エジプトのピラミッド
今から約5000年前に成立した古代エジプトの王朝は、3000年もの間続く。100mを超えるピラミッドが建てられたとき、日本はまだ縄文時代だった。
その中で、有名な三大ピラミッドは、エジプト、ギザの砂漠にある、3基のピラミッド。隣接するスフィンクスとともに、エジプトを象徴するイメージとなっている。
造営時期は現在から約4500年前の、紀元前2500年頃とされ、いずれもエジプト第4王朝期に建設されている。古代エジプト王国のファラオの陵墓とされ、被葬者はクフ王、カフラー王、メンカウラー王とされる。
ピラミッドにはいくつかの謎がある。あの巨大な石をどうやって積み上げたのか(建設方法)。また、何のために造られたのか(目的)。最先端技術で発見された内部に隠された未発見の空間は何か。という3つである。
建設方法はスロープ(傾斜路)を使って行われたことが定説になっている。目的は「陵墓」であるというのが定説だったが、最近は「天体観測装置」や「エネルギー装置」だったとする説もあり、議論がある。
ピラミッドは墓じゃない?
エジプトで最も大きなクフ王のピラミッド。 その「最大の謎」とされるのが、一体それが何のために造られたのかという点。 これまでピラミッド=「王の墓」というのが考古学の定説とされてきたが、その常識に真っ向から異論を唱えるのが、エジプト考古学の第一人者であり、60年にわたり研究を続ける吉村作治氏だ。
吉村作治氏は、これまで誰も掘ることを許されなかった場所の発掘権を取得し、クフ王の墓の手がかりを探し続けている。発掘では、この2か月「今までにない兆候」が現れていると聞き、私たち取材班はエジプトに向かった。
取材班が吉村さんの発掘調査に同行したのは11月上旬。カイロのけん騒を抜けると、クフ王のピラミッドが見えてくる。
82歳の今も、吉村さんは2か月に1度、発掘調査のためエジプトに通っている。10年ほど前、発掘調査中のけがで、ひとりで歩くのが難しくなった。車から降りるときも手を引かれる。
「エジプトに来るのは300回くらいかな。仕事だからね、職場。だいたい考古学者は60、70代でやめちゃう。もったいない。僕は、はいつくばってもやりたいと思ってる」
ヘラヘラ!ヤッラ!ヤッラ!
この時期、日中30℃まで気温が上がるエジプト。発掘作業は毎日朝8時から始まる。すでに50人のエジプト人作業員たちが作業を進めていました。吉村さんは車いすに座ったまま、現場を見渡します。そしてアラビア語で声をかけ始めた。
「ヘラヘラ!ヤッラ!ヤッラ!(やれやれ!行け、行け!)」
作業員たちの疲れが見える中、士気を高めようとしていた。発掘の間、片時も離れず作業を見守っていた。吉村さんの発掘現場は、ピラミッドのそばにある「西部墓地」の一角。
吉村作治さん「30年くらい前にね、クフ王のピラミッドのてっぺんから見た時ね、ここだけはねマスタバ(墓)がなかったんですよ。ピラミッドのてっぺんから下りてきて言ったの。あそこ怪しいねって」
貴族の墓が並ぶ中、ぽっかりと空いた空間。なぜ、ここだけ何もないのか。
「全部で1000くらい貴族の墓がある。それでここだけが無いのはおかしいでしょ。古代エジプト人は下に大事なもの作ったときに、上にそれをカモフラージュするものを作っている。上になんにもないっていうことは下にも何にもないと(エジプト人は)言うんですよ。」
「でもクフ王は違うと。この下にね、と私は思っている。それが証明されるのは墓を見つけてから。見つからなきゃ、ご苦労さんって話」吉村さんは、この場所の地下に「クフ王の墓」につながる手がかりがあると考えている。
謎に包まれたピラミッドとクフ王の墓
エジプトが誇る3大ピラミッドの一つ、クフ王のピラミッド。高さ約146メートル、底辺の一辺が約230メートルという、古代エジプト最大の建造物。
「ピラミッド=クフ王の墓」これが長年の定説。しかし実は、ミイラも副葬品もいまだ発見されていない。ピラミッド内部には「王の間」と呼ばれる部屋があり、石棺のようなものが置かれていますが、中は空。建造目的やクフ王の墓の本当のありかは、謎に包まれたまま。
