HTV-X初号機がISSに到着

 わが国の物資補給機「HTV-X」初号機が10月30日未明、国際宇宙ステーション(ISS)に到着した。2009~20年に活躍した「こうのとり」の後継機で、能力を大幅に強化。各種の実験機器、飛行士の食料や衣料など、ISSの活動に不可欠な物資を無事に届けた。ISS船内でロボットアームを操縦し、HTV-Xを捕捉した油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)は「日本の宇宙計画における歴史的なできごと。この金色の宝箱を開けるのが待ちきれない」と喜びを語った。

 HTV-X初号機は26日、鹿児島県の宇宙航空研究開発機構(JAXA)種子島宇宙センターから、H3ロケット7号機で出発した。その後、米国のデータ中継衛星を介してJAXA筑波宇宙センター(茨城県)の管制室との通信を開始。太陽電池パネルを展開し、姿勢制御を確立した。軌道制御のためのエンジン噴射を繰り返し、徐々にISSに接近した。

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 10月30日未明、地球上空を飛行するISSの下10メートルで、ISSと速度を一致させて相対的な停止状態に。HTV-Xの制御を停止する「フリードリフト」の状態にした上で、油井さんがロボットアームの先端をゆっくりと近づけ、午前0時58分、南大西洋上空の高度418キロで捕捉に成功した。その後同4時43分、ISSへの取り付けを完了した。計画では空気漏れがないかの確認や、ISSとHTV-Xの間の電源・通信ケーブルや空気ダクトの連結などを経て、同日夜にも、飛行士が扉を開けて入室する。

 捕捉直後の同日午前1時頃、油井さんは「初めてのHTV-Xへの尽力と支援に、心から感謝しています。日本の宇宙計画における歴史的なできごとです。この宇宙船は美しく輝いており、私たちの明るい未来を象徴しています。この金色の宝箱を開けるのが待ちきれません」と声を弾ませた。さらに日本語で「日本が高い技術力で国際的な宇宙開発に貢献していることを知り、誇りを持っていただけたらうれしいです」と話した。

 新型物資補給機「HTV-X」

 国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶ、わが国の新型補給機「HTV-X」初号機の出発が迫った。2009~20年に9機が活躍した「こうのとり(HTV)」の後継機。機体を合理化し能力を高めたのに加え、技術を磨くための実証の役割を強化し、有人宇宙開発の切り札となる。

 「こうのとりに比べ輸送能力が向上。大気圏突入前に技術実証もできる。このような“二刀流”が大きな特徴だ」。宇宙航空研究開発機構(JAXA)で開発を率いてきた伊藤徳政プロジェクトマネージャは、HTV-Xの魅力をこう表現する。ISSに荷物を届けるのに加え、機体を存分に利用し、新技術を獲得するためにさまざまな宇宙実験をこなす。

 外見でまず目を引くのが、太陽電池パネルだ。こうのとりでは円筒形の機体側面に貼り巡らせたのに対し、HTV-Xでは大型の人工衛星と同様に、翼のように左右に開いている。側面に貼る場合に比べ面積の制約が少なく、発電量を大きくできる。左右の太陽電池パネルの間は180度ではなく、「く」の字型に角度を持たせている。これは1年中いつでも打ち上げ、太陽の向きが違っても効率よく発電するためという。

 こうのとりの輸送能力は、物資を入れる棚の重さ2トンを除き、4トンだった。これに対し、HTV-Xでは5.85トンへと増加。現行の米露の補給機を上回っている。容積も60%増えた。ISSに係留できる期間は、最長2カ月から半年へと延長した。

 全長8メートル、太陽電池パネルを開いた幅が18メートル。打ち上げ時の重さは搭載物資を除き16トン。機体は飛行や通信の機能を持つ部分などの「サービスモジュール」と、ISS船内で使う物資を搭載する「与圧モジュール」で構成する。それぞれ三菱電機と三菱重工業が開発し、種子島に運んでから結合する。

 こうのとりに比べ、機体の電気系や推進系を集約したほか、ISS船外で使う物資を搭載する円筒内の「非与圧部」を廃してサービスモジュールの外側に“むき出し”で搭載する形に改めるなど、大胆に合理化した。物資を積み込む期限は、打ち上げの80時間前から24時間前へと改善。これにより実験試料や飛行士の食品など、鮮度が求められる物資を扱いやすくなった。機体から搭載機器類に電力を供給し、冷蔵や冷凍、空調ができることで、より多彩な実験に対応する。開発費は初号機が打ち上げ費用を除き356億円で、HTV-X全体は非公表。運用管制はこうのとりに続き、JAXA筑波宇宙センター(茨城県)で行う。

 ISSに不可欠、アルテミス計画にも

 日本はISS計画への参加にあたり、運用経費の分担金を技術提供の形で支払うこととし、こうのとりを開発した。米国のスペースシャトルが2011年に退役した後は、こうのとりが大型の船外用物資を運ぶ唯一の手段となり、バッテリーの輸送などを通じてISSに不可欠の存在となった。米露の補給機が失敗を経験する中、こうのとりは2015年に退役した欧州の「ATV」とともに無事故を続けた。この重責をHTV-Xが引き継ぐ。

