謎の深海生物「ヨコヅナイワシ」

 2021年10月、海洋研究開発機構が体長2メートルを超える深海魚「ヨコヅナイワシ」の撮影に成功した。

 海洋研究開発機構によると、今までヨコヅナイワシが見つかっていた駿河湾から約400キロ離れた2000メートルの深海で推定2メートル53センチの巨大なヨコヅナイワシの撮影に成功した。今回の映像から、ヨコヅナイワシが深海に住む硬骨魚類としては世界最大であることが明らかになった。

 映像の撮影に成功した海洋研究開発機構の藤原義弘上席研究員は「ヨコヅナイワシはそもそもセキトリイワシ科に属していて、通常のセキトリイワシ科の魚は体長が30から40センチほど。2020年1月に新種として見つけた際、1メートルを超えていたのでヨコヅナイワシと名付けたのに、その倍以上の個体を見つけ、非常に驚いた。他の深海で生きる生物から巨大化には寿命が長いことが関連していると考えられ、今後、魚の頭の耳石を調べて寿命などの謎を明らかにしていきたい」と話した。

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 深海2091メートルに映った魚の正体は!?

 2021年10月14日、海洋開発機構の研究グループは、伊豆半島から南に400キロメートルほどの沖合にある元禄海山の近くに到着したJAMSTECの研究船「かいめい」から、ベイトカメラを投入した。
 ベイトカメラとは、水温や水流を測定する各種機器やライトのほかに、深海生物をおびき寄せるためのえさ(ベイト)がセットされたカメラだ。

 ベイトカメラは1時間以上かけてゆっくりと沈み、水深2091メートルの「元禄海山」南方の海底に到達した。カメラは映像を13時間撮影することができる。撮影終了後、カメラは音響信号を受けて錘(おもり)を切り離し、海面まで浮上する。

 そして、今回の調査で回収したカメラに写っていたもの、それは全長250センチメートル以上もある巨大なヨコヅナイワシだった。また、映像ではえさに近寄ってきたほかの深海魚を威嚇する貴重な様子なども撮影されていた。

 環境DNAで事前予測

 今回、深海にヨコヅナイワシがいる可能性を「環境DNA解析」という手法で、予測していた。 海の中には、さまざまな生物の組織片が漂っている。魚類などからはがれた皮膚やうろこ、ふんなどに由来するものです。調査海域から海水を採ってきて、それらの組織片の中に含まれるごく微量なDNAを抽出し、目的とする配列を増幅することで、その海域にどんな生物が生息しているかがわかる。これが環境DNA解析。

 このDNAを増幅する方法は、新型コロナウイルスの検査でもおなじみとなった「PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法」です。例えば魚類を対象とした場合、PCRによって魚類特有のDNAだけを増やしたうえで、どんな種の魚であるかを特定する。魚類はDNAのデータベースが充実しているから、PCRで増やしたDNAの配列情報から、魚の種類をある程度、正確に特定することができる。

 DNAを解析した結果、今回採水した元禄海山近傍でもわずかにヨコヅナイワシのDNAを検出したため、ここにカメラを下ろした。

 採取した目的海域の海水を「濾過」した後、「DNAを抽出」する。その後、PCRによってDNAを増幅し、次世代シーケンサーを用いて配列を解読する。その配列から海域に暮らす生物種を特定する。

 深海にも流れがあると思いますが、海流に乗って、遠く離れた場所から生物のDNAが運ばれてくることはないのでしょうか?

 生物が死んでからある程度の時間が経つとDNAは分解されてしまう。そのため、環境DNA解析で対象としているDNAは、基本的に採水地点の近くで生きている生物由来だと考えられる。過去のさまざまな実験結果から推測すると、浅い海では採水地点から数十メートルの範囲にいる生き物のDNAが検出されるようだ。水温が低い深海ではDNAが分解されにくくなるので、範囲はもう少し広くなるかもしれない。

 実は海洋深層水で環境DNA確保

 深海は浅い海や川とくらべて生物の密度が低いため、解析に必要なDNAの量を確保するためには大量の海水が必要。浅い海であれば海水を1リットルも濾過すれば1回の環境DNA解析が可能だが、深海では1回の解析に30リットルもの海水が必要となる。

 今回の調査では、さまざまな海山から採ってきた合計2.6トンもの海水を使用し、DNA解析を行った。

 2019年です。通常、水深何百メートルの深海から水を大量に採ってくるには特殊な船と機材が必要。ところが日本には、日常的に深海から水を汲み上げている施設が存在する。それは「海洋深層水」の汲み上げ施設。

 深海から汲み上げた海水から塩分などを除去したものが、ミネラル豊富な飲料水として販売されていますよね。そこで、塩分などを除去する前の海水を提供してもらい、2019年から環境DNA解析を行うことになった。

 今回の沖合での調査とは別に、相模湾と駿河湾の施設で汲み上げられた海水を使って、深海の生態系の調査を継続的に行っている。つねに汲み上げていますから、たとえば台風の直後や黒潮の流れが変わったときに、深海の生態系がどのように変化するか、といった調査をすることもできる。船ではそう頻繁に現地で採水することはできないから、継続的なモニタリングには適しているといえる。

 ヨコヅナイワシの生態の謎!?

 実は、ヨコヅナイワシの生態はほとんどわかっていない。ヨコヅナイワシは、セキトリイワシ目セキトリイワシ科に属する深海魚。名前にイワシとあるが、マイワシやカタクチイワシなどのいわゆるイワシ(ニシン目ニシン科・カタクチイワシ科)とは、まったく異なるグループに属する魚(硬骨魚類)。

 ヨコヅナイワシを発見したのは2016年。駿河湾の水深2100メートルを超える海底で採集しました。今回撮影した映像よりも前に採集されたヨコヅナイワシは、わずか6匹しかいない。

 撮影した映像からは、ほかの深海魚を威嚇する様子や、ヨコヅナイワシのデコボコした皮膚にたくさんの寄生虫が付いていること、青い目をしていることなどが確認できる。深海生物の目には感じにくい赤色の光を使って撮影することも多いのだが、今回は深海の生物がどんな色をしているかを確認するために、あえて白色光のライトを使っている。

 柔らかくて水っぽい筋肉でできているヨコヅナイワシが、ほかの生物を威嚇するとは予想外。また、これまでに駿河湾で採集されたり、撮影されたりしたヨコヅナイワシには、あんなに寄生虫が付いている個体はいなかった。一般的に考えたら、陸に近い駿河湾のほうが栄養豊富ですから、寄生虫を含めていろんな生物が生息していそうだ。それなのに、栄養に乏しい沖合の海山にいるヨコヅナイワシのほうに寄生虫がたくさん付いている理由は、いまのところまったくわからない。

 今回撮影されたヨコヅナイワシは全長が250センチメートル以上もあった。えさが少ないように思える深海で、どうしてこんなに大きくなれるのか?

 一般的に、水温が低い深海では、性成熟に時間がかかったり、寿命が長くなったりする場合があります。ダイオウグソクムシやタカアシガニなど、深海には、陸や浅い海にいる同じ仲間の生物よりも巨大な生物があらわれることがある。性成熟するまでの長い時間に、獲得した栄養を体の成長に使えるため、体が大きくなるのではないかと言われている。しかし、実際のところはこれもまだよくわかっていない。

 断片的な映像しか得られていない現状では、ヨコヅナイワシがどんな場所に暮らしているのか、どれくらいの寿命なのかなど、具体的な生態にたどり着くのはかなり難しい。

日本の深海魚図鑑
本村 浩之
山と渓谷社
2024-12-04


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