デジタルユーロ 発行へ

 2025年11月、ユーロを未来に適応させるため、再設計と近代化をはかるー。ECB (ヨーロッパ中央銀行)のラガルド総裁は声明で「デジタルユーロ」を導入するねらいについてこう発信した。

 デジタルユーロとは、中央銀行が発行するデジタル通貨で、実現すれば、日本や欧米では初めてとなる。デジタル通貨はペイペイや、楽天ぺイなどなじみ深いものになっているが、中央銀行が発行するものとなると、日本や米国ではまだない。

 ECBがデジタル化を推し進めようとする背景には、基軸通貨のドルに連動した暗号資産の普及拡大を目指すアメリカ、そして、デジタル人民元の導入で先行する中国が通貨覇権を競う中、自前の通貨ユーロの存在が脅かされかねないという危機感がある。

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 2027年試験運用

 欧州中央銀行(ECB)は10月30日、中銀デジタル通貨「デジタルユーロ」について、法整備が速やかに進めば2027年に試験運用を開始する可能性があると発表した。

 声明で「試験運用と初期の取引は2027年半ばから開始される可能性がある」と述べた。「ユーロシステム全体は2029年中のデジタルユーロ発行に向けて準備を整えることになるだろう」とした。

 ただ、これは欧州連合(EU)において、デジタルユーロの枠組みとなる法案が来年中に整うことを前提としている。

 しかしデジタルユーロが銀行預金の流出を招きかねないことや、導入コストの大きさが懸念され、法案のプロセスは難航している。またEU各国政府は導入の是非や、保有できるデジタル通貨の上限額についての決定権を求めている。

 2029年に発行へ

 ECBは10月下旬、デジタルユーロを発行するための新たな段階に入ると明らかにした。必要となる法整備が前提にはなるが、2027年から試験運用を開始し、早ければ2029年にも発行するとしている。

 デジタルユーロは、文字どおり、紙幣や硬貨として流通するユーロのデジタル版で、金融機関などが手がけるデジタルウォレットを通じて利用することが想定されている。また、店舗での支払いや送金などで使う際の手数料はかからず、ネットワークに接続されていない時も使用できるオフライン決済の機能も検討されている。

 こうした中央銀行が発行するデジタル通貨=CBDC(Central Bank Digital Currency)の分野では、中国が先行している。中国人民銀行は「デジタル人民元」の市民を対象にした実証実験を2020年に開始。現在では、国際決済に使う動きを加速させようとしている。

 アメリカではトランプ大統領が2025年1月に大統領令に署名し、CBDCの発行を禁止した。その代わりに推進しているのが、ドルなどの法定通貨に価値が連動する暗号資産「ステーブルコイン」。この普及拡大を通じてデジタル通貨をめぐる覇権争いで主導権を握ろうとしている。

 欧州外への決済依存に警戒感高まる

 アメリカや中国の動きが進む一方、ECBにはデジタルユーロの計画を急ぐもう1つの背景がある。ヨーロッパで“現金離れ”が進むとともに、決済でヨーロッパ以外の事業者への依存が高まっていた。

 支払いの手段について調査した結果をみると、アメリカの企業が中心となって手がけるカードやスマホのアプリなどのデジタル決済の割合が増えていることがわかる。

 ECBは、ユーロ圏20か国のうち13か国が、自国の企業などによる決済サービスを持たないことや、カード決済のおよそ3分の2をヨーロッパ外の会社が処理していることなどを指摘している。

 トランプ政権の政策により、ヨーロッパでアメリカの事業者が提供するデジタル決済の利用がますます拡大すれば、関連するデータが流れることにもなりかねない。

 専門家は、こうした勢いを抑え、依存のリスクを無くすためにも、デジタルユーロを早期に普及させようとしていると指摘する。

「今はアメリカとの関係が悪いわけではないが、過度に依存することへの警戒があり、ヨーロッパで自前の決済システムを準備しておく必要性を感じている。ヨーロッパが重視している戦略的自立や経済安全保障の観点からもデジタルユーロは重要な取り組みだとみられる」

 民間サービスと競合? 欧州内でも慎重意見も…

 一方で、ヨーロッパ内からは導入に慎重な意見も出ている。その1つが、金融業界。

 人々がデジタル通貨を利用するようになると、銀行にある預金がデジタル通貨として流出する事態につながるのではないかなどと懸念しています。

 また、“現金離れ”が進むことに伴う、いわば“受け皿”が、中央銀行が発行するデジタル通貨でなくてはならないのかどうかも焦点となっています。

 ヨーロッパの10以上の金融機関は2024年に「デジタルウォレット」のサービスをフランスやドイツなど一部の国で開始している。利用者どうしでユーロの送金などを行うことができるというものだが、このサービスとデジタルユーロが競合するのではないかという指摘も出ている。このため、デジタルユーロはインターネットを介さないオフライン機能のみに限定すべきだという意見がヨーロッパ議会の一部議員からはあがっている。

 これに対してECBは、「保有できるデジタルユーロの上限(3000ユーロ、約50万円を想定)を設けることで金融機関からの深刻な預金の流出は起こらない、デジタルユーロはユーロ圏全体で利用することができるため、現状で民間企業によるサービスが提供されていない国にもメリットがある」などと説明し、懸念を払拭しようとしている。

 通貨をめぐる覇権争いを前に危機感

 自分自身の日々の生活を振り返ってみても、現金を使う機会はほとんどなく、カードでの支払いやスマホでの決済が大きく増えた。

 時代が変わる中でアメリカは、基軸通貨のドルと、主要なカード会社やデジタル決済の事業者を抱え、通貨だけでなく決済の情報という観点でも覇権を握っているといえる。そこに真っ向から挑んでいる中国。デジタル決済の分野では今後もこの2つの大国が覇権を争うことになるかもしれない。こうした状況にECBの幹部は強い危機感を示している。

「ヨーロッパは外国の決済手段に過度に依存する余裕はない。防衛とエネルギーにおける自立性を維持することの緊急性は極めて明白だが、日々の決済といった不可欠なサービスにおける自立性を確保することも同じように喫緊の課題だ。自立性がなければ、私たちは地政学的な脅威や通貨の主権を失うリスクにさらされる」

 デジタルユーロの当面のねらいは、ユーロ圏の決済を守ることにあるが、日本を含めた他国への影響も含め、デジタル決済の構図に一石を投じることになるのかどうか、その動向には高い関心が集まる。

 デジタルマネーとは、現金ではなく、電子情報としてやり取りされる通貨。ICカードやスマートフォンを使った「電子マネー」、インターネット上で取引される「仮想通貨」、そして「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」などの種類がある。クレジットカードやデビットカードもデジタルマネーの一種として広く利用されている。

 今回のデジタルユーロは「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」にあたる。決済方法が多様化し、物理的な現金を持ち歩く必要がなく、スマートフォンをかざす、QRコードを読み取るなど、さまざまな方法で決済が可能。一般市民にとっては便利なものである。