ペルーの不思議な世界遺産
ペルーは不思議な世界遺産が多い。マチュ・ピチュ(Machu Picchu)は、15世紀のインカ帝国の遺跡で、アンデス山脈に属するペルーのウルバンバ谷に沿った山の尾根(標高2,430m)にある。この都市は通常の都市ではなく、インカの王族や貴族のための避暑地としての冬の都(離宮)や、田舎の別荘といった種類のものであったらしい。
遺跡には大きな宮殿や寺院が王宮の周囲にあり、そこでの生活を支える職員の住居もある。マチュ・ピチュには最大でも一時に約750名の住民しかいなかったと推定され、雨季や王族が不在の時の住民は、ほんの一握りであったと推定されている。

この都市はインカの王パチャクティ(Pachacuti)の時代の1440年頃に建設が着手され、1533年にスペイン人により征服されるまでの約80年間、人々の生活が続いていた。
ナスカ・パルパの地上絵
ナスカの地上絵(Nazca Lines)は、南米大陸ペルーのナスカ台地の砂漠地表面に、砂利の色分けによって描かれた幾何学図形や動植物の絵の総称。古代ナスカ文明の遺産であり、ナスカ文明早期(西暦紀元前3世紀~1世紀)と推定される地上絵もある。地上絵にはサル、リャマ、シャチ、魚、爬虫類、海鳥類が描かれ、ナスカ式土器の文様との類似点が指摘されてきた。
ナスカの地上絵のエリアのすぐ北には、川を挟んでパルパの地上絵(Palpa Lines)と呼ばれる同じぐらい広大な山岳地帯の地上絵のエリアがある。ナスカの地上絵の1000年前パラカス文化の時代に描かれたとされる数多くの幾何学図形と地上絵が描かれているが、観光地化されていないので一般にはあまり知られていない。ナスカの地上絵とパルパの地上絵はともに世界文化遺産に登録されている。
あまりに巨大なため地上からは全体像を把握しにくく、1920年代末にペルーの首都リマと南部アレキパを結ぶ定期空路が開設され、上空からの「発見」で有名になった。ナスカの地上絵が描かれた年代は今からおよそ2000年前、パルパの地上絵は更に古く今から3000年ほど前に描かれたものと言われている。
モンテ・シエルぺ(蛇の山)
ペルーの岩がちな尾根に沿って、5200個ほどの穴がびっしりと細長い帯状に並ぶ場所がある。まるで、巨大なヘビが山を登っているかのように見えるため、「モンテ・シエルペ(蛇の山)」と呼ばれるこの穴の集まりは、1931年にペルーを訪れた米国の調査団によって再発見されたものだが、長年考古学者や陰謀論者らを当惑させてきた。
約1000年前の人々がなぜこのような穴を掘ったのか、誰も知らなかった。現代になってこの場所が広く知られるようになったきっかけは、1933年にナショナル ジオグラフィックが初めて穴の空撮写真を公開したことだった。
専門家はドローンと考古学を駆使して、11世紀から15世紀の間に交易に使われていた可能性がある数千もの謎の坑道の目的を解明しようとした。
考古学者たちは、ドローン技術を用いて数千の穴を分析した結果、チームは「穴の配置に数学的なパターン」を発見した。つまり、穴は当時の会計や記録管理方法を彷彿とさせるセクションやブロックに配置されていたという。

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