超深海帯(ハダル帯)
ハダル帯(超深海帯、Hadal zone)は、水深6,000〜11,000mの最も深い海溝領域。ギリシャ神話の冥界「ハデス」にちなんで命名され、超高圧・低温・太陽光なしの極限環境だが、特殊な生態系が化学合成で繁栄している。地球上の全海底の0.25%未満で、ほとんどが太平洋に位置する。
1950年代初頭に、デンマークのガラテア号 Galathea II やソビエト連邦の Vitjaz の航海にて、6,000–7,000 mの深さで明らかに水環境が異なることが発見された。このときはまだ深海帯と超深海帯とが明確に別のものだとは認識されていなかった。1956年にアントン・フレデリク・ブルーンにより、4,000–6,000 mを示す深海帯という単語に対応する用語として、6,000 mを超える海の領域を表す「hadal zone」(ハダルゾーン)という用語が最初に提案され、これを日本語では「超深海帯」と呼ぶ。
最も深い海溝は、未だ十分に探索されておらず、極限的な海洋生態系と見なされている。超深海帯は太陽光が完全に届かず、また低温、貧栄養、非常に高い静水圧、などの特徴をもつ環境である。炭素や栄養素などの主な供給源は、海洋表層からの沈降や、細かい堆積物の漂流、および海溝斜面からの地滑りである。ほとんどの生物はスカベンジャー(腐食生物)である。(写真はチューブワームの触手)
非常に過酷な環境だが、化学合成生態系が存在する。代表的な生物としてマリアナスネイルフィッシュ(シンカイクサウオ)(約8,000mで発見)、カイコウオオソコエビ、チューブワーム(ハオリムシ)などがある。シンカイクサウオは硬骨魚類の生存できる理論上、限界の生物と思われる。
マリアナ海溝最深部の有人探査はわずか2回
現在の海洋最深部は、チャレンジャー海淵(Challenger Deep)は、北西太平洋のマリアナ諸島の東、北緯11度22.4分 東経142度35.5分に位置する、水深1万メートルを超えるマリアナ海溝の最深部である。
トリエステ号は1959年の11月5日にサンディエゴを離れ、マリアナ海溝の大深度を調査するネクトン計画のため輸送艦「サンタマリア」でグアムに向かった。
1960年1月23日、オーギュストの息子ジャック・ピカールと海洋学者でアメリカ海軍中尉のドン・ウォルシュ(英語版)を乗せてマリアナ海溝南部の最深域チャレンジャー海淵の海底に到達、地球上で最も深い海底に達した最初の潜水艇となった。
計器は11,521メートルを示していたが、後に10,916メートルに訂正され、さらに1995年にかいこうによって、チャレンジャー海淵のより精確な深度値はわずかに浅く10,911メートルであることが判明した。潜降にはほぼ5時間を要した。途中で窓の一枚に水圧でクラックが生じ、2名は大きな破壊音は聞いたものの損傷は見つからずそのまま潜降を続けた。通信には水中の音速(大気中の約5倍)で片道7秒かかったという。
海底でピカールとウォルシュは小型のウシノシタ(シタビラメ)やヒラメのような魚類を発見し、あらゆる海洋のうちで最も苛烈な水圧下でも脊椎動物が生息することを明らかにした。海底は珪藻土の軟泥からなることが観察された。
2名は海底に20分間とどまったが、ようやく窓のクラックを発見したために海底を離れた。彼らは3時間15分かけて浮上、無事帰還した。これ以降、長く有人でチャレンジャー海淵に潜った探査船はなかった。
1995年に日本の無人探査機かいこうが同海底に達した。現在はかいこうの後継機である大深度小型無人探査機ABISMOが2008年にチャレンジャー海淵にて最大潜航深度10,258mを記録し、大深度下での連続的資料採取に成功している。2009年5月31日にネーレウスが10,902mに到達した。
2012年3月26日、映画監督のジェームズ・キャメロンが、一人乗りの潜水艇「ディープシーチャレンジャー」に搭乗し、トリエステ以来52年ぶりにチャレンジャー海淵最深部に潜行。最深部での試料採取や映像撮影にも成功した。
深さ9500メートルに及ぶ超深海帯で生態系を発見
今回、超深海を探査する海洋研究者らのチームが、ロシアと米アラスカ半島の間に位置する海溝での潜水艇調査で、海底に生物群を発見した。太陽光エネルギーを使う「光合成」の代わりに、海底の割れ目から湧き上がるガスを使って有機物を合成する「化学合成」の生態系としては、最も深い場所での観測とされる。
中国科学院深海科学・工程研究所の杜夢然(ドゥモンラン)研究員らが昨年7月30日、英科学誌ネイチャーに発表した。
ドゥ氏はこの潜水調査が残り30分となった時、深度5800~9500メートルの「ハダル(超深海)帯」に延びる海溝の最後の一区間を探査しようと決めた。約2500キロに及ぶこの区間で発見したのは、二枚貝類や筒状の殻を持つ深海生物「チューブワーム(ハオリムシ)」などの「驚異的な生物群」だった。ドゥ氏らのチームによれば、これほどの深さで化学合成生態系が見つかったのは初めて。
ハダル帯の大半は海溝の内部にある。この深さで「生命が存続し、繁栄するには特殊な技が必要だ」と、ドゥ氏は説明する。
米海洋大気局(NOAA)によると、そんな技のひとつが、二枚貝やチューブワームの内部に共生する細菌だ。細菌は海底からの湧水に含まれる硫化水素やメタンの化学反応から生じるエネルギーを使って、有機物を作り出す。太陽光が届かない極限環境の中、この有機物を栄養源にして生態系が形成される。
ドゥ氏によれば、チームの研究は同様の生態系がハダル帯の別の場所にも存在する可能性を示し、こうした生物がどれくらいの深さまで生存できるのかという新たな研究機会を提供している。
メタンが支える深海の生態系
ドゥ氏らのチームが調査で採取した堆積(たいせき)物の試料を分析したところ、高濃度のメタンが検出された。深海の堆積物に含まれるメタンは通常、ごく少量にとどまるという。
そこで同氏らは、生態系内の微生物が堆積物中の有機物からまず二酸化炭素を生成し、その二酸化炭素からメタンを生成しているという新たな仮説を立てた。二枚貝やチューブワームに共生する細菌は、このメタンを使って化学合成を行うと考えられる。
もともと化学合成生態系は、海の表層から沈んできた生物の死骸、生物由来の粒子といった有機物に依存すると考えられていた。だがこのように、現地でメタンを生成する微生物も、有機分子の供給源になっていることが明らかになった。
メタンは炭素を含む化合物のひとつで、地球規模の炭素循環の一端を担っている。ドゥ氏は、炭素循環における海溝の役割が予想外に大きいことも示されたと話す。
これまで長年にわたり、メタンは海洋プレートが別のプレートと出会う「沈み込み帯」の下に圧縮された流体として貯蔵され、それが深海底からの「冷湧水」を通して放出されると考えられてきた。だがこの深さで化学合成生態系が見つかったことから、海溝はメタンの貯蔵所であるだけでなく、リサイクルセンターにもなっているのではないかと、ドゥ氏らは仮定する。
同氏はこの仮説について、「堆積物中に大量の炭素がとどまり、微生物によってリサイクルされているという意味だ」と述べた。最近の研究では、ハダル帯の海底に貯留できる二酸化炭素は周りの70倍にも上ると報告されている。メタンと二酸化炭素が代表的な温室効果ガスであることを考えると、海底のようなカーボンシンク(炭素吸収源)は、地球にとって極めて重要な意味を持つ。

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