 なお、こうのとり最終9号機が運用された2020年の時点で、HTV-Xは翌21年度にも運用を始める計画だった。H3の運用開始が遅れたほか、搭載するコンピューターや、飛行士が船外活動をする際にも安全基準を満たす太陽電池パネルの開発などに、時間がかかったという。

 ISSの運用は2030年までが合意済みで、さらなる延長はせず同年に役目を終える。だがHTV-Xはその後も改良を加えつつ、地球上空に設けられる民間宇宙基地や、米国主導の国際月探査「アルテミス計画」で月上空に建設する基地「ゲートウェー」に物資を運ぶことが見込まれている。7月末には三井物産の100%子会社「日本低軌道社中」(東京都)が、JAXA基金の交付決定を受け、HTV-Xをベースにした民間基地用補給機の開発を始めたと発表した。

 H3ロケット、「ブースターなし」基本型の開発続く

 一方、既に4回の打ち上げに成功した国産大型ロケット「H3」は、基本型機体の開発を継続。開発中に地上で2度の爆発を引き起こした小型の「イプシロンS」は、原因究明が進む。日本の宇宙開発は正念場が続いている。

 HTV-Xを打ち上げるH3ロケットは、今年6月に運用を終了した「H2A」と、2020年に終了した強化型「H2B」の共通の後継機だ。2段式の液体燃料ロケットで、わが国が外国に頼らずに宇宙開発利用を進めるための、政府の基幹ロケットに位置づけられている。

 H3の初号機は2023年3月、電気系統の異常で2段エンジンに着火できず失敗したものの、以後は今年2月の5号機まで成功を重ねてきた。5号機までは1段エンジン2基、固体ロケットブースター2基を装備してきたが、今回の7号機ではH3で初めてブースター4基とし、能力を高めてHTV-Xに対応する。全長は64メートル、HTV-Xを除く重さ575トンとなる。1段エンジン2基、ブースター4基の構成は、こうのとりを打ち上げたH2Bと同じだ。

 前回打ち上げたのが5号機で、今回が7号機…。間の6号機はというと、国産大型ロケットで初めてブースターを装備しない、最小形態のH3として今も開発中だ。H3の低コスト化の要となる基本型で、打ち上げ費用が100億円規模だったH2Aの半額(開発当初の物価などの水準で)を目指している。地球を南北に回る政府の地球観測衛星の打ち上げで、多用されそうだ。

 7月に実施した6号機の燃焼試験では、1段機体の燃料タンク内の圧力が十分に上がらない問題が発生した。3基目のエンジン系統で、加圧用ガスの流量を調整するバルブを省いたことなどが要因と判明している。ガスを増やすなどの対策と、燃焼試験の再実施が必要となった。

 6号機の開発に時間がかかる中、JAXAと三菱重工業は今月8日、政府の準天頂衛星を搭載する8号機も、先に12月7日に打ち上げると発表した。

 イプシロンSは爆発原因解明、計画見直し

 H3と共に基幹ロケットに位置づけられる固体燃料の小型ロケット「イプシロン」は、2013~22年に6機をJAXA内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県)で打ち上げ、1~5号機が成功し6号機が失敗した。改良型の「イプシロンS」が開発中だが、2023年7月にJAXA能代ロケット実験場(秋田県)で2段機体の燃焼試験中に爆発が発生。原因を解明して対策を講じ、昨年11月に種子島で行った再試験で、またも爆発を引き起こした。原因の調査が続いている。

 先月開かれた会見や文部科学省宇宙開発利用部会でのJAXAの説明によると、これまでに、海中などに飛散した部品の回収や分析が進んだ。爆発に至ったと考えられるシナリオが「機体後方の断熱材が想定を超えて焼損し、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)製の機体の強度が低下して破断し爆発したこと」に絞り込まれた。

 ではなぜ、断熱材に想定以上の焼損が起きたのか。燃料と断熱材の間に製造上生じる隙間や、断熱材の間に設けた隙間が関係する可能性があり、解明を急ぐ。ミニサイズの機体にわざと欠陥を設けるなどして燃焼試験を重ね、それで原因が絞り込めなければ、実物大の機体による試験も検討する。

 イプシロンSは初号機にベトナムの衛星を搭載し、当初は2023年に打ち上げる計画だった。打ち上げの空白を長引かせないよう、JAXAは3段構成のうち、問題の2段機体についてイプシロンの従来型を復活させることも検討中だ。その場合はロケットの能力が変わるため、衛星の打ち上げ計画を変更する可能性がある。今月10日には、イプシロンSで打ち上げる計画だった小型衛星「革新的衛星技術実証4号機」などを、米「ロケットラボ」社のロケットによりニュージーランドで打ち上げると発表した。

 爆発で全壊した能代の設備は、真空中で燃焼試験ができるもので、再建に2027年度頃までかかる見込み。種子島の設備は屋外型で、この冬に復旧するという。

ロケットサバイバル2030
松浦晋也
日経BP
2024-12-20


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