宇宙誕生の謎に迫る

 1970年代新しい素粒子理論によって原子核内にある陽子が約10の30乗年の寿命で崩壊すると予言された。これを受けて世界中で観測装置がつくられた。その一つがカミオカンデだ。現在「ハイパーカミオカンデ」が建設中で、2028年の稼働を目指している。

 1983年に1個や2個観測できるのではないかとされていた陽子崩壊。予想よりも寿命が長いようで観測されていない。カミオカンデで陽子崩壊は観測できなかったが、ノイズであるニュートリノが観測された。

 超新星が爆発した時に観測された多数のニュートリノを観測した小柴昌俊氏が2002年ノーベル物理学賞を受賞した。画像

 ニュートリノは地球の大気の上空で、宇宙線が大気の原子核にあたることで発生する。ところが、ニュートリノを観測すると予想されたニュートリノの種類と数が一致しない。これはなぜなのかと考えた梶田隆章氏は「ニュートリノに質量があれば、ニュートリノ振動が起きて別のニュートリノになる」いう「ニュートリノ振動」が起きているのではないかと考えた。

 そこで、ニュートリノを日本のすぐ上で発生しているものと、地球の反対側から地球内部を突き抜けて到達するものと分けて比較することにした。観測結果は、すぐ上で発生したニュートリノと、長い距離を飛んでくるニュートリノの数は一致しなかった。すなわち、別のニュートリノになる「ニュートリノ振動」が発生している根拠となった。

 梶田隆章氏はハイパーカミオカンデが完成した後、ニュートリノと反ニュートリノを茨城県東海村にあるJ-PARKにある強度加速器でつくり、ハイパーカミオカンデに向けて発射。観測結果を分析することで、宇宙の成り立ちについてヒントが得られるのではないかと考えている。

 巨大な地下空洞が完成

 2025年9月、岐阜県飛騨市の山中の地下600メートルに、直径69メートル、高さ94メートルの巨大な空洞ができた。次世代の素粒子観測装置「ハイパーカミオカンデ」を設置するための空間だ。宇宙や物質の成り立ちを解き明かそうと、東京大学と高エネルギー加速器研究機構の主導する国際チームが2028年から観測を始めることにしている。

 ハイパーカミオカンデは、超新星爆発から来た素粒子ニュートリノの世界初観測で故・小柴昌俊氏のノーベル物理学賞受賞(2002年)につながったカミオカンデ(1983~1996年)、ニュートリノが質量を持つことを示すニュートリノ振動の発見で梶田隆章氏のノーベル物理学賞受賞(2015年)につながったスーパーカミオカンデ(1996年~現在)に続く三代目の素粒子観測装置だ。

 2021年5月から空洞の建設位置に向けてトンネルを掘り進め、まず天井部分のドームを掘削した後、2023年10月以降、円筒部分を掘り下げていった。掘削にともなって出る岩や土などを、中心部の立坑を通じて排出しながら作業を進めた。

 2025年7月31日に掘削を終えてできあがった空洞は約33万立方メートルもあり、岩盤の中につくられた人工の空洞としては世界最大級だという。この地下空洞に円筒形の超大型水槽を設置し、壁に大きさ50センチの超高感度光センサーを2万個以上取り付けた後、26万トンの超純水で満たすとハイパーカミオカンデが完成する。

 実質的にデータを取ることができる有効体積は、スーパーカミオカンデの約8倍もある。水の中に現れるリング状の弱い光「チェレンコフ光」を観測することで、素粒子ニュートリノの性質を解明したり、ノーベル賞級ともいわれる「陽子崩壊」の発見に挑んだりして、宇宙や物質の成り立ちをひもとく計画だ。

 素粒子理論の謎

 素粒子物理の「標準模型」は「弱い相互作用」と 「電磁気相互作用」を統一したほか、「強い相互作用」 についてうまく説明することに成功しているが、 これら3つの力は統合されていない。

 また、クォークとレプトンが、なぜともに3世代なのか、 陽子の電荷とレプトンの電荷の絶対値がなぜ完全に一致 しているのかなど、多くの謎が残されている。

 クォークとレプトンの関係性を説明し、電弱相互作用と 強い相互作用を一つの枠組で説明する「大統一理論」が 提案されているが、いまだ実験的な証拠がない。 大統一理論が正しければ、クォーク3つからなる陽子が クォーク・反クォーク対であるメソンとレプトンに崩壊することが可能となる。

 複数の大統一理論が陽子が陽電子と中性π粒子に崩壊する可能性や、 K+と反ニュートリノに崩壊する可能性を予言している。

 大統一理論の解明を目指して

 スーパーカミオカンデは稼働開始から20年以上が過ぎた 現在でも世界最高の感度を持つ検出器となっている。この検出器で蓄積したデータを用いて、さまざまな 陽子崩壊のパターン(モード)について事象を探索し、 大統一理論の実験的な検証を目指している。

 陽子崩壊の背景事象(ノイズ)は、大気ニュートリノにより生成した粒子となる。このため、大気ニュー トリノの正確な理解が必要となる。

 陽子崩壊探索に用いるシミュレーションや事象解析のソフトウェアは、大気ニュートリノと共通のものが大半。このため、大気ニュートリノの研究を並行して行い、その理解を深めることで、陽子崩壊の信号を正確にとらえることが可能となる。

 現在、検出器の有効体積を広げることで、これまで 用いていなかったデータも利用したり、解析手法をさらに改良することで、陽子崩壊の探索効率を向上したり、ノイズ除去を効率化して、陽子崩壊を発見を目指している。

 2020年にはスーパーカミオカンデの水にガドリニウムが 添加される予定だ。これにより、ニュートリノ・原子核 散乱時に生成する中性子が高い確率で観測できる。

 一方、陽子崩壊時に中性子が放出される可能性は低いため、中性子が観測されていない事象を選択することで、ノイズとなる大気ニュートリノの事象を効率的に除去することが可能なると期待されている。

 ハイパーカミオカンデが稼働すれば、さらに長い寿命範囲までの探索が可能となることが期待されて いるが、これまで以上に精密な解析も必要となる。すなわち、 スーパーカミオカンデにおける解析を精密化することが、ハイパーカミオカンデの準備にもつながる。

カミオカンデとニュートリノ
梶田 隆章
丸善出版
2016-07-01