吉村さんの仮説は「ピラミッドは墓ではなく、聖地を模した宗教施設である」根拠は、3つある。一つは、1人の王が複数のピラミッドを建てた例が多くあること。中には5つも建てた王もいた。もしピラミッドが墓なら、1人の王が複数の墓を持つことになる。
二つ目は、最古のピラミッドの構造。最古のピラミッドと言われる、ジェセル王の階段ピラミッドはピラミッドとは別の場所から見つかっており、墓としては造られていなかった。
三つ目は、聖地アビドスの存在です。クフ王が毎年巡礼に行っていた聖地には、ピラミッドとそっくりな形の2つの山があった。吉村さんは、クフ王が遠い聖地を人工的に再現しようとしたのではないかと考えている。
吉村さんは、ピラミッドのそばにある「空白地帯」こそクフ王の手がかりにつながる場所だとにらんだ。
20年かけた発掘権取得、そして手がかり
しかし、この場所の発掘は容易ではありません。多くの考古学者が発掘を希望しながらも、エジプト政府から許可が下りず、100年間誰も掘ることができなかった。吉村さんは、この場所の発掘権を20年間、申請し続けた。エジプト考古学への長年の功績が認められ、ようやく2年前、発掘が始まった。
発掘を始めてまもなく重要な手がかりが見つけた。ミニチュア土器。古代エジプトでは、葬儀の際にこうした小さな器を使う習慣があった。この場所から、ミニチュア土器が数多く出土した。
さらに吉村さんは、地中レーダー(GPR)による電磁波探査も行った。その結果、この場所の地中に「怪しい影」が映った。
加えて、この場所の地層には特徴があり、他の場所に比べて、岩盤の位置が深い。何者かが人工的に削った可能性がある。これらの手がかりから、吉村さんの確信は深まっていた。
「底なし」の地層が意味するもの
この2年間、西部墓地の空白地帯を徹底的に調査してきた吉村隊。ことし9月に入り、「今までにない兆候」が現れた。掘っても掘っても岩盤に行き当たらない場所があるという。
「今のところまだ底がなくて、どんどんどんどん底なしで」通常の発掘では、表面の砂を取り除けば岩盤にたどりつき、その上にある墓や遺跡を探す。ところが、この場所はいくら掘っても砂ばかり。岩盤が、他の場所に比べて異常に深い位置にあることがわかった。
吉村さんの弟子 柏木裕之さん「人工的に削っているとしたら、何か目的があって削ってるわけですので、ここに何かものがあるかもしれません」「広大な場所ですし、深さも全くわからないところですし、限られた時間と、お金の中でどうやって効率的にやるか」この日、弟子たちの間で、今後の方針について意見が分かれていた。
いつもは弟子を尊重し、現場の意見に委ねている吉村さんが、アイデアを提案した。 「いったん、平らに掘ったら、そこのところを地中レーダー(GPR)でやって。また掘ったらGPR」 地中レーダーを導入し、地中の状況を把握しながら、効率的に発掘を進めようという。数々の困難にぶつかってもアイデアで乗り切ってきた、吉村さんならではの視点。
「どんどんみんなで話して決めていけばいいんだよ。発掘ってそういうことなんだよ。決めたとおりにいかないの。いまもそうだよ?またやってみてダメならまたもとに戻せばいいし。それが考古学の良いところだから」60年の経験から生まれた、吉村さんの発掘哲学だ。
82歳吉村作治氏 最後の挑戦
私たちの撮影期間には、残念ながらクフ王の墓につながる手がかりは見つからなかった。
今回の発掘は来年の3月末まで。果たして「世紀の大発見」はあるのか。吉村さんは焦る必要はないのだという。
吉村作治さん「慌てなくていいんだ。だって(クフ王は)5000年近くほったらかされてるからね。僕らがたった1、2年でうまく行くわけない。僕が生きてるうちになんとか入り口を見つけたい」 「そして、弟子が『先生こんなの見つかりました』って座っている僕の所にきて、その時にコロッと死ぬのが僕の理想。エジプト考古学は僕の命です」
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