時代のクロマニョン人によって描かれていた。炭酸カルシウム形成が壁画の保存効果を高めた「天然のフレスコ画」と言うことができる。

 今回、アラビア砂漠のジェベル・ミスマで新たにラクダの岩絵が発見された。丸い目、丸い鼻面、強調された顎の輪郭を持つ、様式化されたラクダが描かれている。年代は1万2800年〜1万1400年前とのもので、年代がわかっているものとしては、アラビア半島で最古の巨大な岩絵だという。

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 アラビア砂漠はかつて湿潤だった 

 アラビア半島北部のネフド砂漠で発掘調査を行っていた考古学者、マリア・グアニン氏のチームは、人間、ラクダ、野生のロバ、アイベックス、ガゼル、オーロックス(絶滅した野生のウシ)の岩絵を約130点発見した。なかには高さが2mを超えるものもあった。

 アラビア半島の大部分を占めるアラビア砂漠は、厳しい暑さと、乾いた強風と、水の乏しさで知られ、エアコンや安定した水の供給なしに人間が定住するのは非常に難しい場所だ。

 しかし、新たに発見された岩絵には、ひざまずくラクダやガゼルなどの動物と人間の姿が砂岩の表面に実物大で彫られていて、かつてこの乾燥した土地に人々が定住し、岩絵を制作していたことを示唆している。約1万2000年前という年代は、考古学者が従来考えていた値よりも数千年早い。

「アラビア砂漠には、かつては降雨量が増えて草原や湖が広がる湿潤期が何度かあり、そうした時期には人類が集団で定住していたことがわかっています」と、論文の筆頭著者で、ドイツ、マックス・プランク地球人類学研究所のグアニン氏は言う。

 しかし、極端に乾燥していた約2万5000年〜1万年前に初期の人類がアラビア半島北部に住んでいたことを示す証拠はほとんどなく、この地域は放棄されたと考えられていた。

 研究者たちは以前アラビア半島で、8万8000年前のヒトの指の骨の化石と約12万年前のヒトの足跡の化石を発見している。これらの化石は、アラビア半島に緑豊かで湿潤な時期があったことを示唆している。

 以前の研究で、約1万1000年〜5500年前にも湿潤期があり、別の研究では、8800年前から7900年前にかけてアラビア半島北部が湿潤期だったことも示唆されている。

 新たに見つかった約1万2000年前の岩絵は、「人類が最後の湿潤期の前にこの地域で暮らしていけたこと、そして、彼らが乾燥した過酷な環境でも生き延び、栄えられたこと」を示唆しているとグアニン氏は考える。また、人類の集団が約1万2000年前に再びアラビア半島に住むようになり、一時的に訪れただけでなく定住していた可能性が高いことも示していると言う。

 なぜ岩絵を彫ったのか

 岩絵が水場や古代の湖の近くにあることは、これを彫った人々が、極端に乾燥した環境で季節的な水資源に頼って生き延びていた可能性を示唆している。岩絵は、水資源の場所を示していたのかもしれない。

 研究者たちはこの場所で数百点の石器も発見した。なかには約1万2000年前の堆積層に埋もれた彫刻の道具も含まれているが、これらが岩絵の制作に使われたのか、それとも余所から運ばれてきてこの場所に残されたのかは確認できなかったという。

 岩絵のなかには、岩と岩の隙間や崖の表面に彫られたものもあり、そのうちのいくつかは近づくのは困難だが非常に見やすいところに彫られていた。制作者は崖を登り、傾斜した岩棚で作業する必要があったと思われる。論文には「おそらく命がけで作品を制作したのだろう」と記されている。

 「この岩絵は、繁殖期のラクダなど、砂漠の動物や季節に関連したシンボルを表現している」と著者らは指摘する。グアニン氏は、人類の集団は何世代にもわたってこの付近に留まり、2000〜3000年にわたって新しい岩絵を追加していったのかもしれないと言う。

 古代の集団と生活のわかる稀なケース

 研究者たちは、放射性炭素年代測定や、岩絵や道具が埋もれていた場所の近くの堆積物が最後に太陽光にさらされた時期を分析するルミネッセンス年代測定法などを組み合わせて、岩絵や近くの水源や道具の年代を推定した。

 「従来の研究の多くは、この地域の新石器文化や関連した岩絵は1万1000〜1万年前のものだとしていました」と、マックス・プランク化学研究所の名誉所長で生物地球化学者のマインラート・アンドレーエ氏は言う。今回の研究は、その時期を数千年遡らせるものだ。

 アンドレーエ氏はまた、この岩絵は驚くほど洗練されていると言う。「アラビア半島の初期の岩絵のほとんどは非常に抽象的で単純だが、今回発見された岩絵には、様式化されたものもあれば、より自然な描写を試みたと思われるものもあり、ヨーロッパ旧石器時代の洞窟絵画に匹敵するほど洗練されている。」

 岩絵はしばしば「古代の人々の心や生活様式」を見せてくれるが、制作年代の特定は困難なことが多いとアンドレーエ氏は言う。今回は、科学者たちがさまざまな地質学的手法を駆使して、発見した岩絵を「古代の明確な集団とその文化」と結びつけられた「きわめて稀なケース」だと評価する。

 それでも、最も初期の岩絵の年代を厳密に特定するのは難しい。外部の専門家は、いくつかのラクダの岩絵は部分的に堆積層の中に埋もれていて、その層が堆積した時期以前に彫られたことを示唆しているが、この地域の砂の堆積速度がわからなければ、彫られた時期を正確には特定できないと言う。

 「今回の発見は、乾燥期に人類がどの程度継続的に居住していたのかを明確にするものではありません」と、フランス国立科学研究センターの考古学者のレミー・クラサール氏は指摘する。「そして、この巨大な岩絵の伝統がどの程度広まっていたのかも、どのような社会的・儀礼的役割を担っていたのかも、まだ正確にはわかりません」

 「アラビア半島の考古学的遺物は層をなしているものが少ないこともあり、近隣のレバント地方やザグロス山脈などと比べると、この地域の人類史の理解は大きく遅れています」と言うのはドイツ、テュービンゲン大学のゼンケンベルグ人類進化・古環境センターの古人類学者、ヤマンドゥ・ヒルベルト氏だ。

 「層をなした遺物が新たに発見され、その年代が特定されるたびに、アラビア半島全域の先史時代の人類の居住状況の理解が大きく進んでゆくのです」





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