大阪・関西万博で人気「iPS心臓」

 大阪・関西万博で人気を博した、iPS細胞から作られている「iPS心臓」が11月3日、東京に到着した。11月4日から9日まで、東京・汐留の日本テレビで無料で一般公開される。

 いわゆる「iPS心臓」は、生きた立体の心臓モデルで、大阪・関西万博のパビリオン「PASONA NATUREVERSE」でのべ215万人を超える人が拍動する様子を観察。様々な臓器などの細胞に変化する「iPS細胞」およそ2億個に「iPS心筋シート」の技術を利用し、大阪大学の澤芳樹名誉教授のグループが開発したもの。

 大きさはおよそ3.5センチで、4日からの展示を前に赤い培養液の中で観察しやすいように手術用の糸を使ってつるすなど準備が進められた。

 「iPS心臓」は、あくまで展示用で、心臓の構造や機能は再現しておらず治療に使わないが、特殊な技術で実際の心臓のように拍動する様子をみせる。大阪大の研究室で澤氏は「iPSの技術が万博で世界に広がり、難病で苦しむ人が助かるメッセージになれば」と期待を語った。

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 パソナグループは、万博会場にアンモナイトのような、らせん状のパビリオンを出展。漫画家の手塚治虫氏のキャラクター「鉄腕アトム」と「ブラック・ジャック」が案内役を務めた。

 また、「iPS心筋シート」も到着、iPS細胞を心筋細胞に変化させて、シートにしたもので、ひらひらと大きく動く姿が観察できる。心臓に貼り付けて、心筋の再生を促し、弱った心機能を回復することが期待されていて、現在、実用化に向け厚生労働省に承認申請中。

 日本テレビの「カラダWEEK」に合わせ、4日から9日までこの「iPS心臓」と「iPS心筋シート」は、日本テレビで無料で一般公開される。

 「iPS心臓」の作り方

 iPS細胞から様々な細胞を作るには、まず体細胞(皮膚や血液など)を「初期化」してiPS細胞を作製し、その後、特定の栄養素や刺激を与えて、目的の細胞へ「分化(分ける)」させる方法が用いられる。

 細胞の初期化(iPS細胞の作製)の方法は、皮膚や血液など体の一部から採取した細胞に、山中因子と呼ばれる4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)を導入する。

 この4つの遺伝子(山中因子)によって、細胞の持つ情報がリセットされ、受精卵に近い「多能性」を持つ状態になる。

 目的の細胞への分化させることを「誘導」というが、「iPS細胞」を、目的の細胞に分化させるための特定の栄養素(サイトカインなど)や、培養環境(支持細胞の共存など)で培養する。

 「 iPS細胞」は、必要な刺激を与えることで、心臓、神経、血液、皮膚、骨など、体のあらゆる細胞に分化する能力を持っている。

 「iPS臓器」は研究途中

 現在の国内外の研究成果を調べると、iPS細胞から神経、心筋、血液など様々な組織や臓器を構成する細胞に分化することが報告されている。 ただし、細胞や組織というものは臓器という立体的なものの一部にすぎない。

 そのため、立体的な臓器をつくる試みもなされており、小さな肝臓などを作ったという報告(Nature. 2013 July 25; 499: 481-484)や ミニ多臓器(肝臓・胆管・膵臓)の作製の報告(Nature 2019 Sept 25; 574: 112–116)もあるが、 人間のサイズに見合う、あるいは人間の体内で機能するような大きく立体的な臓器ができたという報告はまだない。

 今後、3Dプリンターやバイオマテリアルなど、さまざまな素材や技術と組み合わせ、発展が期待されている分野である。

 「iPS細胞」研究は「臓器創出」の段階へ

 京都大学の山中伸弥教授らの研究チームが、ひとたび分化した細胞は初期化しないとの従来の医学の常識をくつがえし、どのような細胞にも分化し得る多能性を持つ「iPS細胞」をヒトの皮膚細胞から作り出して、世界を驚かせたのは2007年11月のことだ。

 そしてiPS細胞の研究はすでに、どのような細胞に分化し得るかをシラミつぶしに調べる段階は終えつつある。現在の主要課題は、「iPS細胞を応用した臨床研究」と「臓器の創出」である。

 ともに再生医療(失われた組織・臓器を再生させる医療)への応用だが、2013年には大きな前進があった。すなわち、前者については8月、理化学研究所の髙橋政代プロジェクトリーダーらにより、S–イノベの成果を引き継いだ再生医療実現拠点ネットワークプログラムにおいて世界初の臨床研究が開始された。

 そして後者については7月、谷口英樹教授らのチームがS-イノベにおいて、世界で初めてヒト臓器を創り出した。

 「細胞の誘導から臓器の誘導」という発想の転換

 特定の臓器が障害を受けて機能しなくなる、末期臓器不全症という疾患がある。これに対しては、損なわれた臓器を健常な臓器へと置換する「臓器移植」が有効な治療法である。

 しかし、年々増大する臓器移植のニーズにドナー臓器の供給はまったく追いつかないのが現状で、問題解決には臓器移植に代わる治療法の開発が必須かつ急務だ。そこで近年は、多能性幹細胞(iPS細胞、ES細胞)から分化誘導した臓器の細胞を用いて、損なわれた臓器の機能を回復させようという再生医療研究が、さまざまに進められるようになった。

 その際、「細胞の分化誘導」という従来の開発概念から脱却して、「臓器の再構成に基づく分化誘導」の実現を目指したのが、谷口英樹教授らの研究グループである。

 そもそも臓器は、その機能を担う細胞(機能細胞)だけでなく、複数の種類の細胞が立体的配置をとることで構成され、それらが相互作用を行うことで機能している。

 したがって、十分に機能する細胞を得るためには、機能細胞のみの分化誘導ではなく、立体的な組織の再構成を伴う「臓器」の誘導(臓器の創出)が必要だ、というのがその基本発想である。

 こうして「iPS細胞」がヒトの肝臓になる

 研究グループはまず、「臓器の原基」(臓器の種)が胎内で形成される過程を試験管内で模倣するため、新しい細胞培養操作技術を開発した。

 そのうえで、ヒトiPS細胞から作製した「内胚葉細胞」(肝細胞に分化する一歩手前の「前駆細胞」)に、血管を作り出す「血管内皮細胞」と、細胞を結合させる働きなどをする「間葉系細胞」を加えて、試験管内で共培養した。

 その結果、48時間ほどで、未分化だった3種類の細胞がボール状に集まり、立体的な肝臓の原基(言わば、ヒトの「ミニ肝臓」)が自律的に形成された。

 この原基を生体(免疫不全のマウス)に移植したところ、血流を持つ血管網を再構成し、最終的には、タンパク質の合成や薬物の代謝など、人の肝臓に特徴的な機能を持つ組織へと成熟することが判明した。

 さらに、この原基を移植した肝不全のマウス群は、移植をしなかったマウス群に比べて、有意に生存率が改善した。このことは、生体内で分化誘導されたヒト肝細胞が肝臓としての機能を発揮し、治療効果が現れたことを示している。

 こうして研究グループは、iPS細胞由来の細胞から血管網を持つ機能的なヒト肝臓を創り出すことに、世界で初めて成功した。

iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか?
田中 幹人
日本実業出版社
2008-05-22