エイリアンの触手

 これを見て何を思うだろうか。「エイリアンの触手」というイメージが湧いてきそうだ。この尖った先端は明らかに攻撃性を示している。しかも先端が鋭く根本が太い。何本も突き出ている。強そうな動物的イメージしか出てこない。

 ところが、これは植物の細胞であると聞くと驚く。写真は「ひまわりの毛状細胞」植物にもこのような動物的な意識があると知ると不思議な感じがしてくる。

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 毛状突起

 毛状突起(trichome)とは、維管束植物の表皮から形成される付属物の総称で、植物体のあらゆる器官にみられる。トライコームともいう。

 毛状突起には単細胞性の場合と多細胞性の場合がある。形態や構造、機能は多様に分化している。保護や分泌、体内の物質を外界へ出す機能などを持つ。

 機能によって腺(腺毛、glandular hair)と非分泌性の毛状突起(非腺毛、non-glandular hair)に区分される。また、形態や発生する器官により、毛、鱗片、乳頭突起、根毛と呼び分けられる。1つの植物体に複数種の毛状突起がみられることが多いが、分類群により特徴的な形態を示すため分類形質としても用いられる。

 毛状体と呼ばれることもあるが、「毛状体」は通常、表皮以外の組織が関与する植物体表面の突起構造に対して用いられるものを指し、毛状突起とは区別される。毛状突起は、細胞数によって、単細胞毛と多細胞毛に分けられる。

 単細胞毛

 単細胞性の毛は単細胞毛(unicellular hair)と呼ばれる。根毛も単細胞毛の一種である。もっとも単純な毛状突起は表皮細胞の一部が変形してできた突起に過ぎないが、長く伸びたものでは表皮との間に細胞膜ができ、単細胞毛となる。

 サクラソウ Primula sieboldii やサンシキスミレ Viola tricolor の花弁の表面やハス Nelumbo nucifera、サトイモ Colocasia esculenta、カラスウリ Trichosanthes cucumeroides の葉にある円錐状の突起となった表皮細胞は絨毛(じゅうもう、papillae)または突起毛(とっきもう)と呼ばれる単細胞毛である。絨毛のある葉に雨滴が落ちると、水滴は球状になって転がり、葉が濡れない(ロータス効果)。また、絨毛が生えたサンシキスミレの花弁を水中に入れると絨毛の間に空気の層ができ、光を全反射して銀白色を呈する。

 ワタ Gossypium の種子の種皮表面に生えている毛は綿毛(わたげ、seed hair, wooly hair)と呼ばれる単細胞毛である。ワタの綿毛は6 cmにも及び、原形質の内容を欠いて空気に満たされているため白く見える。綿毛の基部にある形の変わった表皮細胞は副細胞(subsidary cells)と呼ばれる。ほかにハハコグサ Gnaphalium multiceps、セイヨウウスユキソウ Leontopodium alpinum にもみられる。

 バンクシア属 Banksia の綿毛は螺旋状に巻く。また、同様の構造で中に空気を含み、種子や果実の散布に用いられるものは散布毛(さんぷもう、distributing hair)と呼ばれる。

 ラン科のマキシラリア Maxillaria やオンシジウム Oncidium に見られる花弁に生える毛は食毛(しょくもう、feeding hair)と呼ばれ、蛋白質や脂肪を貯蔵している。細胞膜は基部以外大部分が薄く、昆虫の食用にされ、蜜腺のように虫を集めるのに働く。

 細胞膜に珪酸や炭酸石灰を蓄え、硬いものを剛毛(ごうもう、bristle)と呼ぶ。ムクノキ Aphananthe aspera の葉に見られる剛毛は物を研ぐのに用いられていた。ナス Solanum melongena の棘毛も剛毛の一種である。

 刺毛(しもう、stinging hair)は先が鋭い構造を持ち、カナムグラ Humulus scandens やイラクサ Urtica thunbergiana などがもつ剛毛の一種である。細胞壁が特に肥厚して堅牢になっており、棘毛とも呼ばれる。イラクサの刺毛は先端の細くなった大きな細胞で、基部は他の表皮細胞群が鞘状になったものに埋在している。刺毛の細胞壁は炭酸カルシウムを貯蓄して硬くなり(石灰化)、先端部は丸みを帯びて珪酸が溜まっている。先端部直下には括れた部分があり、刺毛に触れるとこの括れ目で折れ、刺さって内容物が飛び出し痛みを与える。内容物にはギ酸ナトリウム、アセチルコリン、ヒスタミンが含まれる。アカネ属 Rubia やカナムグラ属 Humulus のもつ鉤も刺毛の一種である。

 耐塩性の高い塩生植物では、塩集積細胞からなる毛状突起である塩嚢毛(塩毛、ブラッダーヘアー、bladder hair)または塩嚢細胞を持ち、体内で過剰になった塩を集積して塩濃度調整を行っている。アイスプラント Mesembryanthemum crystallinum では、1個の表皮細胞が膨れて大きくなり、水を蓄える毛状突起となる。これを嚢状毛(のうじょうもう、bladder hair)またはブラッダー細胞(EBC, epidermal bladder cells) と呼ぶ。表皮に見られる嚢状毛の存在はハマミズナ科の共有派生形質であると考えられている。

 多細胞毛

 複数の細胞からなる毛を多細胞毛(たさいぼうもう、multicellular hair)と呼ぶ。多細胞毛には、ムラサキツユクサ Tradescantia ohiensis の雄蕊の毛のように単に細胞が1列に並んだものや、分岐したものがある。もとは1個の表皮細胞から出発するが、細胞分裂を繰り返し多くの細胞から構成されるようになる。次のような毛状突起が存在する。

 星状毛(せいじょうもう、stellate hair)は多細胞性で、何本かの細胞が広がって同一平面に並び、星状となったものを指す。ナス Solanum melongena やウツギ Deutzia crenataなどの葉に分布する。星状毛では広がる細胞数は種ごとに異なる。ミズキのもつの2本のみで構成され磁針毛(じしんもう、T-shaped hair)と呼ばれる。

 グミやオリーブ Olea europaeaが持つ、柄を持ち多数が傘のように並ぶ星状毛は楯状毛(たてじょうもう、peltate hair)または鱗毛(りんもう、scaly hair)、勲章毛(くんしょうもう)などと呼ぶ。

 鱗毛は魚鱗状で平らな構造を持ち、一般に短い柄がある。スナジグミ Hippophae rhamnoides の鱗毛は発生過程の詳細な観察が行われている。表皮細胞の一部が始原細胞となり、それが次第に隆起して、順次垂層分裂を行って傘状部を展開し、その下部の細胞から柄部が作られる。

 グミ属 Elaegnus の果皮に生じるものでは、表皮細胞中の放射状に配列した細胞のうち中央にある数細胞が共同で始原細胞となり、次第に隆起して50 µm(マイクロメートル)程度になる。隆起部の頂端細胞が後に鱗毛の柄となる。そして隆起部の先端に2-3個の細胞分裂が起こり、表皮細胞層の面に平行に、中心部から放射状に分離し、細長い舌状弁の形となり鱗毛が完成する。グミ属の葉裏の鱗毛は種を識別する分類形質となる。

ミクロワールド大図鑑
小峰書店
2016-05-01